足並みの乱れた保守党と足並みの確かな労働党

7月4日の総選挙まであと1か月。総選挙が始まる前、スナク首相の保守党は野党第一党の労働党に21%の世論調査の支持率の差をつけられていた。しかし、総選挙が始まれば、この差は縮まるとの見方が多かった。しかし、今でも、労働党は保守党に21%の差をつけている。さらに、6月3日、リフォーム党の名誉会長ナイジェル・ファラージュが、リフォーム党の党首となり、総選挙に立候補すると表明した。このニュースは、リフォーム党に票を奪われている保守党関係者には大きなショックである。

直近の獲得議席予測(2024年6月)では、全650議席のうち、保守党がなんと2019年に獲得した376議席から66議席に、一方、労働党は、前回の197議席から485議席になるという。一方、世論調査会社大手のYougovの発表したMRP(マルチレベル回帰事後層化シミュレーションによる予測(5月24日から6月1日調査)では、保守党140議席、労働党422議席である。いずれにしても保守党は苦しんでいる。

労働党は、総選挙が早晩行われるとして、準備に怠りがなかった。スターマー党首は、2023年3月に内閣府の第二事務次官だったスー・グレイを自分の首席補佐官にリクルートした。グレイの就任は、政府の「ビジネス任用諮問委員会(The Advisory Committee on Business Appointments)」の判断で6か月後となり、職に就いたのは2023年9月である。グレイは、ボリス・ジョンソン元首相のパーティゲートの調査を担当し、ジョンソン首相の辞任、そして政界を離れるきっかけを作った人物であり、官界や政界で恐れられている人物である。40年以上務めた官界では、第二事務次官にまで上り詰めたが、事務次官にはなれなかったために、まだやり残したことがあるように感じているのかもしれない。非常にユニークな人物で、官僚というよりも政治的な人物だとの評価もある。

グレイ(なお、息子が労働党からロンドンで総選挙に出馬する)と、戦略担当でスターマーの信任の厚いモーガン・マクスウィーニー(夫人はスコットランドで労働党から総選挙に出馬する)を労働党の中枢に置いて次期総選挙の準備を進めてきた労働党は、抜かりがない。世論調査での高い支持率を背景に、安全第一の方針をとっているようだ。

一方、保守党の政策は実質に欠け、しかも思い付きのような政策が次から次に出されてくるため、有権者に与えるインパクトが乏しい。例えば、6月2日の公共放送BBCのテレビ番組「Sunday with Laura Kuenssberg」で、労働党の影の内相イベット・クーパーと厚生相ビクトリア・アトキンスが出演した。クーパーの答えは、あらかじめ十分に検討され、言えることと、言えないことをあらかじめはっきりと決められていたことが感じられるものだった。しかし、アトキンスは、保守党のこれまで14年間の治世の間の出来事を十分に理解しておらず、医療の面での数々の問題の言い訳はコロナ禍のせいだと主張した。一般に、保守党では大臣の質が大幅に低下している。さらに、保守党はトランスジェンダーの政策を発表し、法制化すると約束したばかりだが、6月3日のBBCラジオ番組Todayで、ビジネス相兼女性平等担当大臣のキミ・バデノックはトランスジェンダーの現在の制度の仕組みを十分に理解していなかった。

労働党の勝利が間違いない中、グレイは、いかに、労働党が約束したことを実行していくかの問題に取り組んでおり、省庁の枠を超えた特命委員会(Mission Board)の設置に取り組んでいるとされる。5つの分野で、それらは、経済成長、NHS、犯罪と司法、手ごろなグリーンエネルギー、それに職業などの機会向上である。

まだ選挙の投票日までには1か月ある。これからどのように選挙情勢が変化していくか、注目される。

思い付きで選挙を進めるスナク首相

スナク首相は保守党の党首であるが、5月22日、突然、7月4日に総選挙を実施すると発表した。そして、直ちに事実上の選挙戦が始まった。通常、総選挙のような政治状況を大きく変える可能性のある政治的なイベントは、慎重に検討される。しかし、スナク首相に、そのような考えがあったようには見受けられない。

スナク首相が最初に打ち出した政策は、18歳を対象にした強制的なナショナルサービス(National Service)である。ナショナルサービスは、英国にかつて存在したが、1960年に廃止された。今回のアイデアは、2024年1月に退任間近の陸軍参謀総長が、大きく減少する兵員体制を心配し、いざという時の軍を支える体制の強化を打ち出したことに関係している。その際スナク政権は相手にしなかった。その上、総選挙が発表された翌日の5月23日、下院で、この分野担当の準大臣が、どのような形でも実施しないとはっきりと否定した。ところが、その後にスナク政権はこれを7月4日総選挙の目玉政策として発表した。なお、このナショナルサービスは、12か月間、国軍関係またはボランティアとして活動するものとされている。ナショナルサービスのアイデアは出されたものの、その詳細は未定で、王立委員会(Royal Commission)を設けて、検討し、2025年にパイロット事業を試験的に行うという。労働党は「人目を引くためのトリック」だと批判している。

スナク政権下では、野党第一党の労働党との支持率の差が縮まないばかりかやや拡大する傾向が続いており、現在20%強の差があるのに不満を持つ保守党下院議員が多い。秋に予想されていた総選挙が突然7月4日に実施されることとなり、驚き、反発する向きも多い。

スナク政権の準閣僚(北アイルランド省)に、この政策は、政権として他の大臣や国家公務員を含めて慎重に検討したものではなく、首相のアドバイザーの案を保守党の候補者に押しつけたものだと公に反発する声が出た。この準閣僚は、ギリシャへのホリデーを予約しており、旅立った。スナク首相は、この時期には総選挙の予定がなく、ホリデーに行ってもよいとしていたという。

なお、ナショナルサービスのアイデアは、政治的な面では、現在の多くの若者に不満を持つ高齢者、2019年の前回総選挙で保守党に投票した有権者や右のリフォーム党に傾いている有権者を取り戻すための戦略の一環と見られている。

スナク政権は、総選挙大敗の可能性がある中、なりふり構わない体制を取っているのは理解できる。しかし、2017年総選挙で起きたことも考えておく必要があるだろう。支持率で大きく労働党をリードしていた保守党のメイ首相は、保守党の下院での立場を強化するために突然総選挙に打って出た。ところが、この総選挙の政策として、政府の負担が高まっていた高齢者介護政策の改革を打ち出したために、支持が急に減少し、結局、獲得議席が過半数を割り、北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持していくこととなった。思い付きの政策は、時に大きな失敗を招くことがある。