追い詰められたキャメロン首相(Cornered Cameron)

キャメロン首相はかなり追い詰められている。キャメロン首相が3月7日、経済についての本格的なスピーチをしたが、それ自体かなり異例なようだ。財務大臣の予算発表(3月20日に予定されている)の2週間前にこのようなスピーチを首相が行うのは歴史的にかなり異例だという(テレグラフ紙)。その上、3月8日になって、政府の基本的な経済戦略に大きな疑問が提起された。既に厳しい政治的な環境がさらに悪化していくのがはっきりと見える。

キャメロン首相はそのスピーチの中で、政府は、既存の政策をやり通すしかないと主張した。つまり、財政支出の増加や減税を行わないことを明確にした。そして、政府の赤字削減策が弱い経済の原因ではない、と独立機関の予算責任局(OBR)が明確にしたと言い、赤字の対処が成長のための最初の重要な一歩だと主張した。

この首相のスピーチがかなりの騒動を引き起こした。3月8日、予算責任局の議長ロバート・チョウトがキャメロン首相に手紙を書いて、キャメロンのスピーチの中の「予算責任局が明確にした」という部分に異論を唱えたのである。

チョウトは、増税と歳出削減は経済成長を短期的に減少させる、財政再建策が過去1、2年の間に経済成長を減少させたと指摘した。これは、キャメロンが、財政再建策が弱い経済の原因ではないと言ったこととは異なる。

キャメロンのスピーチの中で予算責任局が政府の政策を正当化するために使われ、その見解が自らのものと異なるために予算責任局は、異論を唱えざるを得ない立場に追い込まれたと言える。予算責任局そのものは、現政権が2010年に設けたもので、経済成長、そして政府の借入金の予測を独立して行うための機関である。つまり、キャメロンらは、この予算責任局の言葉を否定できず、非常に厄介な立場に追い込まれた。

なぜこのようなことが起きたのか理解に苦しむ。オズボーン財相がこのスピーチの原稿を事前に見ていなかったということはありえない。キャメロンによると、ケーブル・ビジネス相がニュー・ステイツマンという雑誌に書いて話題になった記事も事前に財務省がチェックしたそうだ。恐らく、オズボーンは、自分の党内での地位が沈下していることを受けて、自分の立場を強化するために、政府は方針を変えないとキャメロンに言わせ、それに基づいて自分の予算発表を行うつもりだったのだろう。それがものの見事に失敗したのではないだろうか。

このような問題の起きた背景は、幾つかある。

まず、2012年の最終四半期に経済が縮小したことで、政府はその経済戦略について突き上げられている。株式市場は、現在5年ぶりの高値ではあるが、経済は未だに低迷しており、2013年にはほとんど成長しないと見られている。

2番目に、ムーディーズが2月、英国の格付けをトップのAAAから格下げした。格付けを守ることは、キャメロン政権誕生以来、政権の最も重要な課題の一つであったが、それに失敗した。

3番目に、イーストリー補欠選挙で保守党がUKIP(英国独立党)の後塵を拝する結果となった。2015年に予定される次期総選挙で保守党が下院の過半数を占めるには、このイーストリー選挙区のような選挙区で勝つ必要があったが、それに失敗したどころか、支持層のかなり重なるUKIPにも敗れた3位に終わった。この一つの要因は経済低迷である。

4番目に、ケーブル・ビジネス相の記事は、キャメロンのスピーチの一日前に発表された。ケーブルは、借金を増やし、学校や道路、鉄道などの焦点を絞った資本投入プロジェクトを実施するべきだという見解を発表した。自民党の中にそのような見解が増えてきている。

5番目に、保守党の中に大幅な減税を行い、経済成長をもっと積極的に図るべきだと言う声が大きくなっている。

6番目に、党首への挑戦があるかもしれないという噂が流れていることだ。アダム・アフリーや内相のテリーザ・メイなど噂に上がっている人やその周辺は、キャメロン後への準備だとするが、キャメロンらにとっては、こういう噂が出ること自体、問題だ。保守党の規定では、46人の下院議員(下院議員の15%以上)が、1922委員会会長に手紙を書けば、そのプロセスが開始できる。この3月の予算が低調で、5月の地方選挙で保守党が大敗するようなことがあれば、その可能性が出てくるという見方もある。

キャメロンは、政権発足以来、財政赤字を4分の1減らしたと言うが、経済の停滞で、財政赤字はこれから減っていくどころか増加する構えだ。そういう中で起きた今回のキャメロンの失敗は、キャメロン政権への大きな痛手だ。キャメロンは、オズボーンの予算発表の前に期待を下げようとしたという見方もあるが、この失敗で、オズボーンはより大きな圧力を感じているだろう。打つ手に効果がないキャメロンは、一種追い詰められたような状況になっている。

英国の補欠選挙の意味するもの(What A By-election Means In The UK)

イングランドの南部のイーストリーで下院の補欠選挙が行われた。その結果と英国の補欠選挙の意味するものについて触れておきたい。

イーストリー補欠選挙

2月28日に下院の補欠選挙があった。英国では選挙は木曜日に行われる。結果は、辞職した前職の所属する自民党が得票率を減らしたものの議席を維持した。

このイーストリーの補欠選挙は、自民党の大物下院議員クリス・ヒューンが、自分のスピード違反の違反点数を、10年前に当時の妻に受けてもらったことが発覚し、司法妨害罪の容疑を認めて辞職したために行われた。その上、この選挙期間中に、自民党の前チーフ・エグゼクティブのセクハラ疑惑が報道され、それへの自民党の対応、特にクレッグ党首への批判もあったために、自民党にはかなり厳しい選挙と見られていた。

この選挙区は、従来、自民党と第二位の保守党が争ってきており、連立政権を組む二つの政党の対決として注目された。さらに世論調査でUKIP(英国独立党)が大きく支持を伸ばしていることがわかり、通常の補欠選挙以上に大きな注目を浴びた。

結果は、有権者数7万9千に対し、投票率は52.7%、得票数は以下のようである。(得票率、2010年総選挙時の結果との比較の数字は四捨五入している)

順位 政党 得票 得票率 2010年比較
1 自民党 13,342 32% -14%
2 UKIP 11,571 28% 24%
3 保守党 10,559 25% -14%
4 労働党 4,088 10% 同じ

これから見ると、自民党が勝利を収めたものの、かなり大きく支持を失っている。この支持の減り方は、全国の世論調査に表れている減り方に一致する。つまり、この選挙区では勝利を収めたものの、自民党の退潮傾向に歯止めがかかったとは言えない状態だ。

保守党も自民党と同じような割合で支持を失った。第二位のUKIPと保守党では支持層がかなり重なっている。保守党から回ってきた票がかなりあると思われる。UKIPは大きく支持を伸ばしたが、UKIP党首のナイジェル・ファラージュは、得票の3分の1が保守党、3分の2はそれ以外の政党から来ていると主張した。さらにこれまで2,30年間投票したことのなかった人たちがUKIPに多く投票したとも言った。

この選挙結果で、自民党のクレッグ党首らは議席を失わなかったことで胸をなでおろしており、これから反撃に移ると宣言したが、最も大きな影響を受けたと思われるのは保守党である。英国のEUからの離脱を訴えているUKIPの躍進を抑え、保守党が次期総選挙でも過半数を獲得できる状況にしようと、保守党党首のキャメロン首相は、もし次期総選挙後も首相であれば、2017年末までにEUを脱退するかどうかの国民投票をすると発表した。しかし、その効果は出てきておらず、逆にUKIPのさらなる躍進を許している。昨年11月に行われた別の補欠選挙で、保守党は大きく票を減らし、UKIPが躍進した。

UKIPの躍進の原因はこれまでの世論調査の結果から見ると、有権者がそのEU離脱に賛成しているためというよりも政権政党、並びに既成政党への嫌気・不満から来ている。(参照:The UKIP threat is not about Europe – Lord Ashcroft Polls) UKIP党首は、既成三大政党を批判し、これらの政党を三つの社会民主党政党で、お互いに違いがないと主張したが、これはかなり多くの有権者の考え方を反映しているように思われる。

こういう有権者の不満に対応するのはそう簡単なことではない。キャメロン首相は、保守党下院議員の不満と不安を抱えてさらに苦しい立場に追い込まれる結果となったといえる。

もちろんUKIPへの支持が伸びてきているとはいえ、それがUKIPに下院議員を生み出せるかどうかは別である。下院議員選挙はすべて小選挙区であるために、最も得票の大きい一人だけが当選する。そのため、次期総選挙でもUKIPの下院議員が生まれる可能性はかなり低い。それでも2009年の欧州議会議員選挙で、保守党に続き、第二位の得票を得て第二位の議席数を獲得したUKIPが来年2014年に再び行われる欧州議会議員選挙でさらに活躍するのは間違いのない状態である。

特に保守党下院議員にとっては、UKIPは大きな脅威だ。イーストリー選挙区では、前回2010年の総選挙でUKIPの候補者はわずか3.6%の得票しか獲得できず、5%以下の供託金没収だった。それが大きく得票を伸ばした。UKIPはほとんどの選挙区に候補者を立てるので、UKIPの得票が多くなると、保守党候補者にとって、当選するか落選するかの分かれ目となり得る。

英国の補欠選挙

補欠選挙は、総選挙の際の選挙とはかなり異なる。まず、選挙運動が極めて集中的に行われる。しかもウェストミンスターの政権を誰が担うかに直接関係しない。さらに当選しそうな候補に票が集中し、それ以外の候補には票が行かない傾向がある。また、それぞれの選挙区の事情でかなり結果が異なる。そのため、補欠選挙の結果で、政党の全国的な情勢を読めるかというと必ずしもそうではない。

また、選挙に使える金額が大きく増える上、各政党が他の地域から応援を繰り入れ、有力政治家が頻繁に選挙区に入る。そのため、マスコミもかなり熱心に報道する。

このイーストリー選挙区は、イーストリー市の中にある。市議会議員全44人のうち40人が自民党で、4人が保守党であるが、保守党の議会議員は全員この選挙区の隣の下院選挙区にあたる地域から選出されている。つまり、この選挙区内の市議会議員は全員が自民党である。そのため、地元の地方議会議員と活動家の動員力や浸透力が非常に高い選挙区であり、そういう選挙区は多くはない。かなり特殊だと言える。

このイーストリー選挙区の有権者数は7万9千人ほどで、日本の普通の市ぐらいのサイズである。そこには19の選挙区があり、それぞれの選挙区から2~3人の議員が選出される。それぞれの選挙区からは一回の選挙で一人ずつ選出されるため、それぞれの議員の任期は4年だが、その4年間のうちに同じ選挙区から出馬する他の議員の選挙がその議員の選挙も含めて2回もしくは3回ある。つまり、政党が同じだと、同じ選挙マシーンがこの4年間に何回も使われている。そのため、4年に1回ある場合と異なり、この選挙区の自民党の選挙マシーンは、かなり油が乗っているといえる。

しかも、英国では、戸別訪問が許されているために、政党は他の選挙区からのボランティアも含め、徹底的なローラー作戦を展開する。ビラを大量に配り、しかも電話作戦も徹底する。つまり、日本のイメージで言うと、普通の市長選(そう大きくない一つの選挙区から一人が選出される)に多くのボランティアが駆け付けて、地元の活動家と一緒に戸別訪問して回り、それ以外の選挙手段も使われるという形だ。補欠選挙で使える費用は、上限が10万ポンド(1400万円)と総選挙の際の約10倍である。

イーストリーでは、主要三政党が上記のような活動をしたのに対し、UKIPは人手の面でもはるかに劣った。これは、有権者が促されなくてもUKIPの方へ向いたということを表しており、既成政党にはかなりの脅威ということができるだろう。