大連立の可能性?

2か月後の5月7日に投票される総選挙で、キャメロン首相率いる保守党と、2010年まで13年間政権を担当した労働党のいずれも、過半数の議席を獲得できないと予測されている。しかも、政権を安定して運営していくためには、いずれの党も、他の1党だけではなく、複数の党と協力関係を結ぶ必要がある可能性が高い。

その中で、保守党と労働党との大連立を示唆する声が出てきた。また、スコットランド国民党(SNP)の与える脅威をその理由とする人も少なからずいる。もし労働党が、スコットランドで、スコットランド国民党(SNP)に大きく議席を失い、その結果、政権を取るためにSNPと協力関係を結ぶこととなるなら、イギリスの国政がSNPに牛耳られかねないという不安があることだ。そして、とどのつまり、スコットランドがイギリスから離脱するのに労働党が利用されるという見方である。

保守党も労働党も「大連立」を否定しているが、今後このような声は高まっていくかもしれない。それは、例えば、ドイツで大連立が成立しているからである。ドイツであるなら、イギリスでもできるだろうという発想である。しかし、イギリスは事情が異なる。

ドイツは選挙制度が小選挙区比例代表併用制で、連立政権が常態化している。一方、イギリスは小選挙区制であり、二大政党のうちどちらか一方をはっきりと選ぶ制度が維持されており、有権者は現在の制度を継続していく意思を持っている。

2011年にこの制度を修整する順位指定投票制(AV)を導入するかどうかの国民投票が行われた。この国民投票は、自民党が保守党との連立政権に入るための条件だったが、大差で否決された。

実は、その前年の、2010年5月の総選挙の結果、いずれの政党も過半数をしめることのない、ハング・パーリアメント(宙づり国会)となり、第三党の自民党がキングメーカーとなったが、その際、労働党側に、もし自民党が労働党と組めば、自民党にAV制度の導入を、国民投票なしで、行うと約束してはどうかという声が出た。それに対し、当時のブラウン首相は、それはできない、国民投票を実施しなければならないと言い張ったことがある。

イギリスは、議会主権であり、議会の判断で決められる国ではあるが、それでも、国民がはっきりとAV制度の導入を国民投票で許せばよいが、そうでなければ現在の選挙制度に手を入れられないという判断である(議会主権については、弊著参照)。その判断は、国民投票の結果ではっきりと裏付けされたと言える。もし、ブラウンが、AV制度を、国民投票なしで導入していれば、労働党は、有権者から大きなしっぺ返しを受けていただろうと思われる。

この結果から考えられるのは、現在の選挙制度で想定していない形の連立、すなわち、この場合には大連立、をすれば、国民からかなり大きな反発をくらう可能性があるということである。

イギリスでも大連立が行われたことがある。第一次世界大戦中、第二次世界大戦中、そしてその間の1931年に労働党首相のラムゼイ・マクドナルドが行ったことがある。戦時中は、挙国一致の体制を取るため、やむを得ないと言えるが、1931年の場合には、労働党は、有権者から大きなしっぺ返しを受けた。つまり、平時の大連立は、国民の支持を受けることが難しいといえる。

特に、現在は、反主要政党フィーリングが強い。もし、このような状況で両党が大連立をしようとすれば、両党はさらに大きく支持を失うだろう。その結果、そう遠くない将来行われる公算の高い、次の総選挙では、状況はさらに悪化することとなるだろう。

また、保守党には、現在でも、キャメロン連立政権で、自民党に5つの閣僚ポストを含め、23の政府内のポジションを与えているのを嫌っている議員が多く、もし予測されているように、保守党と労働党の議席数が似通った選挙結果となれば、キャメロン首相がその地位を維持したとしても、保守党、労働党が半々のポストを分割することは、その感情をさらに悪化させることとなるだろう。

どのような選挙結果となっても、保守党と労働党の「大連立」はないように思われる。もちろん、有権者の判断は、時とともに移り変わる。例えば、有権者が、現在の小選挙区制から比例代表制を加味した制度を受け入れるようになれば、大連立も、可能となるかもしれない。

大失敗した、キャメロンの移民の約束

5月7日の総選挙で、移民の問題は、大きな争点の一つである。イギリス独立党(UKIP)への支持が高まった大きな原因は、移民である。

キャメロン首相は、前回の総選挙で、移民を減らすと約束した。そしてその数を10万人以下とすると言ったのである。ところが、その数は、今やその3倍近く、キャメロンが首相に就任した時より、はるかに多い。そしてこの数字は、総選挙前最後の数字であるために、キャメロン政権の移民政策が、これで評価される。つまり、キャメロンは、約束を守れなかった、むしろ、悪化させた。キャメロン首相は、その約束を全く守れなかったのである。

もちろんキャメロン首相には政治的な痛手が大きい。そこでメディア対策である。キャメロン首相は、メディアにこの問題で出ない。移民を管轄する内務省のメイ内相も出ない。テレビに出てくるのは、内務省の担当大臣である。また、約束を守れなかったのは、イギリスの経済が他のEU加盟国よりかなり良いためで、EU内の移民を誘っている、また、連立を組む自民党の制約があったからだ、と主張した。しかし、実際には、政府のコントロールが効くはずの、EU外からの移民が大きく増えている。

この移民の問題は、既にメディアでは織り込み済みで、当日、テレビやラジオのニュースではトップニュースの一つとして扱われたが、他に大きなニュースがあったために、翌日の主要新聞では第一面で扱われなかった

政府統計局が2月26日に発表した2014年9月までの1年間の移民の数は、29万8千人である。次の発表は、5月21日の予定であるため、5月7日の総選挙の後となる。つまり、キャメロン首相は、この数字で、約束を果たしたかどうかを判断されることとなる。キャメロン首相が政権に就いた時の移民数は25万2千人ほどであったため、就任時より大きく増えたことになる。

なお、この場合の移民の数は、外国からイギリスに、1年以上住むために、来る人の数から、イギリスから、1年以上、外国で住むために出ていく人の数を引いたものである。これには、イギリス人で外国に移住する人や外国から帰ってくる人も含んでいる。

また、政府は、外国からイギリスに来る人の数を制限することができるかもしれないが、イギリスから外国に行く人の数を制限したり、増やしたりすることはかなり難しい。このため、キャメロン首相の約束は、最初から、コントロールできないものを含んでいたが、2010年以降、移出の数は安定している。

EU加盟国からの正味の移民は16万2千人で、その前年の13万人より増えているが、EU外からの正味の移民は、19万人と、前年の13万8千人から大きく増えている。つまり、政府の説明は、実態をきちんと説明していない。

ただし、有権者がどの程度「10万人以下」にこだわっているかには、疑問がある。メディアが騒ぎ、野党労働党の「影の内相」は強く批判したが、それらは、うつろな批判に聞こえる。有権者の多くは、EUからの移民を大きく制限しない限り、移民は減らないと見ている。

政治的には、そのような「有権者の認識」は重要で、政治は、それをもとに動くが、それが必ずしも真実ではないことも注意しておく必要があろう。