保守党支持拡大につながっていない予算発表

オズボーン財相は、現在のイギリスの経済成長は、自分の財政・経済政策が正しいからだ、有権者は保守党政権を堅持すべきだと訴える。

確かに、オズボーン財相は、イギリスの財政赤字の削減に尽力した。NHS、学校、海外援助以外の予算を約5分の1減らし、財政赤字を半分とした。また、財務省とイングランド銀行がFunding for Lending という金融機関に安くお金を貸し付ける制度を設け、一方、財務省は、Help to Buy という住宅購入補助政策を打ち出した。これが住宅価格を押し上げる効果を生み、消費ブームをもたらし、現在の経済成長につながっている。

ただし、現在の経済成長は、数々の幸運によるものでもある。例えば、2010年にオズボーン財相は、2015年までに財政赤字を無くすと約束したが、ユーロ圏危機とイギリスの経済停滞で、その約束を先延ばしにした。もし約束通りにしていれば、現在の経済成長はなかっただろうと言われている。

また、保守党の移民の公約は、正味の移民の数(1年以上滞在する入国者から同様の出国者を引いた数)を10万人以下とすることだった。しかし、実際には、30万人近くと、その3倍になっている。ところが、この移民なしでは、イギリスはここまで経済成長できなかったといわれる。

経済成長で、税収が伸びており、しかも、石油価格が低落し、低いインフレ率で、実質賃金が上がるばかりではなく、政府の債務に対する支払いも減っており、イギリスは、財政の黒字化に大きく踏み出した。

ただし、これらの成功と、5月の総選挙を有利に進めることができることとは別の問題である。予算発表後に行われた世論調査によると、確かに、有権者は、今回の予算を歓迎しており、オズボーン財相への評価は、高くなっている。しかしながら、もう一つの世論調査では支持率で労働党がリードしており、オズボーンの予算が政党支持に必ずしもつながっていないようだ。今回の予算発表の内容が、もう少しはっきりと理解されるようになるには、もう少し時間が必要かもしれないが、有権者は、保守党政権がどうしても必要だとはまだ考えていないようだ。

思惑通りにいかない予算

3月18日は、5月の総選挙を控え、今国会最後の予算発表だった。2010年5月に発足したキャメロン政権下で、オズボーン財相の6回目の予算である。キャメロン政権の総決算とも言えるものだった。

イギリスは、先進国G7の中で、2014年にはトップの経済成長率を達成し、しかも2015年はアメリカに次いで第2位の見込みである。独立機関の財政責任局OBRは、2015年の経済成長率の予測を2.4%から2.5%に上方修正した。雇用は上昇し、失業者の数は減っている。国民の多くは、キャメロン首相とオズボーン財相の財政・経済運営を高く評価している。一方、野党労働党のミリバンド党首とボールズ影の財相の財政・経済運営は、そう期待できないと見る人が多い。

そこで、これまでに政府の財政赤字を半分に減らしたオズボーン財相は、これまでの実績をもとに、来る選挙は、実績のある保守党に政権を継続させ、安定した財政・経済運営を行わせるか、2010年までの財政運営で巨額の財政赤字を生んだ労働党に、混乱した財政・経済運営を行わせるか、の選択肢だと訴えた。

なお、世論調査では、保守党と労働党の支持率は、30%台前半で並んでおり、保守党は、これを契機に、労働党に差をつける狙いがあった。

予算の中で発表されたものには、以下のようなものが含まれている。

・税がかかり始める、所得税の最低限度額を、2016年に10,800ポンド(194万4千円:£1=180円)に、2017年に11,000ポンド(198万円)まで上げる。また、40%の所得税のかかり始める限度額を、2017年に43,300ポンド(779万4千円)に上げる。

・貯蓄の利子にかかる税金額を1000ポンド(18万円)まで(40%の所得税のかかる人は500ポンドまで)免除する。

・Help to Buy ISAという、初めて住宅を買う人が手付金を作るのを援助するための少額投資制度を設け、200ポンド(3万6千円)に対し、政府が50ポンド(9千円)の上増しをする制度を設ける。

・ビール、ウィスキーなどの税を若干下げ、自動車燃料などの税を据え置く。

これらは、有権者の気持ちを良くさせる方策といえる。

また、財政赤字の額(単位は10億ポンド)は以下の計画のようにし、2019年度には70億ポンド(1兆2600億円)の黒字を出すようにした。

年度 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
-97.5 -90.2 -75.3 -39.4 -12.8 +5.2 +7.0

実は、昨年12月の「秋の声明」で、2019年度の黒字額は、231億ポンド(4兆1580億円)としていたが、そこまで財政削減を進めると、GDPあたりの公共支出の割合が、1930年代と同じになると、労働党に攻撃されたため、70億ポンドとして、労働党のブラウン財相時代の2000年と同じ程度に変更した。この変更は、労働党を出し抜いたとして評価する向きが強かった。

ところが、意外にも、この「財政削減」が大きな焦点となった。

保守党は、選挙後、政権につけば、主に財政削減で財政赤字を減らす計画だ。OBRは、2016年度と2017年度の財政削減は、これまでの5年間で経験した最も厳しいものの2倍にもなる一方、2019年度には経済成長に見合って公共支出を増加するとの計画を、上下の動きの激しいローラーコースターのようだと形容したのである。

年度 2015年度 2016年度 2017年度 2018年度
削減割合 ‐1.3% ‐5.4% ‐5.1% ‐2.9%

オズボーンは、そのような厳しい財政削減を実施することを否定した。2016、17年度に300億ポンド(5兆4千億円)の財政削減を計画しているが、それは、福祉予算の120億ポンド(2兆1600億円)、政府省庁の予算の130億ポンド(2兆3400億円)の節約、そして税金逃れの取り締まりの強化で50億ポンド(9千億円)をねん出するから大丈夫だと主張していたが、OBRは、これらの内容の詳細が明らかにされていないことから計算に入れていない。そのために上記のような形容詞が使われる事態となった。

さらに、イギリスで最も信頼されている、独立シンクタンク、財政問題研究所IFSが、福祉予算の節約120億ポンドをどのようにして生み出すのか明らかにすべきだと求めたことから、この問題は、そう簡単に処理できる問題ではなくなった。

保守党は、既に、投票率の高い、年金生活者の福祉支出には手をつけないとしているだけに、福祉予算のうち、それ以外の分野、すなわち、勤労者、子供、身体障害者など、どの部分に手をつけるのかを明らかにすることは政治的に厄介な問題である。

今回の予算は、有権者の次期政権の選択に少なからぬ影響を与えそうな問題に発展してきた。