ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が二転三転

ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が、ジョンソン首相の指示で二転三転し、ジョンソン首相に大きなダメージとなった。

2021年11月3日、英国の下院は、ロビーイングのルールを破って、大臣や官僚など関係者に陳情していた保守党下院議員への制裁(30日間の登院停止)勧告を覆した。そしてこの勧告を出した制度そのものの見直しを始めることを賛成多数で決めたのである。このベテラン保守党下院議員オーウェン・パターソンは元閣僚で、1年に112,000ポンド(1736万円:£1=155円)ものコンサルタント料を受け取り、合わせて50万ポンド(7,750万円)もの報酬を2つの会社から受け取っていたと言われる。

この勧告は、下院の規範委員会の決定に基づくものだ。この委員会は、下院議員7名と一般人7名で構成される。その下院議員の内訳は、保守党4名、労働党2名、SNP1名である。この委員会は、下院の議会規範コミッショナーの報告に基づき判断する。そして委員会の判断は、通常、下院がそのまま承認する。特に今回は、委員会が、パターソンの件は、おカネをもらって大臣や当局に働きかけた「悪質なケースだ」とし、全員一致で制裁に賛成した。

ところが、保守党党首であるジョンソン首相は、規範委員会の勧告に反対するよう保守党下院議員に指示した。保守党は2019年下院総選挙で他の政党議席を80議席上回る勝利を収め、首相の指示通りに投票すれば、下院の投票でその通りの結果を得られる。投票結果は、規範委員会の勧告は承認されず、また、同時に、下院は、議員の規範問題を扱う新しい仕組みを作ることに賛成した。この投票には、野党の労働党、SNP、自民党などがこぞって反対票を投じた上、保守党議員が13名反対票を投じた。また、投票に出席しなかった保守党議員も多かった。政府の役職についていたが投票しなかった保守党下院議員は直ちにその役職をクビになった。一方、野党は、新しい委員会を作ることには反対で協力しないと表明した。

この結果は、1晩で覆ることになった。ビジネス相が、報道機関を回って、規範コミッショナーは辞職を考えるべきだと示唆したが、朝刊は、この下院投票の結果を第一面トップで取り上げて批判したものが多かった。「恥を知らない保守党下院議員が汚職ルールを引き破る」といったセンセーショナルで猛烈な反発に、保守党は突然方針を転換することとなる。パターソンの件は改めて採決するとし、規範の新体制は、野党と相談しながら進めるとした。また、政府の役職をクビになった保守党下院議員には、新しい役職を与えた。行き場を失ったパターソンは、下院議員を辞職した。

このUターンは、ジョンソン政権に大きな痛手となったように思われる。下院での投票直後、BBCの政治部長が規範委員会の勧告に反対した保守党議員は、そのことをこれからずっと言われ続けるだろうと発言したが、保守党議員のジョンソン首相への信頼は大きく揺らぐだろう。

この問題は、ジョンソンの2019年12月のカリブ海ホリデーに関連しているのではないかと見る向きもある。パターソン問題を扱った議会規範コミッショナーがジョンソンのホリデーのお金の出所を詮索し、ジョンソンがルールを破ったとの結論を出し、それを規範委員会に送った。規範委員会がさらに調査を進め、ジョンソンの報告には誤りがなかったとしたが、ジョンソンのコミッショナーへの対応を批判した。ジョンソンは、パターソンの件をこの規範コミッショナーへの復讐に使ったのではないかというのである。この規範コミッショナーに調べられて制裁を科されたり、調査を受けていたりする議員はかなりおり、このコミッショナーを嫌っている下院議員はかなりいると思われるが、ジョンソン首相の復讐の話はさもありなんと思わせるところにジョンソンの問題がある。

ジョンソン政権後に向けて動き出した保守党

ジョンソン首相の保守党政権は、長期政権と思われたが、必ずしもそうではない状況になっている。

保守党を率いるジョンソン首相は、2019年12月の下院総選挙(上院は公選ではない)で大勝した。保守党議席が下院の他の議席の合計を80議席上回ったのである。英国の下院は、任期が5年の固定制である。下院の3分の2が賛成すれば、解散総選挙できることになっており、任期途中で総選挙が行われる可能性はあるが、そういう事態でも、ジョンソン首相に都合の良い時に実施されるだろうということから、ジョンソン首相の地位は安泰だと見られてきた。ところが、前回の総選挙から2年もたたないうちに、ジョンソン首相の後の政権を想定した動きが出てきている。

2019年総選挙では、保守党が労働党の伝統的に強い議席を多数獲得したことが、保守党の大勝につながった。その傾向は、2021年5月の地方選挙・下院補欠選挙でも続き、保守党は地方選挙で大きく議席数を増やした上、下院補欠選挙では、野党第一党の労働党が継続して維持してきた「労働党の指定席」ともいえる選挙区だったが、保守党が大勝して議席を獲得し、繰り返し選挙区に入ったジョンソン効果が出ていると思われた。ところが、その翌月6月に行われた、現職の保守党下院議員が死去したために行われた「保守党の指定席」の選挙区補欠選挙で、自民党の候補者に大差で敗れた。敗北した保守党候補者が予想もしていなかったと言ったほどで、保守党に衝撃が走った。ジョンソン政権に不満のある保守党支持者が自民党に投票し、また、勝ち目のないと思われた労働党支持者が自民党に投票したために起きた結果だが、ジョンソン政権への不満が想像以上に大きいことがわかったのである。さらに7月には、保守党が労働党から議席を奪えるだろうと思われた下院補欠選挙で、わずかな差で敗れ、議席が奪えなかった。

ジョンソン首相の政権運営には、多くの批判がある。数々の政策変更、ジョンソンの元トップアドバイザーからの強い批判、コロナパンデミック対応策など、枚挙にいとまがない。ジョンソンへの批判は、世論調査でも高まってきており、保守党の下院議員の中には自分たちの次の選挙を心配する声が出てきている

これらの批判の中でも、特にジョンソンが自分たちを特別扱いし、一般の人たちの従わねばならないルールに従わないという批判は強いものがある。また、いいことを言っても、その内容が希薄(例えば、イングランドの比較的恵まれない地域をレベルアップすると主張しながらその具体策に欠けるなど)で、しかも実行が伴わない(今後の介護負担に関する政策を決めると首相就任時に約束しながら進んでいない)など、ジョンソンは都合のいいことばかりを言うが、「嘘つき」だという批判を生むに至っている。根底には、ジョンソンが、本当に国民のことを考えているのかという疑問(昨年秋、専門家らがコロナによる死者の数が急速に増えているためロックダウンをするよう求めたのに対し、「死体が山積みになっても」ロックダウンをしたくないと叫んだ、また、死亡者の多くは80歳以上の高齢者で、平均余命を考えると早晩死ぬのだからと言ったといわれる)と、首相としてのジョンソンの能力への疑問が出てきていることだ。

ジョンソンの能力への疑問は、アフガニスタンのタリバンが首都カブールを押さえた問題で端的に出た。もちろん、タリバンの動きを把握する、英国のインテリジェンス(諜報)に問題があり、そのような事態になることを予測できていなかったことは、統治能力の欠如を疑われても当然だ。夏季休暇中の下院を臨時に呼び戻してアフガン問題の緊急討論の機会を持ったが、ここでは、メイ前首相を含む保守党の議員たち、特にアフガニスタン派遣も経験した軍経験者たちから非常に強い批判を浴びた。その中でも、英軍の駐留に協力した通訳などが、タリバンから迫害を受けることのないように、英国への移住を認める政策で、ジョンソン政権の対応の遅れが大きな争点になった。特に、8月15日にカブールのほとんどがタリバンの手に落ちたのに、そのような事態の起きる重大な時にジョンソン首相とラーブ外相の最も重要な人物2人とも休暇中だったことが大きなニュースとなった。ジョンソンは、国内でのホリデーで、14日の土曜日に出発し、その後の事態の進展を受けて日曜日にロンドンに帰り、緊急事態に省庁を超えて対応するコブラ(COBR or COBRA)と呼ばれる会議を開いた。一方、ラーブ外相は、地中海のギリシャのクレタ島の海辺で日光浴をしており、イギリスに帰国したのは16日の月曜日だった。しかも13日の金曜日、英国外務省の官僚が、英軍に協力したアフガン人を助けるため、ラーブにアフガン外相に直接電話をしてくれるよう頼んだが、ラーブは副大臣に頼んでくれと断ったという。アフガン外相は、英国の副大臣からの電話は格が違うためとらないとしたため、その電話がなされないまま、タリバンがカブールに入ってしまったというのである。

ラーブに批判が集まったが、ラーブは野党などから求められた辞任を拒否し、ジョンソンはラーブを信任しているとして更迭することを拒否した。ジョンソンは、これまでも、内相(パテル内相による内務省職員の取り扱いがハラスメントだとし、事務次官が辞任し、その事務次官は自分の件を労働裁判所に提訴している。パテル内相は、その前の職でも同じような問題があったことが明らかになっているが、更迭されず、今も内相のままだ)、厚生相(ハンコック厚生相が、政府のコロナのソーシャルディスタンスのルールを破って、自分のアドバイザーである人妻と不倫をしていたことがわかったが更迭されず、その後、大臣の職務上の情報管理の問題で辞任した)、そして今回の外相と、深刻な問題があっても、ジョンソン自身の行跡を追求されるのを恐れてか、更迭を拒否するばかりである(この理由についての一つの分析参照)。

ただし、ジョンソン首相には、ラーブのことよりも、アフガニスタンから8月末に撤退するとしているアメリカの問題の方がはるかに重要だ。それまでに英国関係の人の撤退、国外脱出を完了するのは難しいためだ。この問題での英国とアメリカとのやり取りの中で、英国はアメリカと特別な関係にあるとのジョンソンの主張が、アメリカにとってそれほど重要なものではないことが明らかになってきた。ジョンソンがEU離脱の際に、アメリカとの特別な関係があるから大丈夫だと主張してきたのとはかなり様相が異なる。EUとの関係も良好ではない。EU離脱交渉の中で、アイルランド島にある英国領の北アイルランドの特殊な問題を解決するために特別な手続きを定めたのに、英国はそれを蒸し返そうとしている。英国の2020年のGDPは、日本の半分を少し上回る程度である。そのような国が、アメリカとの絆を基に、世界を席巻するグローバル英国と主張するのには少し無理がある。ただし、そのような英国の優越を信じてEU離脱に賛成した有権者の夢を砕く可能性を秘めている。

これらの問題が次々に展開する中、国民のジョンソンへの信頼は大きく失われてきたようだ。ジョンソンがどこまで持ちこたえられるか、見どころである。