「秋の予算」が保守党の支持回復につながるか

コロナ下で集会などの法的規制が行われている中、首相官邸などでパーティが開催され、その中にはジョンソン首相が参加していたものもあったことがわかった「パーティゲート」でジョンソン政権が倒れた後、トラス政権が、9月に発足。トラス新政権は、経済成長を促進するとして、その9月の「ミニ予算」で300億ポンド(5兆円)の減税を打ち出したが、金融市場の信頼を失い、トラス政権はわずか50日で崩壊。そして10月、スナク政権が誕生。この間、保守党の政権・財政運営能力への信頼が失われた。その結果、ハント財相の「秋の予算」が発表される11月17日の時点での世論調査による政党支持率で、保守党は、野党第一党の労働党に22ポイントの差をつけられていた。それが、11月20日の時点では、17日以降に世論調査の行われた5世論調査の平均で、その差が24ポイントになっている。

ブックメーカー(賭け屋)大手のウィリアム・ヒルによると、次期総選挙の労働党の勝利するオッズは2-5で、本命である。

インフレ率が11.1%に達する一方、賃金の上昇率はその半分にも達せず、光熱費をはじめ、生活費の高騰が大きな社会問題になっている。政策金利が上昇し、借金や住宅ローンの利子も大きく上がった。トラス政権の「ミニ予算」で、利子の上がり方が悪化した。英国は既に景気後退に入っているが、スナク保守党政権の「秋の予算」は、金融市場の信頼ばかりではなく、有権者からの信頼を取り戻すきっかけになるかどうか注目されたが、今のところその気配はない。

ジェレミー・ハント財務相の打ち出したのは、財政削減と増税で550億ポンドをねん出する方針である。実際の財政削減を次期総選挙後の2025年に先延ばした。増税では、エネルギー関係会社への超過利潤課税を強化する一方、所得税率の上がる限度額をなんと2028年まで据え置いた。これでは、所得が上がっても、そのかなりの部分は、税金に持っていかれる。それでも年金、福祉手当などは9月のインフレ率10.1%増加させ、また、低所得者の収入の底上げに最低賃金を時給9.5ポンドから10.42ポンドに増やす。これらは、2023年4月から適用される。それまで待てないという声もある。また、緊桔の課題である学校とNHS関係の予算は増加させた。それ以外の部門の削減のレベルは、将来の歳出見直しで決定されることとなる。さらに現在は、光熱費の単位当たりの上限が設けられているが、これは2023年4月から最も弱い立場の人たち重点の制度に変更される。

これでは、中間所得層に特に大きな負担がかかるという批判が出ている。インフレに見合って賃金が上昇せず、可処分所得が減少する状況であり、1人当たりの可処分所得は、2022年には1940年後半以降最大の4.3%減少、2023年には2番目の2.8%減少すると予測されている。なお、経済は2023年に1.4%縮小し、失業も増える予測だ。

これまで比較的穏やかな天候が続いていたが、少し寒くなってきた。NHSの待ち時間も大きく上昇してきており、保守党政権により批判的になる条件がそろっているといえる。

スナク政権の厳しい前途

リズ・トラス保守党政権は、英国史上最短の50日で終わった。財政的な裏付けのない大幅な減税を打ち出して金融市場の信頼を失ったことが、その大きな原因である。しかも減税は、金持ち優遇と見られ、世論の保守党支持率を大きく下げることとなった。保守党が、野党第一党の労働党に、支持率で30ポイント余りの差をつけられる世論調査が次々に発表され、次期総選挙で労働党が地滑り的な大勝利を収めるとの見方が大きくなった。その中で、トラス首相が辞任せざるをえなくなった。

その後任に選ばれたのは、前財相のリシ・スナクである。スナクは、夏の保守党党首選でトラスと競った。保守党下院議員の選んだ二人の候補者の1人となったが、最後の保守党党員の投票でトラスに敗れた。スナクは、トラスの政策の危うさを度々指摘していたが、その指摘は当たっていたと言える。10月25日に首相に就任した。

スナク首相は、トラス前首相が、クワーテン財相を更迭して後任に任命したジェレミー・ハントを継続して財相として起用し、金融市場を安堵させたが、トラス政権のもたらした余韻はまだ続いている。スナクは、財相として、コロナ下の休業補償、企業支援を推進した人物として有権者からプラスの評価はある。スナク首相就任後、労働党との支持率の差はおおむね20%台となり、若干上向いた。世論調査では、好意的な見方があるものの、人物としてはまだそれほど知られているわけではなく、まだ評価しかねているというのが現状だ。

スナク政権の課題は多い。トラス政権の大失敗で、スナクが首相に就任したということはあるにしても、トラス政権の後始末から始めなければならない。スナクが対応しなければならない課題は、経済と国民の生活費だけではなく、NHS、移民、北アイルランド、それにスコットランドの独立問題など、山積している。

ハント財相は、11月17日に秋の財政声明で、これからの財政計画を発表するが、そこでは、財政の穴埋めに増税と財政削減が発表されると見られている。2010年からの財政緊縮政策で、公務員などの給与はそれ以来実質ほとんど上がっていないと言われる。現在の10%あまりのインフレの中、生活費が大きく上がっているが、賃金上昇はその半分程度である。鉄道や郵便などで既に間歇的なストライキが始まっているが、看護婦、教員をはじめ、所得の比較的少ない労働者を中心に公的な部門を中心としたストライキが予想され、日常生活に大きな影響を与えると予測されている。

ハント財相の財政計画で財政削減が発表されると見られているが、財政は、長年の緊縮財政のため、削減の余地が極めて少なくなっている上、高インフレでコストが大きく増加している。NHSなど、バックログが大きく増加し、救急医療が十分機能しない状態となっている中、財源を供給せずに効率を上げて問題を解決することは極めて困難だ。

英国の選挙の権威、ジョン・カーティス教授は、次期総選挙で保守党が勝つことは、極めて困難だと発言した。保守党への信頼が崩壊したからだという。英国の多くのブックメーカーは労働党が選挙に勝つオッズ(掛け率)を1:2とし、本命だとしている。スナク首相は、慎重に政策を進めようとしているが、国際的なエネルギー需給やウクライナの戦争などコントロールの困難な課題は多く、その前途は極めて厳しい。