苦しい立場のスナク首相

ミニ内閣改造で、更迭した保守党幹事長の代わりを任命した。保守党幹事長は、閣僚であるが、保守党の選挙を中心になって担う役目がある。あと3か月足らずで行われる5月4日のイングランドの地方選挙、それに2025年1月までに行う必要のある総選挙の準備を進めて行くのに必要不可欠だ。

新保守党幹事長が、次期総選挙まで18カ月と示唆したことで、来年2024年9月に行われるのではないかとの憶測がある。ただし、保守党支持のテレグラフ紙の最新議席予測(MRPと呼ばれる方法で行う世論調査で、近年、議席予測の主流になっている)の結果によると、下院の全650議席のうち、保守党は、2019年に365議席を獲得したが、わずか45議席となり、50議席のスコットランド国民党(SNP)を下回り、第3党となると出た。近年、保守党の獲得議席予測がそこまで低くなったことはない。一方、労働党は、509議席との予測である。もしこのような結果になれば、保守党にとっては、解党を迫られるような事態になりかねない。

そこまで保守党が負けるかどうかは別にして、既に労働党の資金集めは保守党を上回っているとされる。大勢は、野党の労働党が次期総選挙で大勝すると見ており、それが資金集めに反映しているようだ。

スナク首相は、2022年10月25日に首相に就任したばかりである。現在の保守党の低い支持率は、ジョンソン首相在任期間中に始まり、スナクの前任のトラス超短期政権で大幅に悪化した。スナクは、その流れに歯止めをかけられていない。保守党新幹事長のハンズは、スナクの友人で、スナクと同じ金融界出身の人物である。気心の知れた仲間かもしれないが、保守党内の右派の圧力にさらされているスナクがどこまで頼りにできるか疑問が残る。

行方が注目されるのが、公共サービスの労働者の賃上げの問題である。特に、NHS(国民健康サービス)の看護師らが、インフレ率10%を超える中で、賃上げを求めている問題である。スナクは、インフレ率が大幅に上がる前のデータに基づいた2022年7月答申の結果以上の賃上げを拒否しており、その結果、大規模ストライキが断続的に継続して行われている。多くの有権者は、看護師らのストライキを支持しているが、スナクは今のところ、この立場を変える様子はない。

さらに、スナクは、ラーブ副首相兼法相のパワハラ疑惑の問題がある。外部の弁護士による調査を命じたが、スナクは、昨年10月にラーブを任命する前にラーブのパワハラ問題を非公式に知らされていたとする報道がある。スナクは、公式に知らされていなかったとするのみで、全く知らなかったとは言っていないこの調査もそう遠くないうちに結果が発表される。この調査は、事実の確認にとどまるもので、それが大臣規範に抵触するかどうかはスナク首相が決めることになる。スナク首相は既に2人の閣僚を更迭している。それが3人目になると大きな打撃を受ける一方、ラーブが更迭されないと、国家公務員の反発が大きいだろう。

また、ミニ内閣改造とともに3つの省庁の編成を変えたが、このような編成替えの効果が出るには何年もかかる上、1億ポンド(160億円)以上の費用がかかる可能性があると指摘されている。この時期にそのような編成替えが適当かどうかの議論もある。

また、5月のイングランドの地方選挙の結果によっては、保守党の中に、スナク降ろしが始まる可能性がある。スナク首相は、多くの面で苦しい立場に立っている。

ブレクシットとスナク保守党政権

英国がEUを離脱してちょうど3年。英国のEU離脱は、ブレクシット(Brexit)と表現されるが、これは、British Exitからの造語である。英国の一部である北アイルランドの取り扱いに関する北アイルランドプロトコールは、英国のEU離脱条約で合意されたものの、英国の国内事情でEUとの間で今もなお協議されており、すぐには解決しそうにない。ブレクシットが英国にとって良かったかどうかは、これまで頻繁に議論されている。現在のところ、ブレクシットの経済的な面への否定的な評価が強い。世論調査では、EU残留支持が伸びており、EU離脱支持が減少している。若い世代は、EUに残るべきだったという声が強くなっている。今後は、若い世代の声がさらに強くなっていくだろうが、ブレクシットが英国にとって、政治と経済を含んで総体的に良かったかどうかの判断ができるようになるにはまだかなり時間がかかるだろう。

ただし、ブレクシットの英国政治への影響には深刻なものがある。保守党のキャメロン首相が、次の総選挙で保守党が勝てば、英国がEU離脱するかどうかの国民投票を実施すると決めたのは2013年1月だった。キャメロンには、保守党内のEU離脱派の影響力を抑え、UKIP(英国独立党)に票を失うのを防ぐため、形式的に国民投票で議論を抑える意図があったが、それは全く裏目に出た。EU離脱国民投票は、2016年に行われたが、離脱賛成票が上回る結果(51.9%対48.9%)となった。キャメロン首相は直ちに辞任する。

後任のメイ首相がEUと離脱交渉を行い、離脱条約案を英国下院に提示したが、北アイルランドの扱いをめぐる問題で3度否決され、メイは2019年に辞任。そして、ジョンソンが、多くの有権者に人気があるという理由で、後任首相に就いた。ジョンソンには、それまでの行動が首相にふさわしくないとの批判があったが。

首相に就任した後、ジョンソンは、EUとの合意があろうがなかろうが2019年10月31日にEU離脱をするとして、合意なしの離脱に反対する保守党を含めた多くの下院議員の動きを防ぐために、女王の大権を使って下院を長期間休会させようとした。この動きは結局、最高裁が憲法違反と判断するが、政治的混乱を招いた。2019年12月の総選挙で、ブレクシットを成し遂げるというマニフェストを掲げたジョンソンは大勝した。ただし、その過程で、ジョンソンは保守党の有能で良識のある多くの下院議員を駆逐した。

ジョンソン首相は、その人気でかつて2期8年(2008-2016)ロンドン市長を務めたが、目立った業績はない。首相としては、数々のスキャンダルで、2022年7月に保守党下院議員に追い落される業績としては、EU離脱条約を結び、コロナワクチン接種を進めたなどの他、目立ったものはない。

ジョンソン後の首相に、トラス首相が2022年9月に就任したが、失政で10月に辞任。そしてスナクが同月就任した。50日しかもたなかったトラスは「人間手りゅう弾」とも言われ、その言動には頓狂なものがあり、保守党党首選を見た人で多くを期待した人は少なかっただろう。

スナクは首相就任後100日もたたないうちに閣僚級の人物をハラスメントで辞任させ、さらに所得税に関係して大臣規範に違反したとして閣僚を更迭した。また、大臣規範違反などで前任のトラスに更迭された人物を重要閣僚の内相のポストに任命、さらに外務省、ブレクシット省、そして現在の法務省のそれぞれで官僚にパワハラをした疑いで訴えられ、調査をされている副首相の問題など、スナクの人物を見る能力の欠如、それに、これらの人事に関する問題がどれほど本来の仕事の邪魔になっているか十分認識していないような姿を見るにつけ、スナクが首相としての仕事をきちんとできるようには思われない。結局、保守党には、人材が欠けている。

保守党は、2013年にEU離脱国民投票をするとした時から、EU離脱問題に非常に多くのエネルギーを費やしてきた。その上、2020年から2022年に至るコロナ禍対策の対応で、英国の将来ビジョンにあまり力がそそがれてこなかった。今や、公共サービスのスタッフは、自分たちの実質給料が2010年よりも10%以上下がっていると訴え、自分たちのこれまでの努力が過小評価されていると強い不満を持っている。食料品代が、1年前よりも16.7%も上がっているとのレポートがある中、大規模ストライキが次々に予定されており、スナクには打つ手がなくなってきているようだ。これまでのつけが回ってきているように思われる。