2010年以来の緊縮財政がもたらしたもの

今秋の新学年が始まる間際になって、ある学校の天井に使われたコンクリートが落下した。このコンクリートは多くの学校で使われており(病院や英国議会の建物を含め非常に広範囲に使われている)、児童生徒に危険をもたらす可能性があることから、イングランドの学校を担当するスナク政権の教育相の指示で多くの学校で施設が全面的または部分的に使えなくなった。このコンクリートの問題は、かなり前から指摘されていたが、これまでその対策改善への予算は大幅削減されていたのである。最近起きている多くの問題は、刑務所脱獄、地方自治体の財政危機、NHSの問題などを含め、保守党が政権についた2010年以来行っている緊縮財政の結果もたらされたものといえる。

2010年総選挙では、1997年以来政権に就いていた労働党が敗れ、最も多くの議席を獲得した保守党と第3党の自民党で連立政権を作り、5年間政権を担った。2010年総選挙の労働党の大きな敗因は、2007から8年の世界金融危機である。当時のブラウン労働党政権が銀行のとりつけ騒ぎなどを抑えるために数々の銀行の支援に踏み切り、国有化など一連の政策をとった。英国政府は今でも、NatWest銀行(かつてのRoyal Bank of Scotland)の38.6%の株式を持っている。

保守党は、労働党政権の経済財政政策を攻撃し、政権に就いてから緊縮財政を打ち出した。しかし、保守党の政策がそううまくいったわけではなく、保守党のオズボーン財相が、2012年のロンドンパラリンピックのメダル授与式に出席した際、観衆からブーイングを受けたほどだった。しかしながら、2015年の総選挙では、大方の予想に反し、保守党が過半数を占めた。その一方、それまでの5年間連立政権を組んだ自民党は、壊滅的な敗北を喫し、57議席から8議席となる。保守党が単独で政権を担うことができたために、キャメロン首相が思っていなかった、公約したEU離脱の国民投票を実施せざるを得なくなり、また国民投票で離脱という結果となるとは思っていなかったキャメロンは、即座に首相を辞任することとなる。

保守党は、2015年総選挙のキャンペーンで、財政赤字は労働党前政権のせいだと主張した。2010年総選挙で労働党が敗れた際、労働党のリーアム・バーン財務副大臣が、次期政権の財務副大臣宛てに「お金はない、幸運を祈る」というメッセージを残した。ジョークのつもりだったのだろうが、保守党は、このメッセージをたびたび取り上げて労働党の経済財政政策を攻撃した。バーンは、2015年の総選挙後、そのメッセージを残したことを、毎日非常に恥ずかしく思っていると言ったが、保守党政治家は2023年の現在でもそれを持ち出して労働党を攻撃する。なお、国の借金は一般の人やビジネスの借金とは大きく異なる。英国政府の借金は、今やGDP額に達しているが、日本政府の借金は国のGDPの2倍を超えている。

2010年総選挙でキャメロン保守党が訴えた政策の一つは、小さな政府で、政府の支出を極力減らし、減税を行うことが保守党のイデオロギーでもある。労働党政権で財政運営を誤ったためにお金がないという主張は、保守党の都合にもあっていた。しかし、労働党政権は13年も前のことである。緊縮財政を継続し、十分な投資を怠ってきたことが、現在の状況を招いていると言える。

頭痛の増すスナク首相

英国議会の夏季休会が終わり、議会が再開された。この中、保守党のスナク政権の頭痛が増し、その一方、労働党は、来年の総選挙、そしてその後に予想される政権担当に向けて、態勢づくりに取り組んでいる。

保守党は、スナク政権の人気挽回策の行方に期待していたが、労働党に約18%程度の差をつけられている政党支持率は回復が見られないばかりか、スナク首相への評価が下がってきている。さらに9月から新たに学年の始まる新学期の直前に1950〜90年代にかけて建設された学校などのもろいコンクリートの問題Reinforced autoclaved aerated concrete)のために多くの学校施設が危険なため使えないことが発表された。この問題はかねてから取り上げられていた問題だが、過去13年間の保守党政権の緊縮財政でこの問題が軽視され、その対策費は縮小された。特にスナク首相が財相だった2021年にはその対策費が半額にされていたとされ、スナク首相の責任が問われる可能性が高まってきた。

これまでジョンソン、トラスの元首相が起こした問題で保守党党首・首相を次々に替えてきた保守党は、来年にも総選挙を実施する必要のある中で、今さらスナク首相の首をすげ替える動きに出るわけにはいかず、スナク首相が自ら辞任しない限りリーダーを新しい人物にすることは無理な状況だ。

一方、労働党は、党内の路線問題では、スターマー党首が左派を抑え、影の内閣の改造でさらにその態勢を固めてきている。特に英国政府の中で政治家にも恐れられてきた元トップ官僚のスー・グレイ(ジョンソン元首相の辞任の直接のきっかけとなったパーティゲートの調査も実施した)がスターマー党首の首席補佐官に就任した。

保守党もスタッフを入れ替えるなど政権のリフレッシュに懸命だが、保守党政権の問題で混迷にさらに輪をかけている。リフレッシュした労働党勢いがのどの程度のものか注目されるが、もちろん、労働党にも不安がないわけではない。特に労働党の前党首コービンが来年5月のロンドン市長選への立候補をにおわせていることだ。労働党からは現職の市長が立候補することになっている。コービンは、ユダヤ人発言で労働党下院議員の資格をはく奪され、今は無所属の下院議員で、次期総選挙では労働党からの出馬はできないと見られている。コービンがもしこれらの選挙に立候補すると、コービンを支持する左派との対立が大きく顕在化して、労働党の支持に影響を与える可能性がある。