トップ公務員任命の難しさ(Not Easy to Select a Top Civil Servant)

英国の歳入関税庁(HMRC)のチーフ・エグゼキュティブで事務次官でもあるリン・ホーマーが、下院の内務特別委員会の報告書で非常に厳しく批判された。2005年から2010年までホーマーがチーフ・エグゼキュティブを務めた英国国境局の移民のケースのバックロッグの問題に近年改めて注目が集まっており、在任中の責任が問われたのである。

この報告書では、今でも31万2千のバックロッグがあると指摘しており、ホーマーの在任中、この数字と移民の確認の作業について、議会(内務特別委員会)を欺いていたとしている。ホーマーはその後、度重なる昇進をし、現在の重職に就いているが、マネージメントの能力に問題のある人物が現在の重職を務めていけるか疑問だと言う。

そして、なんと、このようなお粗末な業績の人物が昇進しないように、政府の省庁のトップを任命する際、議会は、拒否権を与えられるべきだと言うのである。

特別委員会が特定の公務員に対して、これほど厳しい批判をするのはそう多いことではない。ホーマーは、この批判に対して、自分が国境局のトップであったのは、もうかなり前の事で、それから起きたことを自分の責任にするのは不公平で事実に反するなどと反論している。また、歳入関税局を司る財務省は、ホーマーは、極めて有能だと弁護している。

この問題は、トップ公務員の任命の難しさを物語る一つの例だと思われる。

ホーマーは、1957年3月4日生まれで、もともと地方自治体の出身である。2003年から2005年まで、英国で最も大きな地方自治体のバーミンガム(特別な自治体であるロンドンを除く)のチーフ・エグゼキュティブを務めた。その後、内務省の移民国籍局の局長となり、2008年には事業執行機関となった国境局のチーフ・エグゼキュティブとなった。なお、ホーマーは、2010年時点で、20万ポンド(2900万円)以上の年収を得ていたが、これは、キャメロン首相の14万5千ポンド(2100万円)を大きく上回る。

2006年には、刑務所から出所した外国人で本国送還されず、国内に留まったものが千人以上いたことがわかり、しかもそのうちに性犯罪を含めて犯罪を重ねた者がいることがわかった。その責任を取らされ、内相が交代したが、新しい内相は内務省が「目的にふさわしくない」とし、内務省の近代化を打ち出し、その中で移民国籍局を事業執行機関とすることとした。新しく設けられた国境局では、事業執行機関としてそれにふさわしい仕事をするはずであった。ところが、上記の内務特別委員会の委員長は、「今でも目的にふさわしくない」とし、改善されていないと批判しているのである。

国境局の後、ホーマーは2011年1月、運輸省の事務次官となった。2012年1月にはさらに格上の歳入関税局のチーフ・エグゼキュティブ兼事務次官となった。

この間、運輸省事務次官として、少なくとも5千万ポンド(72億5千万円)の損害を出したといわれる2012年のウェストコースト本線入札キャンセル問題との関連も指摘されており、ヴァージン鉄道のリチャード・ブランソンは、ホーマーの責任を示唆している。なお、ホーマーは、歳入関税局のチーフ・エグゼキュティブとしてもカスタマーサービスの遅れを指摘されている。

ホーマーが運輸省の事務次官となった際には、当時の内閣書記官長であり、現在は上院議員のオードンネル卿が、女性の事務次官を増やそうと躍起になっていた。そのような背景があるにせよ、内務特別委員会の報告書は、事務次官人事を扱う人事委員会の、候補者の能力の査定をする能力にも疑問を投げかけている。もちろん内務特別委員会が望んでいるような議会の拒否権のようなものが認められる可能性はないだろうけれども。

SFO前ダイレクターのお粗末な能力(SFO Former Director’s Mismanagement)

3月7日の下院公会計委員会(Public Accounts Committee)にSFO(重大不正捜査局)の前職と現職の責任者、前ダイレクターのリチャード・オルドマンと現ダイレクター、デービッド・グリーンの二人が呼ばれた。オルドマンは2008年4月から2012年4月まで4年間その任にあった。

焦点となったのは、オルドマンのダイレクター当時に3人の幹部の解雇手当に計100万ポンド(1億4千万円)を支払ったことである。その支払いに必要な内閣府の許可を受けていたことを証明するものが何もなかったことから、会計検査院がその支払いは不正規だと指摘し、限定意見をつけた。さらに、SFO内での情実的人事やスタッフの低いモラールが指摘された上、捜査上の大失敗があったことからこの喚問は注目されていた。

この委員会での質疑で改めてわかったのは、オルドマンは内閣府から許可を受けたと主張するが、それを証明するものがないことである。内閣府はこのような許可をなかなか出さないので知られている。オルドマンは口頭でそのような示唆を受けたのかもしれないが、書面がなければ、その責任はオルドマンにあることになる。

また、3人の幹部の一人は、チーフ・エグゼクティブであったが、その昇進した際の記録が残っていないと言う。また、このチーフ・エグゼクティブは、ロンドンから離れた湖水地方に住み、週5日のうち2日は自宅勤務で、3日ロンドンに出てきていたが、ロンドンでのホテル宿泊費、交通費に2011年度は2万7600ポンド(400万円)公費から支出していたそうだ。

オルドマンは法廷弁護士だが、1975年から公務員として働き始め、2008年にSFOのダイレクターとなった。つまり公務員として30年以上の経験があったことになる。それにもかかわらず、きちんとした記録を残さず、適正手続きの必要性を十分に分かっていなかったようだ。このような人物がSFOのような、重要で、しかも一般からの信頼が要求される部門の責任者のポストに就いていたとは信じがたい。しかし、このような例は恐らくここだけにとどまるのではないだろう。特にSFOのような、英国政府の独立機関ではその可能性がより高いかもしれない。