ミリバンドの父の報道をめぐる論争(Mail’s Report about Miliband Father)

労働党のエド・ミリバンド党首の父親は「英国を嫌悪した」と報道したデイリーメイルの記事(9月28日)を巡る論争はまだ続いている。

デイリーメイルは保守党支持である。英国第二の売り上げを誇る、人気のあるタブロイドの新聞紙であり、そのオンライン版は英語版で世界一の読者数を誇るという。

ミリバンドの父ラルフは、1940年にナチスドイツの迫害を逃れ、16歳でベルギーから英国へ来たユダヤ人難民だった。英国の海軍で第二次世界大戦を戦い、その後、LSE、リーズ大学、アメリカやカナダの大学でも教えたマルクス主義の学者であった。1994年に亡くなった。

デイリーメイルは、そのラルフを攻撃することで、その父の影響を受けたとするミリバンドを間接的に批判しようとした。

ラルフが「英国を嫌悪した」としたのは、ラルフが英国に来て数か月後に書いた日記の一節にそれとおぼしきものがあったからだ。17歳の少年の記述を、その生涯の評価として否定的に使うのは妥当ではないだろう。

ミリバンドは、その記事に怒った。父は英国を愛していた、と主張した。デイリーメイルは、ミリバンドの反論を掲載(10月1日)したが、同時にもとの記事の主張を繰り返し、さらに社説でラルフの残したものは邪悪な遺産だと主張した。

ミリバンドは、それにさらに怒り、それ以降、デイリーメイルとの対立が続いている。

10月2日、ミリバンドの叔母(ラルフの妹)の夫の追悼会が身内だけで開かれた。そこにデイリーメイルの姉妹紙であるメイル・オン・サンデーの記者が押しかけて取材しようとした件で、その翌日、新聞紙のオーナーがミリバンドに謝罪した。しかし、デイリーメイルはその立場を維持している。

この論争の影響はかなり大きい。まず、この論争が保守党の党大会開催中に重なり、党大会へ向けられるメディアの報道時間が大幅に減った。

メディアはこの論争にかなり多くの時間を割き、また、親の子供への政治的影響について論評がいくつも出た(参照BBCの論評)。

デイリーメイルは、マルクス主義者の父親を持つミリバンドはその影響を受けて、自由市場主義に反対している、それゆえにそれを報道する価値があると主張する。

ただし、親の子供への政治的影響があるかどうかについては、どちらとも言えないというのが結論だと思われる。例えば、アメリカの共和党大統領だったロナルド・レーガンの息子は、民主党大統領候補を応援した。英国の保守党の有力政治家だったマイケル・ポーティロはメージャー政権の国防相でサッチャーの支持者だったが、その父親は、スペインのフランコ政権を逃れて英国に亡命した左翼の人物だった。

ミリバンドとデイリーメイルの論争がこれからどうなるか現時点では不明だが、こう着状態になる可能性が高いと思われる。しかしながら、もう既にこの論争の効果ははっきりしていると言えるだろう。

まず、これまで保守党らが指摘してきた「ミリバンドは弱い」という評価は消えたと思われる。

次に、新聞はタブロイド紙も含めて政治家の個人攻撃にかなり慎重になるだろう。

さらに来週、枢密院で大手新聞社らの提案した自主規制機関案の審議に少なからず影響を及ぼすだろう。

この案は、主要三党の提案した準公的規制機関案は報道の自由を妨げるとして反対し、提出されたものである。しかし、この論争は、BBCの記者がデイリーメイルは「墓穴を掘った」と評したように、自主規制機関案には大きなマイナスとなった。

デイリーメイルの編集長は、現在の報道苦情処理委員会(Press Complaints Commission)の「編集長の行動基準委員会」の委員長でもある。明らかに不適切な記事を掲載したにもかかわらず、報道の自由だと居直る態度は自己規制案に対して大きな疑問を投げかけたからである。

今回の事件は予想外に大きな影響があったが、英国のメディアの報道のあり方に好ましい結果をもたらしたように思われる。特にこれまで「報道の自由」の名の下に不当に批判されてきた政治家にはそうだろう。

英国の移民問題―神話?(Are Immigration Problems Myth?)

英国では、移民の問題は多くの国民の関心事だ。移民が英国のシステムに付け込んでいる、そして政府が移民をきちんとコントロールしていないと考える人が多い。国境局が、刑務所から出た外国人の取り扱いでミスを犯し、しかも不法滞在者を十分把握していない、移民関係の未解決のバックログが31万2千件もあり、その数が増えているというような話を聞くと、移民問題は本当に深刻だと考えがちだ。

ヨルダン人のイスラム教過激派指導者であるアブ・カタダの例は象徴的だ。この人物の存在は国家の安全を損なうと、メイ内相は、カタダをヨルダンに本国送還しようとしている。メイ内相は、同じことを試みた6人目の内相である。3月27日の控訴院判決で、3人の判事は本国送還を認めなかった。もしヨルダンに送還すれば、他の人を拷問にかけて入手した証拠がカタダに対して使われ、その結果、その人権が侵害される可能性が高いとした。

カタダは、オサマ・ビン・ラディンの欧州の右腕と呼ばれた人物である。カタダには法律扶助が与えられ、家族と住む住居は提供され、しかもそのセキュリティには1週間に10万ポンド(1450万円)かかっているという。しかし、この控訴院の判決で、カタダは英国に居続けるのではないかと見られている。

同じ日に他の裁判でエチオピア人の本国送還も否定された。このエチオピア人は2005年のロンドン爆弾攻撃未遂事件に関連した人物だが、欧州人権条約のために、英国政府は、追い出せないのである。

このような事例は、政府の能力を疑わせ、また、国民の移民への不信感を強める。それは仕事でも同じで、6割の英国人が移民は英国人の仕事を奪っていると考えている。この移民の問題は、UKIP(英国独立党)の支持率がかなり伸びている大きな要因である。

そのため、各政党は移民対策の案を出す必要に迫られている。保守党のキャメロン首相は、移民が福祉手当を受けられるルールを厳しくしようとしている。メイ内相は、国境局を内務省の直接管轄下に戻した。自民党のクレッグ副首相は、移民問題を起こす可能性の高い国からの英国訪問には、供託金を出させ、出国時に返却する案を打ち出した。この対象国は、インド、パキスタン、バングラデシュそしてアフリ諸国で、その額は千ポンド(14万5千円)と見られている。

ハント健康相は、外国人がNHSを無料で使わないよう、病院などでのチェックをきちんとするよう求めている。

野党労働党は、ミリバンド党首が過去の労働党政権下での不十分な移民対策を謝罪し、クーパー影の内相は、移民への福祉手当を抑制する案を持っている。

しかし、実際には、英国のシステムに移民の与えている影響はそう大きくない場合が多い。

例えば、キャメロン首相が移民の公共住宅への申し込みに制限をつけると発表した。一般に、移民が公共住宅の入居で優先権を与えられているという見方があるが、それを裏付ける証拠はない。

http://migrationobservatory.ox.ac.uk/briefings/migrants-and-housing-uk-experiences-and-impacts

2011年の調査では、英国生まれで公共住宅に住んでいる人が17%に対し、外国生まれで公共住宅に住んでいる人は、その18%という結果である。もちろん外国生まれであっても、英国民となっている人はかなり多い。

公共住宅の問題は、住民の生活様式の変化、例えば、離婚や離別などの増加でより需要が高まっていることや、公共住宅の住人への販売のために、公共住宅そのものの数が減っているのに、新しい公共住宅がなかなか増えないことに大きな要因がある。移民が公共住宅の不足を起こしているというよりは、社会条件の変化や政策の停滞が原因となっていると言える。

移民問題は政治家が無視できないほどに重要な問題となっているが、実態は、かなりの偏見に基づいていることが多い。偏見がこれ以上増大しないよう、政府が既存の政策をきちんと遂行し、国民の信頼を得ることからスタートする必要があるように思われる。