弱くなった政治家は打つ手を誤る(Weakened Cameron Lost the Plot)

キャメロン首相が10月17日の水曜日の首相の質問タイムで、電気・ガス料金の大幅値上げに触れ、これらを扱うエネルギー会社が消費者に最も安い料金表を提供しなければならないよう法制化すると述べた。ところが、エネルギー会社らがそれは初耳だと言い、本来この問題を担当するエネルギー・気候変動省も驚いて、首相の言葉を追認しなかった。エネルギー問題専門家などは、それは無理で、そういうことをすればかえって競争を阻害し、料金が上がるだけだと言う。しかも近い将来エネルギー危機を迎える英国への投資を妨げると、経済団体の英国産業連盟(CBI)も批判した。18日までにはこの事態は「エネルギーシャンブルズ」と呼ばれ始めた。

なお、この電気・ガス料金については、英国は、6社の大手に市場が支配された形となっており、競争がきちんと働いていない。現在、約400の異なった料金表があると言われており、消費者の4分の3が最も高い料金表で料金を払っていると言われる。また、一社が値上げすると、他の会社に口座を移す人は15%程度で、事実上、最も高い料金表で支払っている人が新しく口座を開く人を引き寄せるための新口座特別料金表を補助している。この格安料金のために、市場への新規参入が極めて難しくなっている。

競争が働いていない原因には、料金表の種類が多く、極めて複雑で、これらを理解できる人があまりいないことがある。標準的な基本料金の形式が決まっておらず、そのため、エネルギー会社が、これを逆手に取り、さらにわかりにくくしているようだ。それに、他の会社に口座を移せば、そこで間違いが起きる可能性が高いと考えられている。もし安い会社に移しても、その安い会社がすぐに値上げに踏み切る可能性があり、その利点が失われてしまうかもしれない。また、1年間料金表固定の選択肢があっても、エネルギー価格には上下があり、これらが全体像をさらにわかりにくくしている要素ともなっている。

さて、この「エネルギーシャンブルズ」を招いた原因は、いろいろな憶測があるが、キャメロン首相が言葉を誤った、もしくはまだ調整中の具体的にどのようにことを運ぶかまだ決まっていないことをキャメロン首相が先走って発表してしまったことにあるようだ。

水曜日の首相のクエスチョンタイムでは、労働党のミリバンド党首が、警官を「平民」と呼んだ院内幹事長を務める大臣を攻撃をしてくることがわかっていただけに、その準備に気を取られていたこともあっただろう。院内幹事長は、19日金曜日、ついに辞任したが、この「平民事件」で院内幹事長を守ろうとしたキャメロン首相は、このためにさらに多くのポリティカルキャピタルを失った。これは、これまでの多くの政治的失敗、つまり「シャンブルズ」とUターンの後である。しかも、英国のEUとの関係をめぐる国民投票や、上院改革などの問題で多くの保守党下院議員がキャメロン執行部の方針に反対し、キャメロンの党内基盤に揺るぎが見える。その上、低支持率にあえぐ自民党が、連立政権内で独自性を出そうとしており、今後の連立政権内の政策調整がかなり難しくなっている。

こういう一連の問題を背景に、メディアでは、キャメロン首相とその政権を支える人たちの経験不足を指摘し始めているが、これらの結果、キャメロン首相の立場は極めて弱くなってきているといえる。問題は、キャメロン首相のポリティカルキャピタルが少なくなってきているために、きちんとしたバランスのある決断ができなくなっているように見えることだ。

最も新しい失敗「エネルギーシャンブルズ」にそれが現れているように思われる。強い首相なら、「申し訳ない、言葉足らずだった」などと謝罪し、それでこの問題を終わりにできるだろう。多くのコメンテーターは言葉を誤ったと思った。また、労働党の影のエネルギー相もそう発言した。しかし、首相官邸は、何とかこの問題からの逃げ道を探ろうとした。結局、消費者の側に立って、消費者が最も安い料金表を与えられるよう確実にするぐらいのことしか言えず、当初の発言のように強制的に最も安い料金表を提供させるという言葉から後退した。しかも一方では、消費者グループから「約束を守れ」と言われるありさまである。

英国政治にとっての問題は、この「弱くなったキャメロン首相」を抱えて、次の総選挙まであと2年半過ごしていかねばならないことだ。連立政権を組む自民党は、世論調査の支持率が低く、このまま支持率が上がらなければ、次の総選挙では大幅に議席を失うのがはっきりしているだけに、解散を望んでいない。保守党も景気が回復し、財政再建が軌道に再び乗り、しかもEUとの関係で具体的な成果が出なければ、選挙に出られる状況にはない。キャメロン首相はますます弱くなる可能性が強く、このままで行けば、1997年にトニー・ブレア率いる労働党に大敗したジョン・メージャー政権のようにじり貧となり、次期総選挙では、労働党に大きく負ける可能性がある。

党大会シーズンを終えて(How the Party Conferences Went?)

 

キャメロン首相の保守党大会のスピーチは聞かせるものだった。前日のロンドン市長・ボリス・ジョンソンの演説とは趣を変え、大向こうに受けるようなレトリックを避け、着実に自分の来歴と、自分の目指すもの、これまでの実績、そしてこれから予想される困難な障害を労働党との違いを浮き立たせるように語った。一種の緊張感を最後まで保ち、非常に完成度の高いスピーチだった。さすがという印象があった。あるBBCのジャーナリストは、首相らしい演説だったと評した。

ただし、聞き終わった後、いったい何を話したのだろうかと振り返ってみると、キャメロンのジョークと父親の話、亡くなった長男の話、そして、自分の育った恵まれた境遇を社会に広く広げたいという話であった。キャメロンのジョークは、労働党をダシにしている。労働党は政権担当中も、野党になっても、お金を借りることばかり考えている。One Nation ならぬOne Notionだと揶揄したものだ。これは、保守党大会だからジョークになる。

キャメロンのスピーチは聞かせるものではあったが、話の中で使った統計には疑わしいものがあった。もちろんどこかにそのような統計はあるのであろうが、政治的なスピーチでは、時に統計を非常に巧妙に使っている場合があるので留意しておく必要がある。

それよりも、BBCの政治副部長が、キャメロンは保守党の党首となってから7年もたつのに、自分をあらためて今さら定義しなければならないのは、尋常ではないとコメントした。一方、政治部長は、これまでの批判に対する反論を一つ一つ上げた、防衛的な演説だと評した。

キャメロン首相は、競争のますます厳しくなる国際環境の中で、英国が生き残っていくためには、国の財政を立て直し、福祉制度を見直し、教育を向上させ、公平な社会とし、誰もがよくなろう、よくしようという向上心を持つ国が大切だと訴えた。

これはよくわかる話で、多くの人がそれに賛成するだろうが、向上心や、一生懸命働くなどと言っても、このような「スローガン」は、残念ながらすぐに忘れ去られてしまうように思われる。このスピーチは保守党大会参加者にはかなりの満足感を与えたようだが、一般の有権者の判断はどうだろうか。

今年の党大会シーズンのハイライトは、ミリバンド労働党党首のスピーチだろう。10月14日のサンデータイムズのYouGov世論調査では、この党大会シーズンで最も成功したのは誰かという問いに対して、キャメロンとした人が22%、自民党のクレッグとした人が3%だったのに対して、32%がミリバンドと答えた。それまであった、ミリバンドは党首そして将来の首相としてふさわしくないのではないかという大方の見方を変えたものだったからだ。そのスピーチでOne Nation Labourを打ち出したが、これは、保守党のこれまでのOne Nation Toryを変えたものである。One Nation Toryとは「金持ち・特権階級」と「貧しい労働者階級」がかい離した国ではなく、全体で一つにまとまった国にしようとする考え方である。かつてこれを打ち出したのは、かつて保守党首相を務めたベンジャミン・ディズレーリであった。ディズレーリはもともとポルトガルから移ってきたユダヤ人移民の子孫で、ミリバンドは英国に移ってきたポーランド系のユダヤ人の子供である。ディズレーリとミリバンドはこの点で共通点があるといえるだろう。

ミリバンドンの演説は、かなりリラックスしたもので、65分の演説をすべて覚えておいて話したものだった。政策的な内容はほとんどなかったが、政策の方向性を示すもので、これには多くが驚いた。One Nation Toryの上から下を見下ろした発想ではなく、つまり、金持ちにより多くのお金を稼がせながら課税し、それを下に振りまくという発想ではなく、国全体をOne Nationに合致するように変えていくという発想である。ミリバンドは、この演説に相当な自信があったように思われる。それが演説に現れていた。その結果、政治を報道するジャーナリストのかなりの敬意を勝ち取った。これは大きな成果と言えるだろう。今後ミリバンドのことを書く際の視点が異なってくるからだ。これとOne Nation Labourのスローガンは今後長く残るように思われる。

なお、ミリバンドは、今の時点で、詳細な政策を出す必要はない。選挙はまだ2年半先のことで、経済状況はまだまだ変わる。その上、一般に英国では、選挙は「政権政党が失う」ものだと考えられている。経済状況が悪く、保守党には左右の対立があり、政策のUターンやミスが続いている。しかも保守党は、英国のEUからの脱退を求める英国独立党UKIPに大きく票を失う状況だ。自民党の支持率は低いままで、前回の総選挙で、自民党に票を投じた人の多くが労働党に投票する構えである。そういう中、ミリバンド労働党はまったく焦る必要はない。

次に自民党のクレッグを見てみよう。クレッグのスピーチは率直でしっかりしたものだったと評価される。自民党は連立政権の中で重要な役割を果たしているとし、クレッグについてきてほしいと訴えた。クレッグのスピーチで、キャメロン首相らとの間で政権の基本的な財政経済政策については変えないという合意ができていることが明らかであったが、その後のオズボーン財相のスピーチで、具体的な税制などではまだ合意ができていないことが明らかになった。

自民党の中にはクレッグ党首を今の時点で入れ替えようという考えはあまり大きくない。しかし、代替党首の筆頭候補とされるケーブル・ビジネス相のスピーチを聞きに集まった人の方が、クレッグより多かったと言う話を聞くにつけ、クレッグの命運はいずれにしても大きく変わらないと思われる。ただし、今現在党首を交代させるのは時期的に早すぎるだろう。自民党も保守党も今の時点での選挙は避けたいと考えており、次期総選挙は任期満了の2015年5月の見込みである。クレッグもスピーチで述べたように、これからさらに厳しい財政削減に取り組まねばならない状況だからだ。つまり、党首を今変えても、クレッグのように大きく人気を失う可能性がある。

一方、クレッグがどのような将来的な構想を描いているとしても、その時がくれば、かつてメンジー・キャンベルが党首から引きずり落とされたように事態は急に進む可能性がある。

いずれにしても、経済が停滞しており、しかも財政再建も停滞している中で、財政緊縮策を取る政権を担当している政党には厳しい状況だ。その中で、野党の労働党は有利な立場であったと言える。