スターマー首相の最初の「首相への質問」

2024年7月24日は、7月5日に首相になった労働党党首キア・スターマーが、初めて「首相への質問(Prime Minister’s Questions)」を受けた。スターマーは首相になってから既に下院で何度も演説し、下院議員から質問も受けている。しかし、下院開会中毎週水曜日の昼から行われる恒例の「首相への質問」は、初めてだった。

スターマー首相の答弁は、少し硬かったが、無難に終えた。公共放送BBCの政治記者が、首相官邸の「首相への質問」担当者は、過去何人もの首相の手伝いをしている人物だが、下院の議場で議事を見守り、首相の答弁ぶりに満足そうだったとコメントした。前日の7月23日、「二人を超える子供への養育手当を支給しない」保守党政権時代の制度の変更・撤廃に触れなかった「国王のスピーチ」に対して、スコットランド国民党(SNP)が中心になり、その制度の撤廃を求める修正動議を提出したが、その採決で、その動議に賛成した7人の労働党議員を6か月間「労働党下院議員」停止処分にした影響と波紋は続いていた。SNPは2019年総選挙の48議席に対し、7月の総選挙ではわずか9議席しか獲得できず、はるかに小さな勢力になったが、SNPに注目が集まったことで、そのPR効果をさらに増そうとする質問をしたが、スターマー首相に一蹴された。野党第一党の保守党のスナク党首は、次の党首が選ばれる11月2日まで党首職を継続するが、その質問は、保安と国防に特化し、特に問題はなかった。

「首相への質問」では、下院議員誰にも質問する権利があるが、誰が質問できるかは究極的に議長が決める。始まる前に既に質問者は決まっている。質問は、既に議長に届けられており、その中かからくじであらかじめ選んだものである。一方、一つの質問が終わるや否やかなり多くの下院議員が座席から立ち上がって、補足質問で、議長の注意を引こうとする。その誰かを選ぶかどうかは議長の判断である。なお、野党第一党と野党第二党には、党首/代表者に、それぞれ6質問と2質問の権利が与えられる。時間は半時間と言われているが、それよりかなり長くなることが多く、いつ終わるかは、議長がその時に判断する。

これらの質問に対して、首相は、想定質問とそれへの答えを記したフォルダーを抱えて出席し、時に確認しながら、答弁していく。

近年、この「首相への質問」は、あまりにも劇場的になってきており、きちんと質問に答えず、意味が薄れてきているとの批判があるが、スターマー首相が改善していくことを期待する。

スターマー首相がステイツマンに見えた日

7月4日総選挙で大勝利を収め、7月5日に首相に任命された労働党のキア・スターマーは、7月9日、アメリカのワシントンDCに飛び、NATOのサミットに出席した。英国の保守党政権下で内部対立に明け暮れ、はっきりしない将来を目のあたりにしてきた首脳たちにとっては、英国に安定した政権が生まれたことを歓迎する雰囲気があった。バイデン大統領とも直接対談する機会を持った。

スターマーは党首としてリーダーシップを発揮し労働党をまとめ、1997年のトニー・ブレアの大勝利並みの勝利に導いた。労働党長期政権を想定している。人権派の弁護士出身で、イングランドとウェールズの検事総長を5年務めたスターマーは、どのように組織をまとめ率いていくかがわかっているようだ。まじめで几帳面な性格である。若かったブレアのような華々しさはないが、イラク侵攻で大きく評価を落としたブレアのような失敗はしない安定感がある。

さらに7月18日には、欧州政治共同体(European Political Community:EPC)のサミットがスターマーを議長に英国で開催された。EUのメンバー27か国と、英国を含めたそれ以外の欧州の20か国・団体が出席した。場所は、世界遺産でもあるブレナム宮殿だった。ここは、チャーチルが生まれた場所でもある。

スターマーが首相になった直後にNATOやEPCのサミットが予定されており、ちょうどいいタイミングで首相になったということはあるが、一挙に多くの首脳と直接会い、知遇を得たということは大きい。特に、EPCサミットでは、狙い通りの成果が得られたように見えた。スターマーはウクライナのゼレンスキー大統領を強力にバックアップし、ステイツマンのように見えた。恐らく、首相になったばかりの人物をステイツマンというのは早すぎだろう。首相当選直後で、その「威光」があったのだろう。

さて、スターマー首相は、戦略的国防レビュー(見直し)を命じた。英国の国防は、非常に深刻で複雑な問題があるのに対して、2世紀前のナポレオン戦争時代以来最小規模で、兵員は、採用する数より辞めていく方が増えているため減少している。レビューを3人の人物に委嘱したが、その代表は、ブレア政権下の国防相だったジョージ・ロバートソンで、後にNATOの事務総長を務めた。また、英国出身者で、ロシア・欧州問題の専門家フィオーナ・ヒル、それに英国の国防副参謀総長だったリチャード・バロンズ将軍である。来年上期にその報告書が出てくることとなる。

しかし、これまでのところ、特に目を引いたのは、スターマー首相のウクライナに関する積極的な発言である。ウクライナ戦争で必要な限り、毎年30億ポンド(約6000億円)を提供するとし、ウクライナへの支援を改めて明確にした。一方、ロバートソンが中国、ロシア、イラン、北朝鮮を「不倶戴天の4人組(deadly quartet)」と呼び、西側との対決勢力だと断じたことだ。

スターマー首相は、首相になってからまだほんとうに日が浅い。しかし、スターマーに外交経験が乏しいにもかかわらず、このようなはっきりとした立場を打ち出すことができたのは、恐らくフィオーナ・ヒルの影響が強いのではないか。

ロシア問題と欧州問題の権威フィオーナ・ヒルは、米国国家安全保障会議(NSC)の元スタッフで、ホワイトハウスでトランプ大統領にロシアとユーラシアについてアドバイスした人物だ。スターマー首相は、首相首席補佐官スー・グレイ(元トップ官僚で2023年9月から労働党党首首席補佐官)を含めて、有能な人物の能力を新しく進んで借りる用意があるようだ。