保守党の内乱のもたらすもの

欧州連合(EU)にイギリスが残留するか離脱するかを決める、6月23日のEU国民投票まで4週間足らず。保守党は、残留派、離脱派で分裂しており、キャンペーンが過熱している。いずれの側も誤解を与えるような主張や誇張が多いと批判され、一種の泥仕合の様相を呈している。

これを見たギリシャの前財相(極左のエコノミスト)が、このEU国民投票は、EU初めてのもので非常に大切なものだが、それが一政党の党内対立で埋没していると批判した。この批判は当たっているように思われる。

ただし、この保守党の党内対立で漁夫の利を得ているのが、テリーザ・メイ内相と労働党のコービン党首のように思われる。まず、ここでは、メイ内相を見てみたい。

女性のメイ内相は、キャメロン首相の後の保守党党首・首相の座を狙っているが、このEU国民投票をめぐる保守党の分裂で、メイ内相の株が大きく上がる可能性がある。

2015年総選挙の前、キャメロン首相が、その次の総選挙では保守党を率いないと発言した。そのため2020年に予定される次期総選挙前の2019年ごろに党首選が行われると見られている。

しかし、国民投票の結果、もしEU離脱ということになれば、残留派のキャメロン首相が退陣するのは確実で、もし残留という結果でも、この国民投票のキャンペーンで大きく分裂した保守党をまとめていくのは容易ではなく、また、キャメロン首相の早期退陣を求める声が強まり、次期党首選が早期に行われる可能性がある。

キャメロン首相は、次期党首に盟友のオズボーン財相を推すが、キャメロン首相が早期退陣に追い込まれると、オズボーン財相の可能性が乏しくなる。一方、離脱派の旗頭の1人となったボリス・ジョンソン下院議員は、もしEU離脱ということになれば、次期党首の座が近づいてくるだろう。もし残留となっても、その差が少なければ、離脱派の多い保守党党員の支持を受けて党首となる可能性があろう。

また、残留が離脱に大差をつけた場合、オズボーンが有利となるが、オズボーン党首ではこのキャンペーンでできたしこりで保守党がまとまりづらい状況が生まれる可能性がある。

キャメロン首相は、自分の跡をつげるのは、オズボーン、ジョンソン、メイだと言ったと伝えられる。メイ内相は、難しい問題が多く、大臣の墓場と言われる内務省の大臣を記録的な6年間務めてきている。その手堅さは有名だ。キャメロン首相やオズボーン財相の推す残留派の立場を取りながらも、この問題であまり目立った活動をしていない。一方、内務省の管轄である警察などに関しては、警官の会に出席して、予想以上に警察の問題を鋭く批判するなど自分の存在を印象づける機会を慎重に選んでいる。

メイ内相は、2014年に保守党員らのインターネットサイト、コンサーバティブホームの大会で、自分の省管轄以外の問題にも触れた演説をし、党首選出馬準備だと批判されたことがある。そのため、かなり慎重に振る舞っている点はあるだろう。

いずれにしても、オズボーンとジョンソンの死闘の中、いずれもが党首となることができず、メイ内相が妥協的候補者として保守党の次期党首・首相となる可能性が高まっているのではないかと思われる。

イアン・ダンカン=スミスの保守主義

3月16日のオズボーン財相の予算発表の後、労働年金相を2010年から6年務めてきたイアン・ダンカン=スミスが大臣職を辞任した。管轄する福祉関係手当の、特に障碍者への手当を大幅に削減しながら中高所得者らを減税する予算を弁護できないとの気持ちからだった。

元保守党党首ダンカン=スミスは、その党首時代の経験から、地域社会の崩壊、貧困、そして福祉依存の社会を改革したいと社会正義センター(The Centre for Social Justice)を設立した。その結果、キャメロン政権の発足とともに首相から労働年金相に就任するよう依頼され、引き受けたのである。これまで、財政赤字削減には、増大する福祉予算の削減が必要だとするオズボーン財相と何度も衝突してきたが、目的を達成するためには妥協が必要だと多くの福祉予算削減にも同意してきた。しかし、これ以上妥協できないと思うに至ったという。

ダンカン=スミスの辞任の意向を知ったキャメロン首相は、何とかそれを押しとどめようとした。そしてオズボーン財相は障碍者手当の削減を取り下げた。しかし、ダンカン=スミスの気持ちは変わらなかった。

2016年3月20日、朝の公共放送BBCの番組に出演し、ダンカン=スミスは辞任の理由を説明した。オズボーン財相は、財政赤字削減に向けて「みんな一緒に」と言っているが、むしろ社会を分断していると批判した。保守党内にはダンカン=スミスを高潔な人物だと評価する人が多い。ダンカン=スミスの辞任は、オズボーン財相を大きく傷つけた。しかし、一部には、ダンカン=スミスの辞任を、イギリスの欧州連合(EU)離脱派の戦術と決めつける見方もあった。

ダンカン=スミスはもともと保守党の右の政治家である。イギリスのEU離脱を唱え、それがゆえに保守党党首選で本命と見られた親欧州派のケネス=クラーク元財相を破って保守党の党首に選出された。労働年金相辞任後のことだが、ダンカン=スミスが、昨年12月に収録された福祉の問題を巡るBBCの番組で福祉社会制度の問題点を語った際、19歳の未婚の母親と会った時の経験を話しながら涙を流していたことが明らかになった。この時の話しぶりは、3月20日の辞任の理由を語った時と似ている。

ダンカン=スミスは、4月18日のタイムズ紙への投稿で自分の考え方を明確にした。

すべて人の能力が開発されるためには、人が自分の価値を理解し、福祉の罠(福祉給付に頼って働かない)に陥らないような制度を作り、働く文化を生み出す必要があるとする。しかも、より多くの所得を得ている人たちのやる気を削がないようなものでなければならないという。そして、これからの保守主義は、自分にもよいが、隣人にもよいものであると言えるものでなければならないというのである。

それを図るための指標は、経済成長率では不十分で、それよりもメジアン(中央値)で所得がどれぐらい上昇しているか、働き手のいない家庭の割合、住居はどうかなど、社会の真ん中に焦点を置く必要があり、税政策では、最も貧しい人々に焦点を絞ることが必要だとする。

そしてクローニー・キャピタリズム(仲間内での排他的な資本主義)を無くしていくことが重要だという。人がそれぞれの努力で成功するのは好ましいことであるが、個人や企業が政府からの補助や規制のおかげで利益を得るような仕組みは解体する必要があるというのである。

さらに、家族が重要だという。家族は、福祉の提供、教育、そして利己主義を全体の利益にかえるには最善のものであるとする。結婚がベストであり、それを奨励するような政策が必要だというのである。

過去には、ダンカン=スミスを頭が悪く、厄介者だと思ったオズボーン財相らが他のポスト、格上の法相のポストに移らせようとしたという話もある。しかし、ダンカン=スミスは、労働年金相以外のポストには興味がないと断ったそうだ。

人の話をよく聞く人物だそうだが、理想を実践することは難しい。労働年金大臣時代には、ユニバーサルクレジット(多岐にわたる福祉手当を一つにまとめるシステム)構築が順調に進まず、自分の求める政策の追及が十分にできなかった。

ダンカン=スミスの保守主義は、一般的な伝統や経済重視のものではない。すべての人の価値が実現されるような社会を想定し、それができるような仕組みを築こうとするものである。難しいが、崇高な目標に思える。