首相候補レッドサムの失敗

保守党の党首選で、下院議員が候補者を2人に絞った。そして保守党の党員が、2人の女性候補者から保守党党首・首相を選ぶ(拙稿参照)。そのうちの1人、エネルギー閣外相のレッドサムが不用意な発言をし、それが大きなニュースとなった。

上記の拙稿でも触れたが、レッドサムは「脇が甘い」。それがまさしくこの問題に出ている。問題の経緯はこうだ。

タイムズ紙のジャーナリストが、レッドサムとのインタビューで、もう1人の女性候補者メイ内相との違いを質問した。レッドサムは、経済の能力と家族と答えた。そこでタイムズ紙のジャーナリストは、子供について質問。レッドサムには3人の子供がいる。レッドサムは、「メイには子供がいないが、自分にはいる」というような話にはしたくない、そのような話はひどい話だからと言いながら、メイには子供がいないが、自分には子供がいる、メイにも甥や姪、多くの人がいるだろうが、自分には子供、そのさらに子供で、直接、将来への本当の利害関係がある、と語った。

日本人の感覚では、あまり大した話ではないと思われるかもしれない。しかし、タイムズ紙は、「母なのでメイより勝る、レッドサム」という第一面の大見出しとした。

レッドサムは、自分の言ったことと全く反対だ、このような汚いジャーナリズムは見たことがないと主張。

そして翌日、7月9日は朝からこの話題で持ちきりとなった。タイムズ紙のジャーナリストが公共放送BBCに招かれて、このインタビューの経緯を語り、インタビューの録音も紹介、そして、これは「正確なジャーナリズム」だと主張したのである。

このジャーナリスㇳの説明でも明らかなように、レッドサムの子供のことに関する不用意な発言を引き出すことを最初から狙いにしていたようだ。レッドサムは、6月23日のEU国民投票前の様々な討論会で、たびたび子供のことを話していたので、それをきいたという。そしてレッドサムはナイーブにもその餌につられた。この「ナイーブ」という言葉は、このジャーナリストの使ったものである。

本来、保守党党首、そして首相の選挙は、それぞれの候補者の政治的な言動や政策、考え方で競われるものであり、その身体的な特徴、この場合には、子供がいる、いない、というようなことは関係のないものだと考えられている。それを重視する有権者もいるだろうが、もしそれを候補者やその関係者が意図的に主張すれば顰蹙を買う。

レッドサムの場合、それを意図的に主張したのではなく、むしろ引きずりだされたという表現の方がふさわしいと思われるが、タイムズ紙のジャーナリストの視点は、そのような軽率なことを話す「判断力」が首相にふさわしいかどうかであり、それは報道に値するというものである。タイムズ紙は、メイ内相を推していることもその背景にあるだろう。

保守党党首選は、あと2か月続く。このような落とし穴は、2010年に下院議員に選出され、政治家として十分な経験がないまま、急に保守党党首候補、首相候補として躍り出て、大きな注目を浴び始めた人にとってはやむをえない点もあるだろう。

例えば、キャメロン首相は、2001年5月に下院議員となり、2005年5月に2回目の当選をした後、その12月に保守党の党首に選出された。ただし、それまでに財相、内相のスペシャルアドバイザーとして政界の内側から政治家の行動を観察したことがある。そのような経験がなければ、自分の発言に関する政治勘はなかなかつかみにくい面があると言える。

首相を選ぶ保守党の党員

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスがEU離脱を選択した後、キャメロン首相が辞任し、次の保守党の党首選びが始まった。保守党は下院で過半数を占めているため、保守党党首が選ばれれば、女王がその人物をバッキンガム宮殿に招き、首相に任命する。

党首選立候補は、6月30日正午に締め切られ、5人の立候補者から、330人の保守党下院議員が、2度の投票を経て、2人の候補者、内相テリーザ・メイとエネルギー閣外相アンドレア・レッドサムの2人の女性を選んだ。そして保守党党員がこの2人のうちどちらかを選ぶ。下院議員の2回目の投票では、メイが199票、レッドサムが84票獲得し、メイが大きくリードしたが、党員がどちらに投票するかは別の問題である。

現在のような選挙制度は、1997年に保守党がブレア労働党に大敗した後、党首選びに党員がもっと関与すべきだという考え方から設けられた。イギリス最初の女性首相サッチャーが選ばれた時はこの制度ではなく、保守党下院議員が選出した。

現在の制度が設けられた後、党首には2001年にイアン・ダンカン=スミス、2003年にはマイケル・ハワード、2005年にデービッド・キャメロンが選出された。ダンカン=スミスは、下院議員の投票では2位だったが、党員の投票で逆転し、当選した。なお、ダンカン=スミスは、2003年に下院議員による不信任投票が可決され、辞任し、その後任の党首にはハワードしか立候補しなかったために投票がなかった。党員の投票した2001年も2005年も、保守党が野党であったため、直接首相を選ぶ選挙ではなかったため、党員にとっては、今回が初めて首相を直接選ぶ選挙となる。

保守党の党員数

保守党では、地方支部が党員を把握しており、支部が党員の実態を明らかにしたがらない傾向もあると言われ、党本部が必ずしも正確で、最新の党員のデータを把握しているわけではない。党首選の投票用紙は8月中旬に送付されるが、党本部は、それまでに党員の住所などの確認作業があるといわれる。党員数は、公共放送BBCのジャーナリストでも13万という人もいれば、15万という人もおり、13万から15万人のようだ。

なお、投票の締め切りは、9月9日の正午であり、党員はその3か月前に入党していなければ投票できない。すなわち、6月9日までに入党しておかねばならないが、その期限は既に過ぎている。

党員像

2015年総選挙後に行われた、学術的な党員調査で約5700人を調査している。その中で、保守党の党員は1193人。平均年齢は54歳で、60歳以上が半分以上いた。そしてNHSや年金を守ることに関心があるという。その75%が中流階級で、71%が男性だった。すなわち、男性が、2人の女性から首相を選ぶともいえる。

党員の選ぶ基準

党員は、選挙に勝てる候補を選ぶ傾向があると言われる。それは、能力、党の顔となるかどうか、選挙でアピールできるかなどであるが、今回は、先に述べたように首相を選ぶ選挙である。保守党の党員の3分の2が離脱に投票したと言われるが、ある世論調査の結果によると、離脱派であることが大切だと見る人は3割にとどまり、候補者の能力に注目する人が7割を超えている。

候補者

メイはこれまで政治の第一線で17年間過ごしてきた手堅さがある。一方、まだ下院議員6年で、知名度のそう高くないレッドサムには新鮮さがあり、これからの2か月間でどこまで票を伸ばすか予測しがたい面がある。しかしながら、レッドサムにはこれまでのところ、過去の金融関係の経歴や発言で脇の甘い点があるように感じられる。レッドサムの履歴書は、見かけほどすごいものではないことが明らかになっており、また、本来強いはずの経済分析にも疑問が出ている。また、最後の2人に選出されれば、納税申告書を公開すると約束したため、これを公開する必要があるが、これがさらに火種となる可能性がある。これらを乗り越えたところで、保守党の党員の多くはレッドサムをメイときちんと比較して考慮するのではないか。