国家公務員に責任を押し付ける政治家

イギリスの大臣たちは、レッドボックス(Red Box)と呼ばれる赤いブリーフケースを持つ。この中には、大臣が目を通しておくべき書類が入っており、公私ともに多忙な大臣たちがどこででも書類に目を通すことができるようになっている。レッドボックスは、大臣のいるところに届けられる。

現在、内務大臣のアンバー・ラッドが、内務省の強制退去達成目標を知っていたかどうかの議論がある。ラッドが、下院の内務委員会で、達成目標はないと主張したが、実際にはあったことが明らかになった。ラッドは、そのような目標を知らなかったと謝罪したが、後に、達成目標を記した書類が、ラッド、その下の閣外大臣らを始め数人に送られていたことが漏洩され、ラッドの主張に大きな疑問が投げかけられている。

このような問題を国家公務員の責任にしようとする政治的な動きがある。これまでにもラッドは、いわゆる「ウインドラッシュ世代問題」は内務省の国家公務員の問題だと示唆した。イギリスに正規に入国してきて、何十年も住み、本来在留権のある人たちが、書類で証明できなければ強制退去を迫られたり、NHS(健康保険サービス)や社会福祉を正当に受けられなかったり、仕事を解雇されたり、住居を借りられなかったりした問題である。さらにラッドが強制退去目標を知っていたかどうかの問題では、メイ政権の環境相マイケル・ゴブが、国家公務員がラッドにそのような書類を渡していなかったためだと示唆した。しかし、担当の国家公務員が、そのような書類をラッドに渡していなかった可能性は極めて少ない。

各省庁の大臣室には、首席秘書官(Principal Private Secretary)がいる。この首席秘書官は国家公務員であり、将来事務次官になりそうな優秀な人物が任命される。この首席秘書官が、このような書類の仕分けの責任を持つ。大臣に目を通してもらいたい書類を重要なものを上にして重ね、書類の一覧表をつけ、書類が一目瞭然でわかるようになっている。しかも大臣からの問い合わせに備えて、副本を作っておく。

今回、漏らされた書類は、昨年夏のもので、強制退去目標を10%上回ったというものである。当時、これは大臣にとって良いニュースであり、それが大臣に知らされなかった可能性はまずない。この点は、ゴブ環境相が4月28日に出演した公共放送BBCラジオの看板番組Todayでもキャスターのジョン・ハンフリーが指摘したことだ。

国家公務員にむやみに責任を負わせようとするのは賢明ではないだろう。4月29日のBBCテレビのSunday Politicsでも、ブロガーのイアン・デールが指摘したように、そのような動きに反発した国家公務員が政治家に不利な情報を意図的に漏らす可能性がある。

ラッドは、4月30日に再び下院の内務委員会に招かれたが、この委員会は内務省事務方トップの事務次官も呼んだ。政治家が国家公務員に責任を擦り付けるような事態に事務方がどのような見方をしているか確認するためのようだ。いずれにしても、政治家が国家公務員を粗末に扱うのは危険だといえる。

典型的なメイ首相

メイ首相は、決断できない人物だ。決めるのに非常に長い時間がかかる。失敗を恐れるからだ。それでも時には、短時間で決めなければならないことがある。追い込まれて決め、間違った判断をする。

イギリスがEUを離脱する交渉でもそうだ。なかなかイギリスの交渉戦略を決められない。2016年6月の国民投票でEU離脱が決まってからもう1年9か月経つ。メイが首相となってから1年8か月だ。それでもまだイギリスの交渉戦略ははっきりしていない。昨年12月のEUとの第一段階の交渉での最大の問題は、イギリスの一部である北アイルランドと南のアイルランド共和国の間の国境問題だった。追い詰められて、現状通り国境検問のない状態を維持すると約束したが、EU単一市場にも関税同盟にも残らないという前提の下では、それはほとんど不可能だ。

ロシア人の元スパイとその娘が、軍事用レベルの高度な神経剤を盛られて危篤状態に陥っている。その神経剤は、ロシアが作ったとされており、ロシア政府が関連した暗殺事件ではないかと見られている。メイ首相は、内相時代、他のロシア人が放射性物質を盛られて暗殺された事件で、ロシアとの関係を配慮して公的調査の実施を長年遅らせ、批判されたことがある。そのためか、今回は、首相として、ロシア政府に2日で釈明をするよう求めたが、ロシア政府は、全く急ぐ様子はない。振り上げたこぶしを振り下ろすのに困る状態となっている。

メイ首相は、アメリカのトランプ大統領とは全く異なる。トランプ大統領は、基本的にビジネスマンだ。勝つときもあれば負ける時もあると割り切っており、少々の毀誉褒貶は気にしない。ところが、メイ首相は、小さなことにこだわりすぎ、国内政治的な損得勘定にあまりにも多くの時間を費やしている。木を見て森を見ないメイ首相では本来の仕事はなかなか進まない。