政策のタイミング(Policy and It’s Timing)

政策にはタイミングが重要である。オズボーン財相の3月20日の予算で政府の景気刺激策の中心に住宅政策を置いたが、この政策が結果を出す可能性がかなりあるように思われる。

4月3日に発表されたイングランド銀行の金融機関信用状況概観によると、2013年第1四半期の住宅ローンの金利が下がっており、第二四半期もさらに下がる見通しだという。中には記録的に安くなっているものもあるそうだ。

この原因は、イングランド銀行と政府が、800億ポンド(11兆6千億円)で、2012年8月にスタートした「貸すための資金拠出スキーム(Funding for Lending Scheme)」で、個人や小さな企業への融資を維持または、増加させれば、金融機関は、無制限に金利0.25%で借りられる制度の効果だと見られている。特に、この機会を利用して、市場占有率を増やそうという比較的小さな住宅金融組合が積極的だと言われる。

オズボーン財相の住宅政策は、Help to Buyと呼ばれる。住宅市場は経済効果が大きいが、オズボーンの政策の中心は以下の二つの政策である。

  • 新住宅の価格(最大限60万ポンド(8700万円))の住宅ローンの20%まで政府が5年間無利子で貸し付ける。5%の自己資金があれば申し込める。35億ポンド(5千億円)の政策で、13万人に適用されるこの見込み。申込者は、セカンドハウスではないと言う必要がある。4月1日から3年間適用される。
  • 既存の住宅を含め、住宅価格(最大限60万ポンド)の20%まで7年間政府が保証する制度。総額1300億ポンド(19兆円)の政府保証で55万件の見込み。2014年1月から3年間適用される。

英国の住宅市場は、他の国と異なる点がある。まず、住宅の不足が大きな問題となっている。住宅建築許可は極めて厳しく、建てられる場所がかなり限定されているために、住宅供給がなかなか増えない。

次に英国人には住宅を所有するという夢があるが、住宅の価格が高くなりすぎて、一般の人の手に届かない価格となっている。イングランドでは、平均の住宅価格は、256,995ポンド(3700万円)である。しかし、住宅価格は、過去若干の上下はあったものの、長期的に見ればかなり上がっており、借りて家賃を払うよりも、将来の値上がりを見込んで、購入した方がよいと考える人が非常に多い。つまり、潜在的に買えれば買いたいと考えている人がかなり多い。

一方、かつては、住宅価格の100%や110%などを貸し付ける時代もあったが、今では、家の価格の20%から25%程度の手持ち金を必要とされるものが増え、一般の人には手が出にくくなっている。これらの阻害要因を政策的に緩和し、住宅市場を活性化することで、経済全体に刺激を与える原動力としようというものである。

実は、これまでにも以下のような住宅政策が試みられたが、うまくいかなかった。そこでオズボーン財相の打ち出したものはこれらを増強したものである。

  • First Buy:2万7千の購入者を支援する予定であったが、これまで6,493件だけであった。
  • New Buy:10万件を支援する予定であったが、これまで支援したのは1,522件のみだった(以上タイムズ紙Bricks & Mortar 2013年3月22日)。

First Buyも New Buyもターゲットが狭かったのに対し、今回の政策はターゲットがかなり広くなっている。しかも、住宅ローンを借りる先の金融機関の審査はあるものの政府の同様の政策にあるような申込者の年収の制限もない。

しかもこれらは、慎重な銀行や住宅金融組合に貸し出しを促す効果もある。

なお、他の住宅市場活性化対策として以下のようなものも予算発表に含まれた

  • 2015年までに、手頃な価格の住宅を1万5千件建設。
  • Build to Rent 政策の資金を5倍にする。
  • 公共住宅のRight to Buy の条件の緩和。これまで最低5年住む必要があったが、それを3年とし、価格割引の最高をロンドンで7万5千ポンドから10万ポンドにアップ。
  • 年金を使って、商業用物件をフラットなどの住宅に替えるプログラムの協議を開始する。商業用物件などに投資されている年金ファンドを使って住宅を増やす効果もある。

いくら画期的な政策を打ち出しても、それが効果を生みそうな状況とならないとなかなか結果が出てこないように思われる。その点で、住宅ローンの金利の低下に併せたオズボーンの政策にはある程度結果が出てくる可能性が高いのではないかと思われる。

英国の移民問題―神話?(Are Immigration Problems Myth?)

英国では、移民の問題は多くの国民の関心事だ。移民が英国のシステムに付け込んでいる、そして政府が移民をきちんとコントロールしていないと考える人が多い。国境局が、刑務所から出た外国人の取り扱いでミスを犯し、しかも不法滞在者を十分把握していない、移民関係の未解決のバックログが31万2千件もあり、その数が増えているというような話を聞くと、移民問題は本当に深刻だと考えがちだ。

ヨルダン人のイスラム教過激派指導者であるアブ・カタダの例は象徴的だ。この人物の存在は国家の安全を損なうと、メイ内相は、カタダをヨルダンに本国送還しようとしている。メイ内相は、同じことを試みた6人目の内相である。3月27日の控訴院判決で、3人の判事は本国送還を認めなかった。もしヨルダンに送還すれば、他の人を拷問にかけて入手した証拠がカタダに対して使われ、その結果、その人権が侵害される可能性が高いとした。

カタダは、オサマ・ビン・ラディンの欧州の右腕と呼ばれた人物である。カタダには法律扶助が与えられ、家族と住む住居は提供され、しかもそのセキュリティには1週間に10万ポンド(1450万円)かかっているという。しかし、この控訴院の判決で、カタダは英国に居続けるのではないかと見られている。

同じ日に他の裁判でエチオピア人の本国送還も否定された。このエチオピア人は2005年のロンドン爆弾攻撃未遂事件に関連した人物だが、欧州人権条約のために、英国政府は、追い出せないのである。

このような事例は、政府の能力を疑わせ、また、国民の移民への不信感を強める。それは仕事でも同じで、6割の英国人が移民は英国人の仕事を奪っていると考えている。この移民の問題は、UKIP(英国独立党)の支持率がかなり伸びている大きな要因である。

そのため、各政党は移民対策の案を出す必要に迫られている。保守党のキャメロン首相は、移民が福祉手当を受けられるルールを厳しくしようとしている。メイ内相は、国境局を内務省の直接管轄下に戻した。自民党のクレッグ副首相は、移民問題を起こす可能性の高い国からの英国訪問には、供託金を出させ、出国時に返却する案を打ち出した。この対象国は、インド、パキスタン、バングラデシュそしてアフリ諸国で、その額は千ポンド(14万5千円)と見られている。

ハント健康相は、外国人がNHSを無料で使わないよう、病院などでのチェックをきちんとするよう求めている。

野党労働党は、ミリバンド党首が過去の労働党政権下での不十分な移民対策を謝罪し、クーパー影の内相は、移民への福祉手当を抑制する案を持っている。

しかし、実際には、英国のシステムに移民の与えている影響はそう大きくない場合が多い。

例えば、キャメロン首相が移民の公共住宅への申し込みに制限をつけると発表した。一般に、移民が公共住宅の入居で優先権を与えられているという見方があるが、それを裏付ける証拠はない。

http://migrationobservatory.ox.ac.uk/briefings/migrants-and-housing-uk-experiences-and-impacts

2011年の調査では、英国生まれで公共住宅に住んでいる人が17%に対し、外国生まれで公共住宅に住んでいる人は、その18%という結果である。もちろん外国生まれであっても、英国民となっている人はかなり多い。

公共住宅の問題は、住民の生活様式の変化、例えば、離婚や離別などの増加でより需要が高まっていることや、公共住宅の住人への販売のために、公共住宅そのものの数が減っているのに、新しい公共住宅がなかなか増えないことに大きな要因がある。移民が公共住宅の不足を起こしているというよりは、社会条件の変化や政策の停滞が原因となっていると言える。

移民問題は政治家が無視できないほどに重要な問題となっているが、実態は、かなりの偏見に基づいていることが多い。偏見がこれ以上増大しないよう、政府が既存の政策をきちんと遂行し、国民の信頼を得ることからスタートする必要があるように思われる。