マニフェストの検証?(Vetting Manifesto?)

2011年12月まで国家公務員のトップである内閣書記官長(Cabinet Secretary)を務めたオードンネル卿が、選挙の前にマニフェストを独立機関が検証をしてはどうかと言いだした(サンデータイムズ紙2013年4月7日)。

オードンネル卿のアイデアでは、選挙マニフェストがどの程度実現可能か、それを公的に検証するべきだというのである。

このアイデアは、実現可能性がないと思われる。

まず、政党がそのようなアイデアに同意する可能性は極めて少ないだろうと思われる。政党のマニフェストが、選挙前に事細かく検証され、もし、実際的でないとか、実現が困難と言われれば、その政党への信頼性が揺るぐ。

次に、そのような検証にどのような意味があるのだろうか?

2010年の総選挙の前、保守党の効率化アドバイザーであったピーター・ガーション卿が、予定されているものにつけ加えて、120億ポンド(1兆8千億円)の財政カ削減が可能だと言った。

ガーション卿は、民間会社の重役から公務員となり、政府商務局のチーフ・エグゼクティブも務めた人物である。2004年から5年にかけては、ガーション・レビューと呼ばれる政府全体の活動を見直し、歳出と効率化について勧告をした。

保守党のキャメロン党首(当時)が、ガーション卿が可能だと言っているのでできるという立場を取ったのに対し、ファイナンシャルタイムズ紙がガーション卿にインタヴューした。公務員の余剰人員解雇なしで公務員給与から10億ポンドから20億ポンド(1500億円から3000億円)のお金が捻出できると言ったことに対し、マンチェスター大学の専門家に聞いたところ、それは無理だという。そのため、ガーション卿の効率化に大きな疑問が投げかけられた。それでもキャメロンが首相になった後、ガーション効率化案を大幅に変更せざるを得なかったが、結果的に必要な財政削減を成し遂げた。

もしその「独立機関」がこの財政削減を検証していれば、否定的な結論を出していた可能性が高いと思われるが、それがその「独立機関」の意味なのであろうか?特に野党の場合には、実際に政権に就いて見なければ何が可能か不可能か分かりづらい点がある。現在でも総選挙の前に、首相の許可を得たうえで、野党が公務員トップに接触する制度があるが、それでお互いの能力を十分にはかることは難しい。

さらに、誰がそのような検証をするのだろうか。

キャメロン政権では、独立して経済や財政の予測を出す機関、予算責任局(OBR)を設けたが、この機関の予測がどこまで信頼できるかには疑問がある。経済成長、インフレ、税収などの予測がかなり外れている。その上、例えば、第四世代移動通信の周波数オークションによる歳入見通しでは、OBRは、昨年12月、財務省の予測した35億ポンド(5300億円)を承認したが、その当時から多く見積もりすぎていると見られていた。実際に財務省に入った金額は、それより3分の1も低い23億4千万ポンド(3500億円)であった。

かなり狭い分野に限定されたこのような独立機関の予測や判断に疑問が残るのに、マニフェストのような広い分野にわたるものを「独立機関」がどの程度有効に判断できるか疑問である。

さらに2010年の保守党のマニフェストのNHSの記述のように、専門家でもその真意が理解できていなかった場合もある(参照http://kikugawa.co.uk/?p=405)。この「独立機関」がマニフェストの記述をすべて理解できると想定できるものだろうか?

最も根本的な問題は、政治家と公務員の能力をどの程度だと判断するかである。非常に優れた政治家、もしくは公務員が担当する場合と、そうでない人が担当する場合では、成否だけではなく、達成度も費用も大きく異なる可能性がある。これを「独立機関」が勘定に入れて判断することは極めて難しい。時には特定の政治家と特定の公務員の組み合わせが予想以上の効果を生む場合もあるだろうし、その逆もあり得る。

それに付け加えて、この「独立機関」が誤った報告をすればどうなるのだろうか?もしかすると選挙の結果を左右することにもなりかねない。

これらのことを考えると、公的な「独立機関」がマニフェストの問題に踏み込むよりも、それは、民間のシンクタンクやマスコミに任せておいた方が賢明なように思われる。

福祉政策の欠陥?(Flows in Benefits System?)

17人の子供を5人の女性に生ませ、そのうち11人の子供と妻並びに愛人と住んでいた男ミック・フィルポットの問題で英国の社会保障について議論が起きている。フィルポットは、自分が働かずに、妻と愛人に働かせ、社会保障手当を受けて生活していた。

フィルポットは、すべての社会保障手当と妻と愛人の給与を自分の銀行口座に払い込ませ、管理していたという。受けていた社会保障手当などの中身は明らかになっていないが、タイムズ紙の試算(2013年4月4日)では以下のようになる。

児童手当:最年長の子供に1週間20.30ポンド、それ以外は1週間13.40ポンドで11人の合計年額は8,023.60ポンド(116万円)。
ワーキング・タックス・クレジット呼ばれる子供を抱えた働く人への補助金:妻には6人の子供がおり、年に20,560ポンドまで、愛人には5人の子供があり、年17,870ポンドまでで1年に合計が最高38,430ポンド(557万円)。
住居手当:3ベッドルームの公共住宅で1週間に推定150ポンドで、年に7,800ポンド(113万円)。
・妻と愛人の給与。

税金などを勘定に入れると、タイムズ紙は、この収入額は、年収10万ポンド(1,450万円)の人に匹敵するという。他にも社会保障給付が6万ポンド(870万円)で、それに妻と愛人の給与が加わるというものもある(デーリーメール4月3日)が、いずれもかなり金額を誇張しているように思われる。しかしながら、フィルポットがかなりの額の社会保障給付を得ていたのは間違いない。

議論は、これを特殊なケースと見るか、社会保障の仕組みに問題があると見るかである。

保守党は、キャメロン首相、オズボーン財相が社会保障の仕組みに問題があると見ている。ダンカン=スミス雇用年金相は昨年秋に、児童手当は子供二人までに限るべきだと発言したが、連立政権を組む自民党がそれに反対した。このフィルポットの例を見て、それに賛成する保守党の右の議員がかなりいる。

例えば、キャメロン首相と党首選挙を争ったデービッド・デイビス元影の内相は、人々が家庭を益々大きくしたいほど児童手当をよくし過ぎるのは危険だという。フィルポットのような例はそう多くはないが、実際に起きるので、何らかの対応をしなければならないという。

一方、労働党や自民党は、これは特殊なケースと見るべきで、社会保障の仕組みと結び付けて考えるのは妥当ではないという立場だ。

フィルポットの事件の概略は以下のようである。

昨年5月、フィルポットとその妻、そして親友がダービーにある自分たちの住む公共住宅に火をつけた。これは、昨年2月、11人の子供のうち5人の子供を連れて家を出た愛人を放火の罪に陥れ、さらに自分の6人の子供を助けてヒーローになろうとし、また、住んでいた家は3ベッドだったので、地方自治体により広い家を用意させようとしたものである。この事件は、家を出た5人の子供の親権とその住居についての審問のある数時間前に起きた。

火が予想外に早く回り、2階にいた子供たち6人は有毒ガスで死亡した。裁判の結果、3人は過失致死で有罪となり、フィルポットは終身刑、妻と親友は禁固17年の刑期を受けた。保釈が許されるのは、フィルポットは最低15年後、妻と親友は刑期の半分を過ぎてからである。裁判所では、フィルポットに対して、その妹が「死ね、ミック、死ね」と叫んだと報道された。

フィルポットは、愛人が5人の子供を連れて家を出たため、月に千ポンド(14万5千円)余り収入が減ったことを恨みに思っていたとも伝えられる。

イングランドでは、この4月から福祉手当の上限が設けられた。これは、フィルポットのような社会保障給付に頼っている人たちが、一般の勤労世帯より多くの収入を得ることを防ぐために設けられたもので、上限は2万6千ポンド(377万円)である。

この背景には、社会保障給付が年々増えており、緊縮財政の中でそれに歯止めをかけることがある。もし、児童手当が最初の子供二人に限られれば、年間33億ポンド(5千億円)の節約となるという。また、子供10人の世帯は90に留まるそうだが、子供5人の世帯は、8万5千、そして子供4人の世帯は25万近いそうだ(タイムズ紙2013年4月5日)。

児童手当対象の子供を2人に限るという政策を支持する政治家が少なからずいるという背景には、英国では子供の数が急激に増えており、都市部の学校では教室が足りず、空いているオフィスなどを使う場合が出ているということがある。

英国では、福祉手当依存体質のある人々を強く批判する勤労者層が増えている。そのため、この体質を変えようとする試みにはかなり大きな支持が集まる傾向にある。保守党は、2015年に予定される総選挙のマニフェストにこの「児童手当は最初の2人だけ」を入れる考えだと言われるが、労働党と自民党はそれに強く反対しているため、それが選挙の大きな争点の一つとなる可能性がある。