クールソンについての事務次官の判断

BBCの経済部長ロバート・ぺストンが、なぜアンディ・クールソンが最高レベルの機密情報取扱い資格を得ていなかったか知っている、首相官邸の事務次官であったジェレミー・ヘイウッド(現在は昇格して内閣書記官長)がお金を節約しようとしたからだ、と発言している。

スペシャル・アドバイザーが最高レベルの機密情報取扱い資格を得ようとして費用がかかるので、その数を減らそうとした政策判断であり、クールソンも省いたというのである。一方、外務機密も扱う首席補佐官エドワード・ルウェリンには厳しい調査を受けさせたというのである。ところが後にクールソンは「信頼できる人物だ」と思ったので、機密情報も見せたという。

クールソンは、20105月、キャメロン首相とともに広報局長として首相官邸入りしたが、新聞紙の違法電話盗聴問題でメディアの注目を浴びたために20111月に辞職した。この6月、電話盗聴の共謀容疑で有罪となった人物である。

ぺストンの話は、一見もっともらしい。当時内閣書記官長で国家公務員トップであったガス・オドンネル卿が自分はクールソンの任用にはまったく関与していないと発言していることから見ると、ヘイウッドがこの問題を取り扱ったのは間違いなさそうだ。しかし、いくつかの点で疑問がある。

まず、クールソンは、スペシャル・アドバイザー、つまり特別国家公務員としてキャメロン首相の広報局長となったが、一般のスペシャル・アドバイザーとはかなり異なるということである。

一つ例を挙げよう。キャメロン首相が官邸入りした後、スペシャル・アドバイザーの数や待遇を透明化するとしてその詳細を発表した。それによると、クールソンの年俸は、当時70名ほどいたスペシャル・アドバイザーの中で、他の人よりはるかに上の14万ポンド(2420万円)であった。2番目が上記のルウェリンの125千ポンド(2160万円)、そして3番目が10万ポンド(1730万円)であった。つまり、クールソンは極めて重要な地位を占めていることが明らかであり、他のスペシャル・アドバイザーとは一線を画していた。 

ヘイウッドは、ブレアが首相であった時代に首相の首席秘書官を務め、ブレアの広報局長だったアラスター・キャンベルとも長期間一緒に仕事をしている。キャンベルの仕事がどのようなものかよくわかっていたはずである。キャンベルはイラクの大量破壊兵器に関する機密情報を大げさに書き換えたといわれており、政府の最高機密を日常的に取り扱っていた。クールソンの仕事に機密情報の取り扱いが絡むことはよくわかっていたと思われる。

つまり、最高レベルの機密情報取扱い資格を得る費用はその調査の内容から見るとかなりのもののように思われるが、それがゆえにクールソンを除外したというのは少し奇妙に思える。また、国の機密の取り扱い資格を第三者に公正に判断させるのではなく、事務次官が恣意的に判断できるのだろうか?オドンネル卿の言葉はそれが許されることを示唆している。 

結局、ヘイウッドがクールソンはこの最高レベルの機密情報取扱い資格を得るのは難しいと判断し、クールソンを除外したのではないだろうか?

ただし、もしこのような融通が利かないと、政治任用のスペシャル・アドバイザー制度そのものに問題が出てくるように思われる。重要なスペシャル・アドバイザーの過去が清廉潔白の場合だけではないだろうからである。

なぜイギリスの住宅市場は過熱しているのか?

イギリスの住宅価格が高騰している。統計局(ONS)によると、3月末までの1年間でイギリス全体の住宅価格が8%、ロンドンで17%アップしたという。経済が回復している中、住宅ブームがその最大のリスク要因であると見られており、その対策が急務だ。 

それではなぜ、イギリスの住宅価格が高騰しているのだろうか?

住宅価格高騰の原因 

まず、イギリス人の住宅に対するメンタリティーを理解する必要があるだろう。イギリス人は持ち家を好む。統計局によると、イングランドとウェールズの持ち家率は1918年時に23%であったが、197150%まで上がった。そして2001年国勢調査時に69%を記録し、2011年には64%に下がった。EUの統計ではイギリスは2007年に73.3%のピークを迎えたという。

持ち家が好まれる理由は、住宅価格は短期的には若干の価格の上下があるにしても、長期的には価格が上がると考えられていることがある。日本では家が古くなると価値が減少すると考えるが、イギリスでは必ずしもそうではない。イギリス人にはもともと古いものに価値を見出す傾向がある。

つまり、家を借りて家賃を払うよりも、住宅ローンを借りて毎月支払いをすれば、長期的には資産となり、しかもその住宅の価値が上がり、有利だと考えられているのである。

ただし、住宅ローンを借りて住宅を購入する場合には、かなりの自己資金が必要なため、すぐに購入できるわけではない。それでも住宅を買えれば、その価値が次第に上昇していくので、それをもとに次々に大きな住宅に買い替えることができることとなる。イギリスではこれを「住宅階段(Housing ladder)」とよく言う。つまり、最初の住宅を買うことが、階段を上がり始める第一歩となるので非常に重要である。

次に、現在の住宅市場を取り巻く環境を考える必要があるだろう。

イギリスの経済が世界金融危機前の2007年並みに回復してきた。雇用が増大し、失業率が下がり、しかも賃金が上昇してきた。多くの人たちが今後の経済の行方に自信を持ち始めてきている。

ロシアの経済制裁、ウクライナ危機などで、これらの地域からロンドンに避難してきている資金がある。さらに確実に価格が上昇すると見られている住宅を中東やアジアを含めて外国人が投資対象としてみる傾向が強まっている。

さらに政府のHelp to Buyと呼ばれる政策である。これは、60万ポンド(約1億円)までの物件に対して、5%手持ち資金があれば、政府が15%から20%までを保証する仕組みで、貸し手である銀行や住宅金融組合などのリスクを下げ、より安く借りられる。

2012年の住宅市場の低迷を受け、住宅市場に刺激を与えるために設けられた。住宅市場は、景気刺激の波及効果が大きいことに注目したものである。当初から住宅供給が乏しいのにこのような政策手段を打てば、住宅バブルが発生する可能性があると指摘されていた。

なお住宅供給不足については、今年3月までの1年間で11万軒余りの新築住宅が建設された。しかし、人口増を考えると1年に25万軒が必要と言われ、必要な数の半分にも達していない。これは歴史的な傾向で、イギリスには慢性的な住宅不足の問題がある。

このHelp to Buyの効果が予想外に早く出始めた。実際にはこの制度を使った住宅購入の数はそう多いわけではないが、買い手の期待が上がりすぎ、また売り手が強気になり、買い手は、早く買わねば、手が届かなくなる、後れをとるという心理が出てきて、住宅価格が急上昇するという状況となっている。 

ロンドンでは現在、売り手の提示価格は、週に平均で4,400ポンド(75万円)上昇していると言われる。 

イングランド銀行の対応

このため、住宅価格の高騰のし過ぎを警戒したイギリスの中央銀行であるイングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、この原因はイギリスの住宅供給が遅れていることにあるとし、カーニー総裁の出身国カナダでは、人口が英国の半分ほどであるのに毎年イギリスの2倍の新築住宅が建築されていると指摘した。

イングランド銀行には、政策金利を設定する金融政策委員会(MPC)に加えて、金融の安定性を高める目的の金融安定委員会(FPC)が設けられたが、オズボーン財相は、イングランド銀行に既に与えた手段を使って住宅の過熱を防ぐ手段を取るよう求めている。

すでにMortgage Market ReviewMMRという仕組みで426日から制限が加わっている。さらに6月にFPCが住宅の価格に対する借り手の年収の割合を厳しくするのではないかという見方が強まっている。カーニー総裁が年収の4.5倍や5倍という例を挙げて警告したことだが、特にロンドンでは、典型的な住宅が459,000ポンド(7,800万円)で、典型的な年収は35,000ポンド(約600万円)であり、13倍にもなっている。

現在、政策金利は0.5%で20093月以来据え置かれているが、それが今後ともに継続すればやっていけても、それが上昇すれば困難に陥る人が77万人いるという。なお、1997年の総選挙後にイングランド銀行の金融政策委員会が政策金利決定の権限を与えられたが、1998年から2007年までの政策金利の平均は5%ほどである。金利が上がってもやっていけるかどうかの査定をMMRで既に実施しているが、それをさらに厳しくするのではないかとみられる。 

さらに貸し手の銀行や住宅金融組合の自己資本比率を増やすなどのマクロプルデンシャル策も検討されているようである。

さらにHelp to Buyの上限を大幅に引き下げる、縮小することなどをオズボーン財相にアドバイスするなども考えられる。

カーニー総裁は、政策金利を上げることは最後の手段としている。これには金利が上がれば苦境に陥る人がいる上、経済全体に悪影響があるという問題がある。なお、住宅を現金で買う人は全体の3分の1いると言われるが、こういう人たちには政策金利を上げても直接の効果はない。 

大幅な住宅の建設をすれば、もちろん効果があるだろう。現在の住宅ブームは、需要に比べて供給が少ないことが原因である。キャメロン政権では、15千軒のガーデンシティ建設を発表した。しかし、このようなガーデンシティを建設することもイギリスではそう簡単ではない。 

結局、試行錯誤を重ねながら、少しづつ取り組んでいくしかないようである。