EU国民投票の行方とキャメロン首相の手腕

11月11日、キャメロン首相は、EUに4つの主な要求を提出した。しかし、保守党の欧州懐疑派(EUとの関係を強く批判している人たち)の反応は、「それだけ?」だった。この中でも、有権者の最も関心の強いのは、EU内の移民の問題である。2015年5月の総選挙で、キャメロン首相は、EUの他の加盟国からの外国人は、イギリスの福祉手当を4年間受けられないようにすると約束した。これがEU内で承諾されることは相当難しい。EU内の移民を差別しないとする原則に反するからである。特にポーランドをはじめとする東欧諸国が強く反発している。もし万一、期間の短縮などで合意ができたとしても、その目的である移民を減らす効果は、実際にはあまりないと見られている。

そのため、EUとイギリスとの関係を大幅に見直し、交渉してイギリスに主権を取り戻し、その上でEUに留まるか、脱退するかの国民投票を2017年末までに行うとしたキャメロン首相は、苦しい立場になっている。

キャメロン首相は、この国民投票を保守党内の圧力をそらすために約束したが、このような国民投票には、ギャンブルの要素がある。1975年のEU国民投票は、ウィルソン労働党政権下、その前のヒース保守党政権で加入したEUの問題を巡る党内の対立の決着をつけるために行われた。そしてウィルソン首相は、保守党と協力して残留運動を強力に行った。EU離脱派の10倍のお金を使ったと言われる。しかし、キャメロン政権下での国民投票では、残留派、離脱派の両方ともキャンペーン費用の上限が定められている。キャメロン首相の在職時の業績の「政治的遺産」に直接結びつく問題であるだけに、キャメロン首相は、何とか事態を打開しようとしている。12月17日、18日に行われるEU加盟国28か国の首脳会議で話をまとめようと、これまでキャメロン首相が関係国を訪問し、一対一のトップ会談で話を進めようとしたが、余り成果は上がっていないと伝えられる。

もちろん、これには、国民、メディアの期待をコントロールしている可能性がある。期待をなるべく低く抑えることで、成果を強調しようとしているのかもしれない。つまり、キャメロン首相に秘策、もしくは明らかになっていない各国首脳との個人的な約束がある可能性はあるが、いずれにしてもキャメロン首相が達成できることは、多くの人の期待を大きく下回ることは確実な情勢だ。

その中、世論調査で、EU脱退への支持が増加し、残留への支持と均衡していると報道された。もちろん、国民に対して、首相がEU離脱を勧めるか、残留を勧めるかで、有権者の判断がかなり影響されるが、このままでは、EU残留への積極的な理由が見つけられないまま、事態が進む可能性もある。

さらに、EU国民投票の行われる際の政治環境にもよるだろう。11月13日のパリ同時多発テロ事件の後、イギリスの世論は、離脱へ大きく揺れた。もし同じような事件が、例えばロンドンで国民投票の直前にあるようなら、その与える影響はかなり大きなものがあるだろう。

いずれにしても、自分で蒔いた種とはいえ、この状態をいかに乗り切ることができるか、キャメロン首相の手腕が問われる。

長寿社会で根本的な変化を迫られる政治

長寿社会を迎え、政治は根本から変わっていかねばならない。社会も教育も大きな変化を迫られている中、政治が、これからありうる社会像を示し、それへのはっきりとした方向性、対応した政策を打ち出していく必要が出てきている。しかし、政治は、後手に回っている。

人々の平均余命はたいへんな勢いで伸びている。医学の進歩と生活水準の向上、そして身体も、腰や膝、臓器も含めて、不調になった部位を入れ替えることができるようになった。しかもこれらの研究は、加速度的に進んでいる。

イギリスの統計局の発表では、1980-82年と比べると、2011-13年には、出生時の平均余命が、1日当たり、男性で6.3時間、女性で4.6時間伸びている。また、平均余命にかなり影響していると思われる喫煙がかなり減っている。1974年には、60歳以上の喫煙率が、男性で44%、女性で26%だったが、2012年にはそれぞれ13%と12%となった。

コペンハーゲン大学のルディ・ウェステンドープ教授によると、我々の平均余命は、毎日6時間延びているという。心臓血管の病気で亡くなる人が減っており、しかも認知症になる可能性も、イギリスの大規模調査によると、過去20年で30%減っているそうだ。大幅に寿命が伸びており、現在の子供たちは135歳まで生きる可能性があるが、それへの心の準備ができていないと指摘する。65歳で定年退職、年金を受給して死を待つといった考え方は、19世紀的な妥協の産物の残滓で、親の世代の生き方が参考にならない時代だと言う。

未来学者のロヒット・タルウォーが私立学校長の会で講演した話は、教育の場で特に重要だろう。タルウォーは、これからの子どもたちは、120歳まで生き、100歳まで働く可能性があるという。長生きする薬剤や医療の進歩で、毎年5か月寿命が伸びており、現在11歳の子供は120歳まで生きる可能性があり、100歳まで働くうち、10の職種で、40の仕事に就くのではないかという。

もし、100歳まで働くとすると、労働年齢が、20歳前後から100歳まで80年にも及ぶ。また、ロボットや自動化が伝統的な仕事に取って替わるため、イギリスでは、仕事が今後10年から20年で、30~80%減る可能性があるという。つまり、産業構造が大きく変化する中、このような変化に対応できる人を育てる教育に変えていかなければならないというのである。

時代は急激に変化している。これらの予測がどこまで本当になるかは不明だが、人々が、これまでよりはるかに長く生きる時代となり、はるかに高い年齢まで、本人の意思もしくは必要で働く時代になってきている。これまでの固定した考え方では、とても対応できない。

イギリスでも高齢者で働く人がいる。1914年生まれの男性は、76歳でDIYショップのB&Qで働き始め、20年間働いた。B&Qには高齢で働く人は、他にもいる。また、公共放送BBCの人気ラジオ番組「アーチャー家(The Archers)」でペギー・ウーリーを演じている人は、1919年生まれで96歳だが、現在も現役である。こういう例が益々増えていくだろう。

イギリス政府は、年金の受給年齢を段階的に68歳まで上げ、年齢を理由にして退職させたり、差別することができないようにした。しかし、人々が120歳や135歳まで生き、100歳まで働き続ける時代には、根本的に異なるアプローチが必要になっていると思われる。