キャメロンが弱まり変化したイギリスの政治環境

タックスヘイブンであるパナマの法律事務所から漏えいした1100万以上の書類の中に、キャメロン首相の亡き父の設立したファンドの書類が含まれていた。キャメロン首相はこれに関連する株式を首相になる前に処分しており、キャメロンがこれから受けた利益はかなり限られている。しかし、これがイギリスの政治に与えている影響を4月13日の「首相への質問時間」で感じられた。

「パナマ書類」に関連した報道で、キャメロン首相への有権者の評価が大きく下がり、労働党のコービン党首を下回る結果となっている。キャメロン政権は、3月のオズボーン財相の予算発表以来、悪いニュースが続いている。この予算発表では、障碍者手当を削減しながら、中高所得者に減税し、その結果、イアン・ダンカン=スミス労働年金相が、オズボーン財相とキャメロン政権を批判して辞任した。慌てたキャメロン首相らは、障碍者手当削減を中止したが、有権者に「上流階級」とのイメージのあるキャメロン首相やオズボーン財相は、金持ち重視だという印象を与えた。「パナマ書類」関係の問題は、その印象を深める結果となった。キャメロン首相をはじめ、トップ政治家たちが、それぞれの納税申告を公表し、いかがわしい収入はないと証明することとなった。キャメロン首相は「金持ち」とは言えないようなものであった。

キャメロン政権は、タタ製鉄のウェールズの製鉄所の売却問題で対応が遅れ、大きな批判を受けた。また人々の日々の医療・健康を担当する国民健康サービス(NHS)では、若手医師の待遇問題で、厚生相と医師会が対立し、若手医師たちがストライキを継続する事態に陥っているなどの問題があり、政権運営に対する評価が下がっている。

この中、文化相が性業界関係者とかつて関係があったことが表面化した。メディアの中には、この関係を把握していたものがあったが、これまで報道されていなかった。文化相が昨年任命された時、そのことをキャメロン首相に報告していなかったが、政権のこれ以上の混乱を避けたいキャメロン首相は不問に付した。

イギリスが欧州連合(EU)に残留するか離脱するかを問う6月23日のEU国民投票まで2か月余りだが、残留派、離脱派いずれの活動も活発化する中、キャメロン首相らは残留票を増やすため努力しており、残留派の労働党のさらなる支援が不可欠となっている。

「首相への質問」では、キャメロン首相は、いつものようなコービン労働党党首を見下したような言動ははるかに少なかった。コービンは、「パナマ書類」関係やイギリス関連のタックスヘイブン、国税局(HMRC)の体制に絞った質問をしたが、このような「金持ちの税回避策」に関連する問題は、コービンの強い分野であり、コービンは、いつになく自信が感じられる質問を行った。

現在の状況を受けて、キャメロン政権は、政権が「金持ち優遇」ではなく、また「税回避対策」に力を入れているということを継続的に示していく必要が出てきている。オズボーン財相は財政削減に力を入れており、その柱の一つに、急激に増大する福祉予算の削減を考えているが、それがかなり難しくなってきている。

EU国民投票で残留派が勝利しても、残留・離脱で二分する保守党内の混乱を、それ以降も抱えていく必要のあるキャメロン首相の政権運営は容易ではない。有権者の評価が下がり、求心力が弱まっているキャメロン首相の前途には難しいものがある。

オズボーンの狙い

オズボーン財相には明確な目的がある。その2016年度予算発表(2016年3月16日)を聞いて感じた。

オズボーンは、キャメロン政権の発足した2010年5月以来財相を務めている。2012年の「オムニシャンブル予算」では、ほとんどすべての方面から叩かれ、その年に行われたロンドンオリンピックでは、メダル授与式で紹介された途端に観客からブーイングを受けた。

イギリスの予算は発表まで秘密である。つまり、イギリスの政治制度では、日本でよくあるような根回しがなく、オズボーンとキャメロン首相が予算を決め、それが実際に施行される。政権政党の下院議員は、不満でも賛成する。というのは、予算に反対すれば、政権不信任となるからである。予算は、仮決議で通されるため、予算発表当日の夕方から施行されることもある。

対立野党の労働党は、この予算発表直後に、その内容について質問するが、あらかじめ何が含まれているかわからないため、それまでの様々な情報や憶測をもとに質問を考える。今回、コービン労働党党首は、オズボーンのこれまでの予算発表と現実の乖離を衝く戦略に出た。つまり、オズボーンがこれまで財相として担当してきた予算は、失敗の連続だったというのである。

現在の経済の状況では、G7諸国でトップクラスの経済成長を遂げると見られているが、2016年の経済成長率見通しは2%と昨年11月の2.4%から下降し、税収は大きく下がり、2019年度の財政黒字化目標達成は極めて厳しい状況になっている。

それでもオズボーンには、明確な目的がある。例えば、国民所得の0.7%を国際開発援助の予算とすることである。財政緊縮で、他の部門の予算が大きく削られている中、対外部門の予算が毎年増加していくのはおかしいという声が強い。それにもかかわらず、その方針を変えるつもりはない。財政赤字を2020年までに解消するという目標とともに、これはキャメロンの政治的遺産につながる。

もちろんキャメロンの政治的遺産を協力して作り上げ、自分がキャメロンの後継者として保守党党首・首相となるという目的もある。そのために、党所属下院議員、党員そして国民からの支持を受けられる予算、財政運営をする狙いもある。そのため、向こう受けする予算を提示する必要もがある。今回も、予算に含まれた77の政策の多くがこのための操作だと言われる

しかし、これには、危険もある。2012年のように、予算のつじつまを合わせるために、あちこちに手を出し過ぎ、それが予算のほころびを招き、大きな非難を浴びることとなった。一方、キャメロンのステラテジストとしても働くオズボーンが財相6年間となり、ブレア労働党政権下で財相を10年務めたブラウン前首相と同じ問題を抱える可能性もある。ブラウンはブレアより自分の方が首相として優れていると信じていたが、財相在職中に知恵を出しつくし、自分が首相となった時、案が枯渇し、苦しむこととなった。

厳しい世界経済状況の中での財政運営だが、オズボーンの目標は明確である。オズボーンは、2015年財政憲章法で、継続的に財政黒字を維持することを義務付けた。恐らく、これはやりすぎで、将来、オズボーンを苦しめることとなるかもしれない。それでも、明確な目標に向かって、進む政治家の姿には、爽やかな一面もあるように思われる。