メイの計算違い

メイが7月13日に首相に任ぜられてから2か月余り。今もなお、メイの首相としてのハネムーンは続いており、その支持率は高い。この間、イングランドの南部のサマーセットに建設する予定のヒンクリーポイントC原子力発電所の承認を遅らせ、中国との関係を危ぶむ声があったが、これは結局、微調整にとどまり、進行することとなった。何のための精査だったのかという疑問がある。ただし、このプロジェクトが会計検査院の警告したように、金額に見合う価値があるか、さらに中国が絡んでいるため、新首相として国のセキュリティに対する保障の確認などを行うことは理解できる。

しかし、7月14日の「首相への質問」でも取り上げたが、メイの政策の目玉とも言える「グラマースクール」の拡張・新設は、明らかにメイの計算違いだと言える。この学校は、11歳から16歳の子供を教育する公立学校だが、11歳で能力をテストし、優秀だとされる子供に選別教育を与えるものである。第2次世界大戦後、一時期、同年代の4分の1の子供がこの教育を受け、その高い教育レベルの恩恵を受けた人が多い。メイはこの点に力点を置いている。しかし、この学校に行けない、それ以外の4分の3の子供は、敗者のレッテルを貼られ、しかもその子供たちの行く学校(一般にSecondary Modernと呼ばれる)の成績が向上しなかったため、グラマースクールは徐々に廃止され、ほとんどは選別のない公立学校となった。現在ではイングランドに163校残っているが、選別のない学校のほうが、生徒全体のレベルを上げられると広く考えられている。メイの「グラマースクール」の話を聞いた首席学校監察官が「ナンセンス」とコメントしたほどである。

なお、教育は、それぞれの分権政府に権限が分権されており、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド政府にはそれぞれの教育政策があり、メイの「グラマースクール」は、イギリス全体の人口の84%を占めるイングランドだけにあてはまる。北アイルランドにはグラマースクールがあり、この議論には慣れている。一方、スコットランドとウェールズにはグラマースクールはないが、この政策の財政的な影響がそれぞれの教育財源にどの程度あるか注目している。

イギリス独立党(UKIP)が総選挙のマニフェストでグラマースクールの設置を訴えたが、保守党の下院議員にもこの政策に賛成の議員がかなりいる。一方、この政策に反対の議員も少なくない。保守党は下院の過半数を占めるが、その運営上のマジョリティ(「保守党議員の数」マイナス「それ以外の政党の議員の総数」)は17であり、多くの議員が反対に回るような事態は避けたい。また、上院では保守党は810人のうち255人を占めるのみで、反対の労働党・自民党の314人より少ないため、法案が上院で反対される可能性がある。

さて、教育相が、昨年、既存のグラマースクールの分校の設置を承認した。ブレア労働党政権で1998年グラマースクールの新設を禁止した法を制定しているため、それを迂回する手法である。ただし、これが合法であるかどうかには疑義がある。

メイが教育相に任命したグリニングは、メイのグラマースクール政策が下院議員に受け入れられやすいように、様々な対策を加えようとしているが、システムが非常に複雑になるばかりか、それで多くの支持が受けられそうな気配は乏しい。逆に、内乱中の労働党は、この政策反対で一致し、労働党をまとめさせただけだという見方もある。

総選挙のマニフェストでうたわれたわけではなく、突然出てきたこの政策が、現在の状況では、どこまで実現されるか不明だ。むしろ、メイの時間がこの問題にかなり取られるばかりではなく、ポリティカルキャピタルを大きく費やす可能性が高く、難しいBrexit問題を処理する必要のあるメイが、これを手掛けたことが賢明であったか疑問である。

メイ大失敗のPMQs

9月14日、7月に首相に就任したテリーザ・メイの3回目の「首相への質問(PMQs:Prime Minister’s Questions)」が行われた。筆者は、1回目2回目をコメントしたが、3回目は保守党支持のテレグラフ紙も指摘したように最悪だった。質問に答えられず、苦し紛れに、あらかじめ作られた決まり文句やフレーズに頼り、そのために振り回されているという印象があった。

野党第一党の労働党の党首コービンは、メイの進める「グラマースクール」の問題に焦点を絞り、6回の質問をした。

グラマースクールは、11歳でテストを行い、優秀だと思われる児童を選別教育する公立の中等学校である。戦後、一時期、約4分の1の生徒にこの教育を行ったが、それ以外の子供たちの行く学校で教育水準が上がらず、しかも11歳で脱落者の烙印を押されてしまうとの批判が強まり、グラマースクールのほとんどはコンプリヘンシブと呼ばれる普通の学校となる。サッチャーがヒース保守党政権の教育相(1970-1974)だった頃も大きく減り、1998年にブレア労働党政権下でグラマースクールの新規開校は禁止された。現在、イングランドには、3000ほどの中等学校があるが、残存しているのは163校である。

メイは、このグラマースクールの拡大、新設を「誰にもうまく働く国」の目玉として推進しようとしている。これに賛成する保守党下院議員は多い。保守党下院議員の選挙区には中流階級が多く、その子弟が公立のグラマースクールで教育を受けられた方が好都合だからである。しかし、それに反対する保守党下院議員も少なくない。キャメロン前首相も党首時代にそれを明言しており、それはコービンが質問中に引用した。

コービンはメイの考えを支持する専門家の名前を質問した。メイはそれに答えなかった。コービンが次の質問で取り上げたように、グラマースクールの多いケント州(34校)では、貧しい家庭の子供たち(無料昼食の受給者)で良い成績(一定の基準を超える成績)を上げるのは27%であるのに対し、(人口5倍で19校の)ロンドンでは、それが45%だという。その原因の一つは、優秀な生徒とそうでない生徒を一緒に教育したほうが、分けたよりも全体的なレベルが上がるためだと考えられている。権威のある財政問題研究所(IFS)も、グラマースクールのないほうが生徒の成績がよいとしている。ここには、イギリスの階層社会にまつわる独特の問題があるが、メイが社会階層の流動化にグラマースクールを使おうとするのには無理があるように思われる。

結局、これに関する質問は、すべて議論をすり替え、スローガンに終始し、答えに窮したメイは、本来首相が質問を受けて答えるはずであるにもかかわらず、自ら就労者数の増加に関する質問を作り出した。

さらに、メイもコービンもグラマースクールで教育を受けて現在の地位に至ったと自分の経験でグラマースクールを正当化しようとした。メイは、コービンが2番目の妻と離婚したいきさつを知らないようだ。コービンが長男を地元の普通公立学校に行かせようとしたのに対し、妻がグラマースクールに送ったことが原因である。

コービンの6つ目の質問が終わった後の回答で、メイは、長々と、今回が多分コービンの最後の「首相への質問」になるだろうと主張した。党大会シーズンで下院は9月15日から休会に入り、10月10日に再開される。現在進行中の労働党の党首選の結果は9月24日に発表されるが、コービンが多分敗れるだろうからという訳である。誰が労働党の新党首に選出されても、損をするのは国民だと付け加えたが、コービンの当選は確実視されている。奇異な主張だった。

メイの「回答のようなもの」が終わった後、議長が、議事が大幅に遅れていると指摘した。それを起こしていたのはメイだった。左寄りのガーディアン紙は、メイのパフォーマンスを「ディザスター(大失敗)」と評価したが、それは右寄りのテレグラフ紙でも同様だった。

一方、これまで1年間党首を務めてきたコービンは、左右を問わず、これまででベストの出来だったと評価された。