必死なメイ首相

メイ首相は、自分の政権を守るために国民の最も関心の高い政治課題、国民保健サービス(NHS)に飛びついた。国民は誰でもNHSで無料の診療、手術、投薬、入院などの医療が受けられ、中流階級を含め、多くの国民がその恩恵を受けている。しかしながら、NHSは、緊縮財政の中、お金が不足しており、人手不足でその運営目標が達成できない例がほとんどだが、これまで冬季のNHSの最も忙しい時期でも追加のお金を渋っていたメイ首相が、突然、気前のいいことを言い始め、毎年大きく増やし、2023年には実質200億ポンド(3兆円)あまりのお金を追加すると約束したのである。しかもその財源の一部は、EU離脱のため支払う必要のなくなる負担金だと言うのである。

こういう財政問題が問われる際、多くの人がコメントを求める先は、政治的に中立の立場で権威のある財政問題研究所(IFS)である。IFSのトップは、EU離脱で浮く負担金は、離脱の際の清算金や国内でEU補助金がなくなるための埋め合わせなどで既に数年間の分はなくなっているとコメントした。そのため、大幅な増税が予想されている。これは昨年の総選挙での公約に反する可能性がある。その財政的な裏付けは、今秋の予算で発表されるが、メイ首相は、ハモンド財相に任せているとする。

一方、メイ首相は先週EU離脱法案の最初の危機を乗り切ったが、それが爆発する可能性がある。EU離脱法案は、イギリスがEUを離脱した後、効力のなくなるEU法に取り替わって、それをイギリス国内法とするための手続き法案である。この法案が下院の審議を終えた後、上院で、政府の意思に反して修正が加えられた。その修正は、再び下院で覆されたが、議会が「意味のある」判断をするという点で、上院が、前回よりもさらに大きな差で再び修正した。それが再び水曜日に下院で採決される。

前回は、メイ首相が、上院の修正に賛成する可能性の高かった、保守党内のソフト離脱派と交渉して反乱を防いだが、その後、メイ首相が上院に提出した新修正案はソフト離脱派に裏切りとみなされており、今回は反乱につながる可能性がある。NHSへのお金投入の話は、この反乱を防ぐ狙いもあると見られるが、その効果がどこまであるか注目される。いずれにしても、メイ首相は、これまでの方針を歪めても生き残りに必死にならざるを得ない状況になっている。

イギリスが合意なしにEUを離脱すれば?

2018年6月3日のサンデータイムズ紙が、イギリスがEUを合意なしで離脱した場合に何が起きるかについて想定した漏えい文書を報道した。これは、メイ内閣の閣僚間の会合向けに用意された文章のようだ

それによると3つのシナリオがあるという。影響の少ない場合、中程度の場合、そして大きい場合である。中程度の場合でも、1日目からドーバー港では通関手続きができない状態となり、数日でイングランド東南部のコーンウォールやスコットランドのスーパーでは食料がなくなり、2週間で病院の薬品がなくなるという。

実際、合意ができなければそのことはあらかじめわかっているであろうし、このような事態になるかどうか疑問がある。イギリス政府は、そのような場合には、関税やチェックを一時的に停止してモノの輸入を優先したり、場合によってはチャーター便で薬品を輸送したりするなどの方法もとれるという。

それでも、パニック買いでよく見られるように、少しの不安が大きな結果を招く可能性は常にあり、慎重な準備が必要だ。ブレクシット交渉の結果や内容に関わらず、EUも大人げないことはできず、人道的な観点からもある程度の援助は期待できるように思えるが、これまで合意なしに離脱する場合の準備が遅れているのは明らかである。

ただし、バーニエEU交渉代表が指摘したように、イギリスは交渉の立場を今なおはっきりしていない。特に、アイルランドの国境問題の解決と将来の貿易経済関係のシステムについてである。アイルランド共和国の副首相兼外相が、イギリスはあと2週間で案を出す必要があると警告しているにもかかわらず、メイ首相は、内閣内と、その率いる保守党内での強硬離脱派とソフトな離脱派の対立を未だに解決していない。

EU離脱法案は、下院を通過した後、保守党が少数勢力しかない上院で審議されて15か所修正された。これらの修正はソフトなEU離脱を狙い、メイ首相の手を縛るものであり、メイ政権には受け入れられない。しかし、保守党のソフト離脱派らがこれらの修正に賛成し、下院でも可決される可能性がある。そのため、下院の審議を安易に始められない状態だ。しかも、ヒースロー空港の拡張を進める採決もあり、これにも大臣をはじめ、保守党内の反乱があることが予想され、その結果には予断を許さないものがある。

サン紙が、首相官邸にはパニックの雰囲気が出てきているとコメントしたが、メイ政権はBブレクシット交渉で打つ手が乏しくなってきており、追い詰められてきているようだ。