ブレクシットとスナク保守党政権

英国がEUを離脱してちょうど3年。英国のEU離脱は、ブレクシット(Brexit)と表現されるが、これは、British Exitからの造語である。英国の一部である北アイルランドの取り扱いに関する北アイルランドプロトコールは、英国のEU離脱条約で合意されたものの、英国の国内事情でEUとの間で今もなお協議されており、すぐには解決しそうにない。ブレクシットが英国にとって良かったかどうかは、これまで頻繁に議論されている。現在のところ、ブレクシットの経済的な面への否定的な評価が強い。世論調査では、EU残留支持が伸びており、EU離脱支持が減少している。若い世代は、EUに残るべきだったという声が強くなっている。今後は、若い世代の声がさらに強くなっていくだろうが、ブレクシットが英国にとって、政治と経済を含んで総体的に良かったかどうかの判断ができるようになるにはまだかなり時間がかかるだろう。

ただし、ブレクシットの英国政治への影響には深刻なものがある。保守党のキャメロン首相が、次の総選挙で保守党が勝てば、英国がEU離脱するかどうかの国民投票を実施すると決めたのは2013年1月だった。キャメロンには、保守党内のEU離脱派の影響力を抑え、UKIP(英国独立党)に票を失うのを防ぐため、形式的に国民投票で議論を抑える意図があったが、それは全く裏目に出た。EU離脱国民投票は、2016年に行われたが、離脱賛成票が上回る結果(51.9%対48.9%)となった。キャメロン首相は直ちに辞任する。

後任のメイ首相がEUと離脱交渉を行い、離脱条約案を英国下院に提示したが、北アイルランドの扱いをめぐる問題で3度否決され、メイは2019年に辞任。そして、ジョンソンが、多くの有権者に人気があるという理由で、後任首相に就いた。ジョンソンには、それまでの行動が首相にふさわしくないとの批判があったが。

首相に就任した後、ジョンソンは、EUとの合意があろうがなかろうが2019年10月31日にEU離脱をするとして、合意なしの離脱に反対する保守党を含めた多くの下院議員の動きを防ぐために、女王の大権を使って下院を長期間休会させようとした。この動きは結局、最高裁が憲法違反と判断するが、政治的混乱を招いた。2019年12月の総選挙で、ブレクシットを成し遂げるというマニフェストを掲げたジョンソンは大勝した。ただし、その過程で、ジョンソンは保守党の有能で良識のある多くの下院議員を駆逐した。

ジョンソン首相は、その人気でかつて2期8年(2008-2016)ロンドン市長を務めたが、目立った業績はない。首相としては、数々のスキャンダルで、2022年7月に保守党下院議員に追い落される業績としては、EU離脱条約を結び、コロナワクチン接種を進めたなどの他、目立ったものはない。

ジョンソン後の首相に、トラス首相が2022年9月に就任したが、失政で10月に辞任。そしてスナクが同月就任した。50日しかもたなかったトラスは「人間手りゅう弾」とも言われ、その言動には頓狂なものがあり、保守党党首選を見た人で多くを期待した人は少なかっただろう。

スナクは首相就任後100日もたたないうちに閣僚級の人物をハラスメントで辞任させ、さらに所得税に関係して大臣規範に違反したとして閣僚を更迭した。また、大臣規範違反などで前任のトラスに更迭された人物を重要閣僚の内相のポストに任命、さらに外務省、ブレクシット省、そして現在の法務省のそれぞれで官僚にパワハラをした疑いで訴えられ、調査をされている副首相の問題など、スナクの人物を見る能力の欠如、それに、これらの人事に関する問題がどれほど本来の仕事の邪魔になっているか十分認識していないような姿を見るにつけ、スナクが首相としての仕事をきちんとできるようには思われない。結局、保守党には、人材が欠けている。

保守党は、2013年にEU離脱国民投票をするとした時から、EU離脱問題に非常に多くのエネルギーを費やしてきた。その上、2020年から2022年に至るコロナ禍対策の対応で、英国の将来ビジョンにあまり力がそそがれてこなかった。今や、公共サービスのスタッフは、自分たちの実質給料が2010年よりも10%以上下がっていると訴え、自分たちのこれまでの努力が過小評価されていると強い不満を持っている。食料品代が、1年前よりも16.7%も上がっているとのレポートがある中、大規模ストライキが次々に予定されており、スナクには打つ手がなくなってきているようだ。これまでのつけが回ってきているように思われる。

「性認知改革案」でスコットランド独立熱が高まる?

スコットランド議会が、生来の男女の性別を当人の意思で変えられやすいようにする「性認知改革案(Gender Recognition Reform bill)」を3分の2以上の賛成(86対39)で可決した。これに対し、ロンドンのスナク保守党政権のスコットランド相が、拒否権を行使し、英国(北アイルランドを除く)の機会均等などに反するとして認めないとした。この法案は、スコットランドに権限移譲されていない「保留事項」に触れるというのである。このため、この法案は英国国王の裁可を受けることができず、法律とはならない。スコットランド相のこのような拒否権行使は、現在のスコットランド議会が1999年に設けられてから初めてのことである。このスコットランドとロンドンの対決は、スコットランド独立運動に少なからず影響を与える可能性がある。

イングランドとスコットランドはもともと別の国であったが、1707年の合同法で統一された。しかし、1997年に政権についたブレア労働党政権は、スコットランドの独立運動に配慮し、住民投票を実施した後、大幅な権限をスコットランドに移譲し、スコットランド議会を1999年に設けたのである。

スコットランド議会の設置当初、スコットランドの独立を求める地域政党スコットランド国民党(SNP)は、スコットランド議会内の少数派だったが、急激に支持を伸ばすことになる。もともと、スコットランド議会でSNPが多数を占めることを恐れ、過半数を占めにくいような選挙制度(小選挙区比例代表併用制)を採用した。この制度では、有権者は、小選挙区と地域比例代表(政党の名簿に基づく)の2票を持つ。小選挙区の当選者を優先するが、8つに分けた地域代表選出議席をそれぞれの地域内の小選挙区の獲得議席数とリンクした。なお、日本の衆議院の選挙制度は、小選挙区と比例代表の議席を基本的に切り離し、小選挙区での獲得議席とは別に、比例区でそれぞれの政党の獲得票に基づいて議席を割り振るが、スコットランドでは、比例代表の得票で割り当てられた議席数に小選挙区で当選した議席数を勘定に入れる。小選挙区での獲得議席が多ければ、比例代表の得票で割り当てられた議席数を超えて比例区の議席を割り当てられない。そのため、比例区内の小選挙区の議席をすべて獲得してもその比例区に割り当てられる議席はないということもありうる。例えば、2021年のスコットランド議会議員選挙では、SNPは、73の小選挙区議席のうち62議席を獲得したが、比例区では2議席しか獲得できず、64議席に終わった。全129議席で、その過半数は65議席だが、SNPは過半数に1議席足りず、スコットランド独立を謳う緑の党と連立を組み、政権を維持している。

SNPは、2007年に議会最大政党となった。129議席中47議席しかなかったが、緑の党の首席大臣指名協力を経て、少数与党政権を率いた。政策ごとに対応を変え、政権を運営し、その次の2011年スコットランド議会選挙では69議席を獲得し、過半数を制した。これまで、スコットランド議会で1党が過半数を制したのはこの時だけである。

2014年には、スコットランドの独立をめぐるスコットランドの住民投票が行われた。当時のキャメロン保守党政権の支持を得て実施されたが、結果は、45%独立賛成、55%反対という結果で、独立は否定された。キャメロン政権は、スコットランドの独立熱を見くびっており、投票日が近づき、世論調査で独立支持が急激に伸びてくるのにあわてふためく場面もあった。

SNPは、継続して議会の最大政党としてスコットランド政権を維持している。スコットランド独立の夢を抱き続けている。そして独立をめぐる住民投票を2023年10月に実施する案をスコットランド議会で可決したが、保守党政権はそれを認めず、SNP政権は英国の最高裁に判断を求めた。最高裁の判断は、スコットランド議会がロンドンの中央政府の支持なしにそのような住民投票を実施できないとした。

そのため、SNP政権は、2年以内に行われる英国下院の総選挙や2026年5月に行われるスコットランド議会議員選挙をスコットランド独立住民投票へのスプリングボードにしようとしているが、それが目的通りの効果を生むかどうかはっきりしない。

そのなかで、性認知改革法案の問題が出てきた。この問題は、SNPが2016年のスコットランド議会選挙のマニフェストで訴えて以来のものである。手続き的な問題を簡略化し、また申請者の年齢を18歳から16歳に下げるものである(なお、スコットランドでは、スコットランド議会と地方議会選挙の投票権は16歳に与えられている)。スコットランド議会で野党の労働党や自由民主党などの賛成も得て可決されたが、SNPや労働党にも反対投票した議員もいる。特に、簡単に性転換できるようになると生来の女性や少女たちの「安全なスペース」が侵害されたり、制度が悪用されたりする可能性があると指摘する。労働党のスターマー党首は、16歳への年齢引き下げに懸念を表明している。

一方、これまで、スコットランドで独立熱が高まるごとに、地方分権の程度の問題が取り上げられてきた。すなわち、より多くの権限を与えれば、スコットランドの、独立したいという気持ちを抑えることが可能だという議論である。ところが、性認知改革法案の件で、実際には、スコットランドは、自分たちの決めることが実行できないということが確認されることとなった。

SNPは、スコットランド相の判断について、裁判所の判断を仰ぐとしている。ただし、裁判所の判断がどうなろうとも、スコットランドの住民が自分たちの権利について大きな疑問を持ち始めるきっかけとなったと思われる。どうなるか注目される