保守党のマニフェスト

6月11日お昼過ぎ、スナク首相が保守党の総選挙マニフェストを発表した。スナク首相は、このマニフェスト発表で、世論調査の政党支持率で20%余りの差(BBC:6月9日現在)をつけられている野党第一党の労働党との差を縮められることを期待している。しかしながら、その期待は裏切られることとなりそうだ。

保守党総選挙マニフェストのジャーナリストらの評価は、まず、マニフェスト発表後のジャーナリストらの質疑応答に出た。特に印象的だったのは、Sky ニュースの政治部長ベス・リグビーからの質問だ。「世論調査によると、有権者は、保守党の方が労働党よりも税金を上げると見ている。失敗したのではないですか?」

これは痛烈な質問である。スナク首相は、このマニフェストの発表でも、これまで何十回も繰り返してきた「労働党は税金を2000ポンド(40万円)上げる」というマントラを繰り返した。そして、「それを妨げるため、この選挙の最後まで頑張る」とした。しかし、有権者は、保守党の言動を信用していないようだ。

マニフェストでいくら減税の話を持ち出しても、有権者がスナク首相と保守党を信用していないのでは効果はない。

足並みの乱れた保守党と足並みの確かな労働党

7月4日の総選挙まであと1か月。総選挙が始まる前、スナク首相の保守党は野党第一党の労働党に21%の世論調査の支持率の差をつけられていた。しかし、総選挙が始まれば、この差は縮まるとの見方が多かった。しかし、今でも、労働党は保守党に21%の差をつけている。さらに、6月3日、リフォーム党の名誉会長ナイジェル・ファラージュが、リフォーム党の党首となり、総選挙に立候補すると表明した。このニュースは、リフォーム党に票を奪われている保守党関係者には大きなショックである。

直近の獲得議席予測(2024年6月)では、全650議席のうち、保守党がなんと2019年に獲得した376議席から66議席に、一方、労働党は、前回の197議席から485議席になるという。一方、世論調査会社大手のYougovの発表したMRP(マルチレベル回帰事後層化シミュレーションによる予測(5月24日から6月1日調査)では、保守党140議席、労働党422議席である。いずれにしても保守党は苦しんでいる。

労働党は、総選挙が早晩行われるとして、準備に怠りがなかった。スターマー党首は、2023年3月に内閣府の第二事務次官だったスー・グレイを自分の首席補佐官にリクルートした。グレイの就任は、政府の「ビジネス任用諮問委員会(The Advisory Committee on Business Appointments)」の判断で6か月後となり、職に就いたのは2023年9月である。グレイは、ボリス・ジョンソン元首相のパーティゲートの調査を担当し、ジョンソン首相の辞任、そして政界を離れるきっかけを作った人物であり、官界や政界で恐れられている人物である。40年以上務めた官界では、第二事務次官にまで上り詰めたが、事務次官にはなれなかったために、まだやり残したことがあるように感じているのかもしれない。非常にユニークな人物で、官僚というよりも政治的な人物だとの評価もある。

グレイ(なお、息子が労働党からロンドンで総選挙に出馬する)と、戦略担当でスターマーの信任の厚いモーガン・マクスウィーニー(夫人はスコットランドで労働党から総選挙に出馬する)を労働党の中枢に置いて次期総選挙の準備を進めてきた労働党は、抜かりがない。世論調査での高い支持率を背景に、安全第一の方針をとっているようだ。

一方、保守党の政策は実質に欠け、しかも思い付きのような政策が次から次に出されてくるため、有権者に与えるインパクトが乏しい。例えば、6月2日の公共放送BBCのテレビ番組「Sunday with Laura Kuenssberg」で、労働党の影の内相イベット・クーパーと厚生相ビクトリア・アトキンスが出演した。クーパーの答えは、あらかじめ十分に検討され、言えることと、言えないことをあらかじめはっきりと決められていたことが感じられるものだった。しかし、アトキンスは、保守党のこれまで14年間の治世の間の出来事を十分に理解しておらず、医療の面での数々の問題の言い訳はコロナ禍のせいだと主張した。一般に、保守党では大臣の質が大幅に低下している。さらに、保守党はトランスジェンダーの政策を発表し、法制化すると約束したばかりだが、6月3日のBBCラジオ番組Todayで、ビジネス相兼女性平等担当大臣のキミ・バデノックはトランスジェンダーの現在の制度の仕組みを十分に理解していなかった。

労働党の勝利が間違いない中、グレイは、いかに、労働党が約束したことを実行していくかの問題に取り組んでおり、省庁の枠を超えた特命委員会(Mission Board)の設置に取り組んでいるとされる。5つの分野で、それらは、経済成長、NHS、犯罪と司法、手ごろなグリーンエネルギー、それに職業などの機会向上である。

まだ選挙の投票日までには1か月ある。これからどのように選挙情勢が変化していくか、注目される。