ウェールズ労働党政府の教育(Labour Education in Wales Falling Behind)

ウェールズは1999年に分権され、分権政府が教育を所管している。英国政府の教育省はイングランドを担当し、スコットランドはスコットランド分権政府が、そして北アイルランドは北アイルランド政府が担当している。

そのため、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の結果では、英国内4つの地域の結果が別々に出される。2012年に実施された、68か国・地域の50万人余りの15歳の生徒のテストによると以下のような結果が出た。なお、この検査は3年に1度行われ、今回日本は成績が向上したが、上位は中国の上海、シンガポールや韓国が占めている。

スコットランド イングランド 北アイルランド ウェールズ
数学的応用力 25位 26位 32位 43位
読解力 21位 24位 25位 41位
科学的応用力 22位 18位 24位 36位

英国は全体として停滞していると評価されているが、いずれの分野でもウェールズが他の3地域にかなり離されている。

この結果は、労働党にとって厳しいものと言える。スコットランドは、スコットランド国民党(SNP)の政府、イングランドは保守党・自民党の連立政権、北アイルランドは民主アルスター党とシン・フェイン党を首席大臣、副首席大臣に持つ共同運営形態の政府だが、ウェールズでは1997年のブレア労働党が英国の政権を担当して以来、基本的に労働党が担当しているからだ(ウェールズ民族党が労働党との連立政権に参加したことがある)。

キャメロン首相は、ウェールズ分権政府の管轄するNHSを槍玉に挙げて、ウェールズのNHSでは毎日が危機だ、ウェールズを見れば、労働党が英国の政権を担当すればどうなるかがわかると主張した。今回もゴブ教育相が、ウェールズの教育は退歩していると批判した。ウェールズでは学校ランキング表を廃止し、外部への説明責任を止め、しかもイングランドほど教育にお金を注ぎ込んでいないというのである。

ウェールズのPISA結果は、59か国・地域の参加した2006年以降、後退しつづけている。数学的応用力では33位から43位、読解力では29位から41位、そして科学的応用力では22位から36位である。

ウェールズの教育はどうなっているのだろうか?上記で述べたもののほかに、11歳の児童に実施していたSATsという標準到達度試験も廃止した。その一方、北欧式の、遊びから学ぶ方式を3歳から7歳に導入した。これは学ぶことの楽しさを経験することで生涯にわたって学ぶ習慣をつけようとする試みである。また、従来のAレベルと呼ばれる到達度評価制度に代わって、ウェールズ式のバカロレア制度を導入し、仕事の実務経験やボランティア実習など広い範囲を含むものとした。しかしながら、これらの効果には疑問が出ている。

ウェールズでは貧困の問題のために教育が影響を受けているという声もある。また、ウェールズの児童・生徒一人当たりの教育費支出がイングランドよりかなり低いことを指摘する人もいる。

ただし、ウェールズのPISA成績不良で現れているのは、労働党に内在する問題であるように思える。労働党は、基本的に労働者とインテリ理想主義者の党と言ってもよいだろう。負担が多すぎると教員(すなわち労働者)が嫌う学校ランキング表とSATsを廃止した。一方では、インテリ理想主義者の目指す教育を実施しようとした。もちろん理想主義が成功しないというわけではないが、それは簡単ではない。特に考え方の異なる人たちを満足させようとすると、それはほとんど不可能なこととなる。

イングランドでゴブ教育相が導入した、読み書き計算教育制度のような単純だが地道な手段がより大切なことのように思えるが、ウェールズではこのような制度は導入しないこととした。ゴブ教育相は、教育水準を上げるために、学校運営に大幅な裁量を認める制度を実施しながら、学校ランキング表を用い、学校査察制度を強化している。ゴブ教育相は多くの教員に嫌われている。

ブレア労働党は、お金を注ぎ込むことで、労働者(特に公務員、教員、NHSスタッフなど)とインテリ理想主義者を懐柔しようとした。しかし、現在の財政環境ではそのようなことはできない。財政削減に取り組まねばならないからだ。もし次期総選挙で労働党が勝てば、その政権はかなり苦しむことになるのではないだろうか。

予測できないことのある政治(Unpredictable Political Events)

政治の流れ、動きは予測できないことが多い。コープ銀行の会長を今年6月まで3年余り務めたポール・フラワーズの個人的な不行跡の問題が11月17日の日曜紙で取り上げられ、労働党にかなり大きな影響を与えている。

コープ銀行は、協同組合から出発し、様々な企業体を持つようになったコープ・グループの主幹企業の一つである。労働党は、コープとの関係が深く、32人の下院議員が、労働党とコープ党の両方から推されている、いわゆる労働党・コープ議員である。

労働党の影の財相エド・ボールズは、そのような議員の一人であり、コープ・グループから5万ポンド(800万円)の政治献金を2012年に労働党を通して受けている。また、労働党は、今年4月にコープ銀行から120万ポンド(1億9200万円)の融資を受けている。

コープ銀行の元会長フラワーズは、禁止薬物を乱用していた。しかも様々な不行跡が次々と発覚している。フラワーズは、キリスト教メソジスト派の牧師である。かつては、労働党の地方議会議員であり、そこからのし上がった人物だが、あまり経験のない銀行の分野で会長となり、しかもコープ・グループ全体の副会長でもあったことは多くの人を驚かせた。この点については、内部の問題を扱うのにフラワーズの推しの強い政治的な調整力が役に立ったと言われる。

労働党とコープの近い関係から、フラワーズと労働党党首のミリバンドも何度か接触があった。また、ミリバンドのビジネス関係の諮問員会のメンバーでもあった。

フラワーズがかつて労働党の地方議会議員であったことからミリバンドや労働党トップがフラワーズの不行跡を知りながらそれを隠していたのではないかと保守党支持の新聞各紙が示唆した。

11月20日水曜日の首相のクエスチョンタイムはこういう背景のもとで行われた。これまでミリバンドは一か月半ほど「生活費の危機」を材料に優勢だったが、コープ銀行の問題に焦点を当てたキャメロンに上手を取られた。この問題に執拗に触れるキャメロンの前にたじろいだ。そのミリバンドの姿を見たキャメロンは久しぶりに溜飲を下げたような晴れ晴れとした顔をした。

しかし、政治は一種の魔物だ。調子に乗りすぎたキャメロン首相は労働党の古参下院議員がエコノミスト紙の記事を基に英国のビジネス投資の問題について質問したのに対し「フラワーズと一緒に夜外出し、精神状態を変化させる薬物をやった」に違いないと答えた。

これには労働党側から非常に強い非難の声が上がり、当該労働党下院議員が、議事進行上の問題(Point of order)を提起し、キャメロンの発言は、非議会的で、無礼で、不愉快な発言だと述べた。キャメロンは自らの言葉は軽い気持ちの冗談だと言い、それで不愉快な思いをしたのなら撤回すると言った。

この過程で、影の財相ボールズや他の労働党下院議員たちがキャメロンに「コカインをやったのか?」とヤジを飛ばした。これは、キャメロンがこれまでコカインをやったことがあるかどうかについてはっきりと答えていないことに関連している。

2005年の保守党の党首選では、他の候補者たちはやっていいないと答えたのに対し、キャメロンはみんなのようにやるべきではないことをたくさんやったと述べたにとどまった。また、キャメロンはオックスフォード大学に入る前に学んだイートン校で大麻を吸った疑いで放校処分を受けかけたと言われる。

キャメロンはボールズらのヤジに反応しなかった。議場のヤジ騒音のために公式な議事録であるハンサードには記録されていないが、マスコミがこのやり取りを報じた。

これはキャメロン首相に痛手である。多くの人がキャメロンのコカインの問題を既に記憶の片隅に追いやっていたのに、それを再び公共の面前に突き付けたからだ。

フラワーズの問題が労働党にどの程度の影響を与えたかは、今のところ不明だが、今後大きな影響を与えるとは考えにくい。保守党はこの問題で労働党とミリバンドにできるだけ大きなダメージを与えようとしているが、労働党とコープは同じ団体ではないことや、コープ自体の評判は今でも高いことから考えると、そう大きな傷跡を残すとは思えない。

オズボーン財相がコープ銀行の調査を命じたが、その結果が出るにはかなり長期間、恐らく数年かかり、これで労働党に大きなダメージを与えることも考えにくい。そのため、この事件は一過性のものとなる可能性が高い。

ただし、直接関係のない労働党には晴天の霹靂ともいえる事件であっても、それが政治の力学に影響を及ぼす可能性を改めて示した出来事だと言える。