UKIPの躍進と保守党の苦悩(UKIP’s Big Win and Agonising Tory)

英国独立党(UKIP)が5月2日に行われた地方選挙で大きく躍進した。UKIPは、候補者を立てた選挙区で平均して投票の4分の1を獲得した。UKIPの得票が伸びたために、主要3党はいずれもその影響を受けたが、特に大きな影響を受けたのは、保守党である。そのため、保守党の中にかなり大きな動揺が出てきている。今回の地方選挙は、前回の2009年の不人気なブラウン労働党政権下で、保守党が多くの議席を獲得した後を受けた選挙であるために、保守党がかなり多くの議席を失うことが予測されていた。しかし、労働党の回復とUKIPの躍進のあおりを受けて保守党は多くの議席を失い、10の地方議会の過半数を失った。

なお、これらの自治体には選挙で選ばれた首長はおらず、議会の多数党からリーダーを出し、その下で運営していく形をとっていることから議会の過半数を失うということは極めて大きな意味を持つ。

保守党が心配するのは、UKIPに従来の保守党支持者が大きく食われていることである。タイムズ紙と世論調査大手のYouGovが4月に行った3万人の世論調査によると、2010年の総選挙で保守党に投票した9287人のうち、18%がUKIPに支持を変えている。これは、自民党の8%や労働党の4%と比べてもかなり大きい。

BBCは今回のイングランドの34の自治体の議員を選ぶ地方選挙の結果を踏まえて、もし、この地方選挙が全国的に行われていたならば、各政党がどの程度の得票率だったかを集計したが、その結果は以下のようであった。

労働党:29%
保守党:25%
UKIP:23%
自民党:14%

 

UKIPは、大きな躍進を遂げた。来年6月の欧州議会議員選挙(比例代表制)で、これまでもUKIPは労働党に続いて第2位の得票率を上げるのではないかと見られていたが、この結果から、労働党並みもしくは、労働党を上回る得票をする可能性が出てきている。

英国の下院選挙は、完全小選挙区制であるために、UKIPがそれぞれの選挙区でトップの得票をすることは容易ではなく、2015年の総選挙でUKIPが議席を獲得できる見通しは今でも小さい。

それでも保守党にとって大きな心配は、地方選挙や欧州議会議員選挙でますます大きな注目を集めるUKIPがさらに保守党の票を奪い、保守党の対抗馬、特に労働党が漁夫の利を占めることである。キャメロン首相は、この地方選挙の開票結果を受けて、保守党がUKIPに失った有権者を取り戻すと言ったが、取り戻すどころかさらに失う可能性がある。

もちろんUKIPが2015年総選挙の前にその評判を大きく落とし、その結果、有権者が離れるという可能性はあるが、今のところその可能性は大きくない。今回の地方議会議員選挙でもUKIP候補者に極右の人がいるとマスコミで騒がれたが、その影響はほとんどなかったようだ。

また、ケンブリッジ州のラムジー・タウン・カウンシルの例もある。そこではUKIPが2011年の地方選挙で多数を握った。議席数は17だが、2011年の選挙で一度に争われ、UKIPが9議席を獲得したのである。このカウンシルは英国の地方自治制度で最も下位にあたるパリッシュカウンシルと同じ役割を果たし、その権限は地元のコミュニティに関するものが中心で、大きくはない。タイムズ紙のフィリップ・コリンズによると(2013年5月3日)、この自治体では、いくつかの問題があったようだが、5月3日のBBCの報道番組の中で選挙専門家のジョン・カーティス教授は、この自治体の上位の州自治体選挙で、UKIPはこの地区の67%の得票をしたと発言した。つまり、コリンズの言うようなUKIP自治体の「失政」のためにUKIPは票を失っていない。

これまでUKIPはキャメロンも攻撃してきたように「隠れた人種差別主義者」という見方があった。もちろんUKIPは移民問題に非常に強い意見を持っており、それがUKIPに票をもたらした大きな原因だが、今回の地方選挙で、その「人種差別主義者」イメージが大きく薄れて、より「普通の政党」のイメージを持ってきているために、UKIPに投票しやすくなっているようだ。それは女性の支持が増えていることでも伺われる。

この状態では、保守党の立場は厳しい。UKIPの躍進の原因は、大きく分けて二つある。一つは、既成政党への批判である。既成政党が自分たちの側に立っておらず、自分たちの意見を代弁してくれていないという批判がある。次に、これまで2大政党への批判票の受け皿であった自民党が保守党と連立政権を組んで政権に入ったことから、自民党がその批判票を受けられなくなったことである。

もちろん党首のナイジェル・ファラージュの影響は非常に大きい。人々が共感しやすいわかりやすい発言をしている。例えば、UKIPは、保守党(既成の大ビジネスや金持ちの味方)、労働党(労働組合の味方)など既成の利権を擁護する勢力とは異なり、小さなビジネスマンなどこつこつ努力する普通の人たちの味方だというイメージを与えている。

UKIPへ投票する人は、保守党へ投票する人たちと比べて、収入の少ない人が多く、現在の緊縮時代の影響をより肌身に感じている人が多い。また、カーティス教授によると、UKIPは比較的、教育程度の高くない人の多い地域や宗教的なアイデンティティの強い地域、そして老人の多い地域で票を伸ばしている。こういう人たちが、欧州などからの移民で仕事を奪われることに脅威を感じたり、自分たちのこれまでの価値観が揺らぐことに危機感を感じている。

なお、保守党はミドルクラスの政党というイメージがあるが、保守党はいわゆる「労働者階級」からの支持をかなり多く受けている。これらの人々の支持がなければ、保守党は政権を獲得できない。

この状況を受けて、保守党の行うことは、2つあるといわれる。1つは、UKIPの大きな看板である英国のEUからの独立という主張を弱めるために、キャメロン首相がさらにEUから脱退するかどうかの国民投票をするという立場を強めることだ。さらに、保守党支持者のUKIPへの支持換えを防ぎ、支持を変えた人を取り戻すために、これらの人たちにアピールする政策を打ち出すことである。

最初の方策は、保守党の右から大きな支持があるようだが、この効果は少ないと思われる。すでにキャメロンは、次回総選挙で政権にとどまれば、2017年末までに国民投票をすると約束している。しかし、この約束の効果は全くなかったようだ。UKIP党首のファラージュは、保守党が次の総選挙後、政権に残るという可能性自体に疑問を呈している。

また、保守党が現政権をともに組む自民党がそのような国民投票を現政権下で認める可能性は全くないことから、次の選挙後のことを言ってもその効果が大きいとは思えない。現政権下で次期総選挙後の国民投票を法制化しておくという案もあるが、そのようなことを自民党が認めるということ自体大きな疑問がある。しかも、UKIPの支持者には、英国のEUからの独立にそう大きな関心を持っていない人も多い。

UKIPの支持者にアピールする政策は、その関心がかなり多岐にわたっていることから絞ることがそう簡単ではない。もちろん移民問題は大きな問題であるが、すでに打つ手は打ってきている。小手先の政策で方向が大きく変えられるとは思われない。今回の地方選挙でのUKIPの躍進の中で感じられることは、現在の経済停滞、そして財政緊縮の中で、多くの人々が、かなり大きな不満を持っていることだ。UKIPがその不満の受け皿になっている面がある。経済が上向きにならなければ、この問題を解決するのは困難だ。

さらに、現在の英国政治にスターが乏しいことだ。キャメロンもミリバンドもクレッグもそのようなスター性に乏しく、しかも「確信」に乏しい。この中では、おそらくクレッグが最も確信を強く持っているといえるだろうが、現在の政治状況下では、有権者から支持を得ていない。キャメロンはミリバンドと比べると、有権者から首相としての支持は強いが、キャメロンに強い個性、信念を持ったリーダーというイメージはない。

それから考えると、ファラージュに対抗できる人物としてロンドン市長のボリス・ジョンソンの国政への登場という可能性も否定できない状況となっているといえる。

マニフェストの検証?(Vetting Manifesto?)

2011年12月まで国家公務員のトップである内閣書記官長(Cabinet Secretary)を務めたオードンネル卿が、選挙の前にマニフェストを独立機関が検証をしてはどうかと言いだした(サンデータイムズ紙2013年4月7日)。

オードンネル卿のアイデアでは、選挙マニフェストがどの程度実現可能か、それを公的に検証するべきだというのである。

このアイデアは、実現可能性がないと思われる。

まず、政党がそのようなアイデアに同意する可能性は極めて少ないだろうと思われる。政党のマニフェストが、選挙前に事細かく検証され、もし、実際的でないとか、実現が困難と言われれば、その政党への信頼性が揺るぐ。

次に、そのような検証にどのような意味があるのだろうか?

2010年の総選挙の前、保守党の効率化アドバイザーであったピーター・ガーション卿が、予定されているものにつけ加えて、120億ポンド(1兆8千億円)の財政カ削減が可能だと言った。

ガーション卿は、民間会社の重役から公務員となり、政府商務局のチーフ・エグゼクティブも務めた人物である。2004年から5年にかけては、ガーション・レビューと呼ばれる政府全体の活動を見直し、歳出と効率化について勧告をした。

保守党のキャメロン党首(当時)が、ガーション卿が可能だと言っているのでできるという立場を取ったのに対し、ファイナンシャルタイムズ紙がガーション卿にインタヴューした。公務員の余剰人員解雇なしで公務員給与から10億ポンドから20億ポンド(1500億円から3000億円)のお金が捻出できると言ったことに対し、マンチェスター大学の専門家に聞いたところ、それは無理だという。そのため、ガーション卿の効率化に大きな疑問が投げかけられた。それでもキャメロンが首相になった後、ガーション効率化案を大幅に変更せざるを得なかったが、結果的に必要な財政削減を成し遂げた。

もしその「独立機関」がこの財政削減を検証していれば、否定的な結論を出していた可能性が高いと思われるが、それがその「独立機関」の意味なのであろうか?特に野党の場合には、実際に政権に就いて見なければ何が可能か不可能か分かりづらい点がある。現在でも総選挙の前に、首相の許可を得たうえで、野党が公務員トップに接触する制度があるが、それでお互いの能力を十分にはかることは難しい。

さらに、誰がそのような検証をするのだろうか。

キャメロン政権では、独立して経済や財政の予測を出す機関、予算責任局(OBR)を設けたが、この機関の予測がどこまで信頼できるかには疑問がある。経済成長、インフレ、税収などの予測がかなり外れている。その上、例えば、第四世代移動通信の周波数オークションによる歳入見通しでは、OBRは、昨年12月、財務省の予測した35億ポンド(5300億円)を承認したが、その当時から多く見積もりすぎていると見られていた。実際に財務省に入った金額は、それより3分の1も低い23億4千万ポンド(3500億円)であった。

かなり狭い分野に限定されたこのような独立機関の予測や判断に疑問が残るのに、マニフェストのような広い分野にわたるものを「独立機関」がどの程度有効に判断できるか疑問である。

さらに2010年の保守党のマニフェストのNHSの記述のように、専門家でもその真意が理解できていなかった場合もある(参照http://kikugawa.co.uk/?p=405)。この「独立機関」がマニフェストの記述をすべて理解できると想定できるものだろうか?

最も根本的な問題は、政治家と公務員の能力をどの程度だと判断するかである。非常に優れた政治家、もしくは公務員が担当する場合と、そうでない人が担当する場合では、成否だけではなく、達成度も費用も大きく異なる可能性がある。これを「独立機関」が勘定に入れて判断することは極めて難しい。時には特定の政治家と特定の公務員の組み合わせが予想以上の効果を生む場合もあるだろうし、その逆もあり得る。

それに付け加えて、この「独立機関」が誤った報告をすればどうなるのだろうか?もしかすると選挙の結果を左右することにもなりかねない。

これらのことを考えると、公的な「独立機関」がマニフェストの問題に踏み込むよりも、それは、民間のシンクタンクやマスコミに任せておいた方が賢明なように思われる。