総選挙討論の意味

7月4日の総選挙投票日までに数々の討論や党首らへのインタビューが行われている。テレビでは、公共放送BBC、それに民放のITV、Channel4など、さらにSkyNewsやYouTubeで放送される新聞紙のインタビュー番組など多種多様だ。この中には、支持政党などのバランスを考慮して選ばれた聴衆に直接質問の機会を与えるものも多い。主要政党とより小さな政党とのバランスを取る必要もあり、このような番組が多くなるのはやむを得ない面がある。しかし、同じような番組が多くなると、同じ質問が繰り返されることになる。その結果、このような番組に飽きてくるという問題もあろう。

その中で、特に気づいたのは、野党の労働党のスターマー党首への質問だ。特に、前回の2019年の総選挙で、前党首ジェレミー・コービンは、「よい首相になる」と発言したことについてで、繰り返し質問されている。

コービンは労働党の左派で、中道のスターマーとは路線が異なる。スターマーは、2015年に下院議員に初当選し、コービン党首の下で、影の内閣の準閣僚の役割をもらったが、2016年に影の内閣の中道のメンバーが左派のコービン党首に反発して辞任した際、同時に辞任。しかし、同年、コービンが再び党首に選ばれた後、Brexit相としてコービンの影の内閣に加入した。そして2019年の総選挙の際、コービンは「よい首相になる」との発言をしたのである。

なお、コービンは、平等・人権委員会に労働党の反ユダヤ人主義者的な問題を批判され、それは大げさだと主張したため、スターマーに労働党の下院議員の資格を奪われた。スターマーは無宗教だが、2人の子供は、妻の両親のユダヤ系の背景を理解できるよう努めていると言われる。なお、コービンは、今回の総選挙で労働党からの立候補が許されず、無所属で立候補している。

スターマーのコービンに関する発言を捉えて、スターマーには信念がなく、立場をくるくる変えるとの人物像を作り上げようとの動きもあるだろう。スターマーの返事は、2019年の総選挙の際には「労働党が勝つ可能性はないと思った」である。同じ質問を繰り返されても基本的にこの答えしか言わない。6月20日のBBCの番組でプレゼンターのフィオナ・ブルースがこの質問を繰り返した。スターマーが同じ返事をするのに、ブルースがほくそ笑んでいたように見えたのはあまりよい光景ではなかった。スターマーには信念がないという主張に口実を与えないよう労働党内で慎重に検討された末の答えであろうが、確かに答えとしては中途半端である。

このような意味の乏しい質問をほとんどの討論やインタビューで繰り返されているのを見ると、このような番組の意味に疑問がわく。もちろん各政党は、様々な質問の答えや自分たちの主張を準備して、差しさわりなく答え、同時に宣伝効果を狙っているが、党首らの生の姿をみるというよりも、一種の「劇場でのやり取り」に終始しているような印象を受ける。これでは、有権者の関心や理解を高めることには必ずしもつながらないように思われる。

情勢の改善しない保守党

保守党は、総選挙実施日の賭けの問題で、既に2人の総選挙候補者と2人の党職員がギャンブル委員会に調べられている。スナク首相が、7月4日に総選挙を実施すると、5月22日に突然発表したが、そのインサイダー情報に基づき、発表前に、賭け屋で総選挙実施日の賭けをしたというのである。保守党関係者のこのようなずるい行為は、一般の人たちには許されないことが自分たちには許されると思っているという印象を与えている。スナク首相は、この問題が総選挙日前にさらに広がらないよう、ギャンブル委員会が調べているからその結果を待つ、保守党も党内で調べていると発言しているが、BBCの政治部長によると、保守党関係者で賭けをしたのは、これまで名前の明らかになっている4人以外にもいるという。発表前に選挙の日を知っていた人は40人ほどいるとの情報もある。野党は、名前の挙がっている候補者の公認を取り消し、わかっている事実関係を発表すべきだと圧力をかけている。

このような状況の中、新たなFocaldataのMRP予測が発表された。これでは、下院総議席650議席のうち、労働党450議席(前回総選挙結果は202議席)、保守党110議席(前回365議席)の予測である。他のMRP予測と同じく、労働党の地滑り的大勝利と保守党の歴史的な大敗北を示している。

一方、リフォームUK党のファラージュ党首は、BBCとのインタビューで、西側がロシアのウクライナ侵略を触発したと発言したが、そのためにファラージュ党首とロシアのプーティン大統領との関係を示唆したデイリーメール紙とサンデーメール紙に怒って、「死にかけている保守党」を守るために自分とリフォームUK党を攻撃していると主張した。さらに、ファラージュ党首の発言を批判したボリス・ジョンソン元首相には、ジョンソン元首相の2022年の発言を取り上げて、「嘘つきで、偽善者だ、近代の首相の中で最悪だ」と批判した。メール紙にはリフォームUK党の勢いを削ぎ、保守党を助けようとした意図があったのかもしれない。総選挙まであと10日となったが、少し、選挙報道にたるみが出てきたように感じる。その中、ファラージュ党首の怒りの発言に注目が集まるのは、逆効果のように思われる。

保守党の情勢が好転する兆しは今のところ見当たらない。保守党は、現職閣僚などができるだけ議席を維持できるよう、選挙資源の配分を変更しているとの報道があるが、それがどの程度効果があるか注目される。