保守党選挙戦略の転換

総選挙投票日まであと3週間余りとなった。4月13日に始まる週には、保守党と労働党のマニフェストも発表される。いずれの党もしっかりとした総選挙キャンペーン計画に基づいて行動していると思われたが、ここ最近大幅な手直しが行われているようだ。

この中でも注目すべきは、保守党の転換だ。保守党は、これまで、この5年間の実績をもとに、キャメロン首相の高い評価を売り物にした選挙戦略を立てていた。確かに5年間の政権で、財政赤字を半分にし、経済は、先進国G7で1、2位を争う成長ぶりを示している。これを有権者は評価し、世論調査で、経済財政運営能力では、労働党に大きな差をつけている。

しかしながら、この過去の業績に頼ろうとする姿勢が、保守党に大きな問題を起こしている。つまり、次期政権のイメージがはっきりと出てきていない。これには、財政赤字削減に力を入れ過ぎている点があるように思われる。つまり、財政削減で、新しい分野に予算をつぎ込む意欲が減退しているように見える点だ。

2010年総選挙では、保守党は、その選挙キャンペーンの中心に「ビッグソサエティ」を打ち出した。市民が、それぞれの地域社会に、より大きな責任と権限を持つというアイデアだった。これは、当時、「ビッグソサエティと小さな政府」というスローガンにも使われた。キャメロン政権が発足して、当初、ビッグソサエティが積極的に進められたが、財政削減などでチャリティの予算が減り、順調に進まず、政府の責任者は辞任し、運動そのものが停滞してしまった。これに懲りたためか、今回の総選挙では前向きの発想が乏しくなっている。

一方、財政研究所IFSが、それぞれの政党の政策の予算的な裏付けを細かく分析していることは、政党にとってかなりの重荷となっている。保守党は、2016と17年度の300億ポンド(5兆4千億円:£1=180円)の財政削減計画で、例えば、福祉予算でどの分野の削減をするか明らかにしていない。また、独立機関の予算責任局は、オズボーン財相が徴税回避策などへの取り締まり強化で生み出せるとしている額に疑問を呈した。既に、保守党のオズボーン財相が、3月の予算発表で、大幅な財政削減を打ち出しているのに、その削減がどの分野で行われるか、明らかになっていない部分が多いのである。もちろん、選挙結果にマイナスの影響を与えるような税などの変更は、この段階ではなるべく触れずにおきたいという考えがある。

例えば、保守党の相続税の緩和政策で、夫婦の控除額を合わせれば、100万ポンド(1億8千万円)までの家には、相続税がかからないようにすると発表したが、その税収減で生まれる10億ポンド(1800億円)の財政への穴は、年収15万ポンド(2700万円)以上の高額所得者の年金拠出金への控除額を大幅に減らすことで生み出すとした。このような政策は、選挙前にはなるべく発表したくないが、財源を明らかにするためには、やむをえないということになる。なるべく、選挙への悪影響が少なく、一般の有権者にアピールできるようなものを発表したいという考えはわかるが、この穴埋め策をIFSは批判している。

このような財源作り策は、他にも数多くあると思われるが、選挙前には、なるべく触れるのを避けたいがために、新しいものを打ち出せる余地が、極めて小さくなっている。有権者の最大の関心事である国民保健サービスNHSを守るために、80億ポンド(1兆4400億円)追加して支出するという約束も、その財源がはっきりとしていない。もともとNHSに関して、有権者の保守党への信頼は乏しいが、有権者は、この約束には懐疑的だ。

次に、キャメロン首相の高い評価と、ミリバンド労働党党首の低い評価を、選挙戦略の中心に据えた考え方だ。

イギリスの有権者は、総選挙で、どの党に投票するかを決めるのに、党首、政党のイメージ、そしてマニフェストの3つを考えると言われ、どの党首がイギリスの首相にふさわしいかは、有権者の選択の大きな要素だ。つまり、マンガの登場人物のようで、「奇妙な」ミリバンドはイギリスの首相にふさわしくなく、そのため、有権者は、最終的にキャメロンを選ぶという見通しで、それを促進する戦略を取っていたのである。

これには、保守党支持の新聞、特に、デイリーメールやサン、テレグラフなどが協力し、ミリバンド攻撃を繰り広げた。しかも、キャメロンは、自分自身が、ミリバンドを軽蔑するような態度、発言をすれば、効果があると判断したようで、それを繰り返した。ところが、保守党支持者の中にも、キャメロンがそのようなことを言うとは思わなかったという見解も出た。その上、国防相のマイケル・ファロンにも、ミリバンドは、自分の権力欲のために、兄も裏切った人物だと言わせた。ファロンは、イギリスの政界では、かなりの尊敬を集めている人物であるが、ファロンは、わざわざタイムズ紙に寄稿して、そう主張したのである。ファロンはメディアでも自分の主張を正当化しようとしたが、ファロンが自分の発案でそうしたと見る人はほとんどいない。有権者は、このような主張は、アンフェアだと見ている。

一方、ミリバンドは、3月26日の、キャメロンと別々に行ったジェレミー・パックスマンとのインタビューで評価を上げ、4月2日の、7党党首の「テレビ討論」では、まずまずの成果を上げた。これらの結果、有権者のミリバンドへの評価は次第に上がっている。また、労働党は、非定住外国人への課税政策などで、次々に、保守党との差をつけ、一般の有権者の関心を引く政策を発表してきている。

これらの結果、保守党のこれまでの、労働党は信用できないが、保守党は信用できるという主張は、次第に力を失い、逆に、保守党は、「嫌な政党」、金持ちを守る政党、人の気持ちのわかっていない政党との、従来のイメージが復活してきた。そのため、保守党は、選挙キャンペーンの戦略を見直す必要に迫られ、もっと前向きのイメージを作り出すような方策に転換した。

マニフェストがその大きなカギを握ると見られているが、その発表で、保守党のイメージ回復ができるだろうか?その大きな柱は、相続税対策だが、これでメリットを受けるのは、わずか4%の人たちだとされる。2007年の保守党大会で発表され、有権者の多くが支持し、そのために、当時の労働党のブラウン労働党首相が解散すれば勝つと見られていた総選挙を食い止めたとされる政策だが、柳の下にドジョウがまたいるとは限らない。

イギリス政界にスター誕生

4月2日夜に行われた、7党の「テレビ討論」。首相候補の、保守党のキャメロンと労働党のミリバンドを含め、7党の党首同士が顔を突き合わせて討論した。770万人が視たと言われる、出席者は、上記の2人を含め、自民党のクレッグ副首相、ファラージュUKIP党首、それに緑の党、ウェールズのプライド・カムリ、そしてスコットランド国民党SNPからだった。

7党もの党首が討論するのは、日本の総選挙前の党首討論に似て、盛り上がりに欠けるのではないかと予想していたが、かなり白熱した討論となった。その理由は、課題が限定されていたことと、それぞれの参加者が、自分たちの党の有権者へのメッセージをきちんと練り、十分な準備をしていたことがあるように思われる。

注目された、首相候補のキャメロン首相とミリバンド党首は、引き分けに終わった。キャメロンは、低調なスタートだったが、後半、いかにも首相らしい「顔」をし、首相らしい話し方をした。一方、ミリバンドは、有権者へのメッセージの点では、優れていたが、「首相らしい」マナーや「顔」に欠け、未だに学生のようだった。そのため、決め手に欠けた。

UKIPのファラージュ党首は、他の6党とは一線を画して、移民とEUの問題に焦点を絞り、その話しぶりは巧みで、UKIPへの支持を伸ばしたように思える。保守党はUKIPにさらに支持を奪われる可能性があろう。

一方、SNPの二コラ・スタージョンの政治勘には、驚くべきものがあった。スタージョンは小柄な女性である。7党首のうち3人は女性だったが、最も小さかった。それでも発言は、落ち着き、的を得ていた。スコットランドでは、SNPが多くの議席を獲得するのは間違いない情勢で、スタージョンには、この討論で心配することはほとんどなく、リラックスしていたことがあろう。

それでも、他の人の発言中に「ナンセンス(Rubbish)」との言葉を差し挟んだ、そのタイミングと声のトーンには、ハッと思わせるものがあった。恐らく、この女性の政治的な能力は、ウェストミンスターの主要政党、保守党、労働党、自民党の党首よりも優れているだろう。

その時点まで忘れていたのは、スタージョンは、昨年11月から、既に半年近く、スコットランドの首席大臣であることである。つまり、スコットランドのトップ政治家で、かなりの経験がある。この女性を、デイリーメール紙が、「イギリスで最も危険な女性」と第一面で攻撃した。

それだけの注目を浴びているからである。スコットランドの政治家で、ウェストミンスターの政治家ではないが、今後、ウェストミンスターが無視できない存在となった。7党首の討論で、イギリスの政界にスターが誕生したといえる。