ジョンソン首相と2022年の政治

2019年12月の総選挙で勝ったボリス・ジョンソン首相が就任して2年たった。英国の下院は、2011年議会任期固定法で、次回総選挙は2024年5月まで実施しなくてもよい(議会任期固定法では総選挙が行われた後、5年目の5月に総選挙を実施することとしている)。ただし、それより前でも下院で一定の賛成があれば、総選挙を実施することは可能である。ただし、現在の政治情勢では、ジョンソン首相が急いで総選挙を実施する可能性は少ない。

2022年の英国政治の大きな焦点は、5月に行われる各種地方選挙である。保守党を率いるジョンソン首相は、保守党下院議員の行動基準違反の問題、自分(首相として、また、下院議員として)の行動基準をめぐる様々な疑惑、首相官邸や閣僚らの、コロナ制限違反の疑いのあるパーティ開催、また、総選挙から2年たっても約束したことを実施していない、または約束したことと行うことに差がある、さらに、立場をくるくる変える(Uターン)などの問題で大きな批判を浴びてきた。その結果、下院の補欠選挙で保守党の安全な選挙区と見られていた議席を次々に失った。保守党への支持率が減少し、2021年12月8日から2022年1月7日に行われ、発表されている24の世論調査で、野党第一党の労働党に3〜9%の差をつけられている。また、首相としての評価も、ジョンソン首相への厳しい評価が好意的な評価を大きく上回る状態である。

次の総選挙は、まだ2年余り先だ。与党の政権半ばで支持率が野党第一党を下回るのはしばしばあることで、それほど心配する必要はないという見方があるだろう。しかし、ジョンソン首相の場合、その政権運営が危なっかしく、公私にわたりその行動に不安がある。また、約束したことを成し遂げるためのリーダーシップが欠けていると見られている。そのため、このまま首相として政権に居続けても、改善する見込みは大きくない。ジョンソン首相のこれまでの強みは、有権者受けがよく、選挙に強いということであった。それは、2019年の総選挙で示されたが、もともとその政権運営能力には疑問があった。ところが、一旦、有権者受けが悪くなり、その改善の可能性が出てこないと、ジョンソン首相よりも新しいリーダーの方が望ましいということになるだろう。5月の地方選挙結果が注目されるのは、その結果によって、ジョンソン降ろしが始まる可能性があるからである。

保守党下院議員で、特に前回の総選挙で、もともと労働党の強い議席を奪って当選してきた人たちにとっては、現在の状況は不安である。これらの選挙区は、イングランド南東部と比べて、産業や生活水準が劣るところが多く、ジョンソン首相はレベルアップすると約束してきたが、首相就任後2年たっても、その具体策がはっきりしていない。さらに、ジョンソン首相は、EU離脱運動のリーダーの一人だったが、その結果達成されたブレクジットの影響は、GDPを長期的に4%押し下げると予算責任局(OBR)は見ている。また、EUを離脱し、人の自由な行き来ができなくなったため、EU加盟国、特に東欧からの労働力が大きく不足してきている。特にサプライチェーンの大型トラックの運転手の不足が大きな問題となった。流通コストのアップは、物価上昇の大きな原因となっている。また、一般の人の生活費が上昇してきており、物価上昇率は今年7%近くに達すると見られている。その上、世界的にエネルギーコストが上昇しており、家庭の光熱費は、現在の年1300ポンド(20万円)から2000ポンド(30万円)程度に上昇すると見られている。賃金から差し引かれる国民保険料も今年4月から1.25%上昇する。人手不足で賃金は上昇する傾向にあるが、物価上昇に追いつかず、生活費の上昇は国民の生活を圧迫することとなる。

これらは、5月の地方選挙に大きな影響を与える可能性がある。ジョンソン首相は、コロナの拡大を抑えて普通の生活を取り戻すことで、国民の支持を回復したいと考えているように思われるが、どの程度効果があるか注目される。これらを乗り越えたとしても、北アイルランドの問題を中心としたEUとの交渉、ブレクジットの後始末をはじめ、問題は山積している。

ジョンソン首相の終わりの始まり

ジョンソン首相の保守党が再び補欠選挙で敗れた。様々なあきれたニュースが続いた後、昨年末にコロナパンデミックのため国民にはパーティなどの集まりを禁止しておきながら、首相官邸などでパーティを催していたという暴露ニュースが出て、「自分たちのルールと他の人たちにあてはまるルールが異なる」と強く批判された挙句であった。世論調査の政党支持率とジョンソン首相への評価が大きく低下し、最大野党の労働党の支持率の方が上回っている。ジョンソン首相はオミクロン株が急速に広がる中、対策を懸命に講じようとしているが、厳しい局面となっている。コメンテーターの中には、ジョンソン首相には「驚くべき回復力がある」などとして今後の行方を慎重にみるべきだという見方もあるが、既に来夏に党首選挙を考える人もいるなどとされる。ジョンソン政権の終わりが始まったとも言える。

さて、英国の選挙区の境界は、一定の期間を経て継続的に見直されているために全く同じ選挙区ではないが、この選挙区は19世紀前半から200年近く、ほとんど継続して保守党支持の地域である。ただし、この補欠選挙は、現職がロビーイングのルールの違反で、議員の行動基準コミッショナーから30日間の登院停止を勧告されたのに、ジョンソン首相が「厳重投票指示(Three Line Whip)」を出し、下院がその勧告を受け入れなかった。さらに、議員の行動基準制度そのものを変更する動きに出た。それらに世論が反発したため、ジョンソン首相は1晩で方針を変え、その結果、当の現職議員が辞職したために行われた補欠選挙である。

2021年12月16日に行われた下院議員補欠選挙得票結果(North Shropshire

自由民主党 17,957 当選
保守党 12,032 次点
労働党 3,686

(自民党のマジョリティ((第2位との差))は5,925。投票率46.28%)

この選挙区では、2年前、2019年の総選挙で、現職の保守党下院議員が次点の候補者に圧倒的な差をつけて勝利している。

2019年総選挙得票結果(North Shropshire

保守党 35,444 当選
労働党 12,495 次点
自由民主党 5,643

(保守党のマジョリティは22,949。投票率は67.9%)

なお、今回の補欠選挙では、2019年総選挙で第3位の自民党が勝った。2016年のEU離脱国民投票では、この選挙区では60%が離脱に賛成した。離脱選挙区と言える。自由民主党はEU残留政党だったが、その過去は今回の補欠選挙にはあまり影響していないようだ。

なお、自由民主党は、その政策的立場が保守党(右)と労働党(左)の中間にあると考えられており、保守党支持者には比較的投票しやすい政党である。また、労働党支持者には、自由民主党が保守党に勝てる見込みがあれば、自由民主党に投票する傾向もある。そのため、今回は、保守党支持の有権者が投票しない、もしくは自由民主党に投票するという選択肢を選んだことを背景に、自由民主党の勝利となった。

なお、自由民主党は、他の選挙区の6月の補欠選挙でも勝利を収めている。現職保守党議員が死亡したために行われた補欠選挙である。この選挙区(Chesham and Amersham)では、2016年のEU離脱国民投票で55%が残留支持だった。この6月の補欠選挙の結果、今回(North Shropshire)は、自由民主党は党首が何度も応援に駆け付けたのに、労働党党首は一度も足を運ばなかった。英国の賭け屋は、自由民主党勝利と予測していたが、まったくその通りとなった。それでも、選挙区の性格や票のスイング(政党間の票の動き)のため、6月の補欠選挙よりもはるかに大きなショックだった。

この結果は、保守党にとって激震といえる。

保守党下院議員のジョンソン首相に対する不満は大きく高まっており、この補欠選挙前には、保守党下院議員の中に、今回の補欠選挙でジョンソン首相はお灸をすえられる必要があると言う議員もいた。しかし、今回の結果は、その範疇を大きく超え、ジョンソン首相のみではなく、保守党にも大きなダメージとなった。