労働党の地滑り的大勝利

2024年7月4日に行われた英国総選挙で、労働党が地滑り的な大勝利を収めた。7月5日午前9時現在、労働党は、英国下院(庶民院)の全650議席のうち、411議席を獲得している。前回2019年総選挙では202議席だった。一方、これまで政権を14年間担当してきた保守党は、119議席で、歴史的大敗である。前回の365議席から大きく後退した。なお、3番目に多くの議席を獲得したのは自民党で、前回の11議席から71議席となった。なお、これまで第3党だった、スコットランドのSNP(スコットランド国民党)は、9議席と39議席減らした。

この結果、野党第一党は保守党で、水曜日恒例の下院の「首相への質問」では、保守党が6つの質問、第3党の自民党は、2つの質問ができることになる。

7月5日の予定は、午前10時半にスナク首相が首相官邸前で簡単なスピーチを行い、バッキンガム宮殿でチャールズ国王に謁見する。首相を辞職し、同時に次期首相に労働党のスターマー党首を推薦する。その後、スターマーがバッキンガム宮殿に招かれてチャールズ国王に謁見し、首相に任命され、組閣を命じられる。スターマーは、午後12時20分頃、首相官邸前で首相として初めてのスピーチを行い、直ちに組閣に入る。組閣は、7月5日中に終える予定である。

スターマー政権は、新政権の課題に直ちに取り組むとして、7月6日に初閣議を行い、仕事を開始していくこととなる。総選挙が終わった後、ゆっくりと休む暇もない。スナクとその家族は、首相官邸内の住居を直ちに明け渡し、スターマーとその家族がすぐに入居できることとなる。

今回の総選挙で、労働党は、約34%の得票をし、地滑り的大勝利を勝ち取った。ただし、総選挙での労働党の得票率では、2017年総選挙で40%の得票をし、262議席を獲得して敗北した場合と比べると状況がかなり異なっている。

今回の結果は、労働党が勝ち取ったというよりも、保守党(英国全体の政権)やSNP(スコットランド分権政府の政権)が不祥事や失政で大きく議席を減らしたことが大きな原因である。保守党の支持率の大きな低下で、右のリフォームUK党が大きく票を伸ばして4議席獲得したが、さらに各選挙区でリフォームUK党が保守党票を大きく奪った。その上、弱体化した保守党の票を、従来保守党の獲得した議席で次点だった自民党が、保守党票並びに、保守党を敗北させるためのタクティカルボーティングで労働党票も引寄せた。 得票率は低いにもかかわらず、地滑り的大勝を勝ち取った労働党にとっては、結果がすべてである。労働党は、今回の総選挙で安全第一の選挙戦を展開した。その点で、労働党の選挙戦略は大成功だったと言える。

もし労働党政権が誕生すれば

7月4日(木)の英国総選挙では、野党の労働党の大勝利が予想されている。もしそうなれば、7月5日(金)にスターマー労働党党首がチャールズ国王に謁見して首相に任命され、直ちに組閣に入り、新政権を立ち上げていくこととなる。そして7月17日(水)のウェストミンスター議会での「国王のスピーチ」で、新労働党政権の政策が発表される。

英国は保守党の14年間の施政で、ほとんどあらゆる面で国が疲弊しており、その回復は並大抵のことではない。これまでの継続では到底やっていけない。

総選挙のマニフェストで各政党が競ったのは、いかにそれぞれの政策に財源の裏付けがあるかであった。労働党は、基本的に保守党の財政政策に基づいた政策を立て、所得税、国民保険、付加価値税の税率を上げないと約束している。世論調査の支持率で大きく劣っていた保守党は、労働党独自の政策に財源の裏付けがないとして、労働党が政権に就けば、一労働者家庭当たり、2000ポンド(約40万円)の増税があるとして話を作り上げ、スナク首相(保守党党首)は、最初のテレビ党首討論で、スターマーを突然攻撃した。スターマーは、それは「ウソだ」と言ったが、スナクは、その主張を1時間番組で10回ほども繰り返した。今回の総選挙では、財源の問題は、非常にセンシティブな問題であった。

財政が非常に厳しい中、NHS、地方自治体を含め、お金をつぎ込まねばならない分野は多い。この中で、スターマー率いる労働党政権がまず構想しているのは以下のようなものだ。

まず、何百万人もの人が診察待ち、治療待ち、手術待ちしている状況を改善することだ。

次に多くの国民の関心のある移民問題、特にフランスから小さなボートで渡ってくる亡命希望者をストップする対策である。

さらに、人口が増える中で遅れている住宅着工を促進するための方策である。

また、最も重要な経済成長を達成するためのGBエネルギーを始めとする経済戦略の推進である。

これらを進めて行くためにスターマーが行うことは、省庁の改廃ではない。それには時間がかかり、エネルギーの無駄だとする。また、影の内閣のメンバーを基本的にそのポストに就ける予定だ。そしていったんポストに就けば、長期間そのポストにとどまってもらう方針だ。影の内閣のポストでそれぞれの仕事の内容を既によくわかっているのに人を変えると一からやり直しということになりかねない。保守党の失敗の一つは、閣僚をくるくると変え過ぎたことである。

すなわち、形を変えるのではなく、実施する方法を変え、直ちにそれに向けて動き出すということである。

例えば、NHSの仕事のやり方を変えていく。うまくいっている例を全国(ウェストミンスター中央政府はNHSのイングランドだけを担当しており、それ以外の地域は分権されている)を回って広めていく。

住宅や刑務所、病院など必要な土地建築の建設許可制度を大きく変えて進めていく。これには大きなショックがあるだろう。反対を押し切って進めて行く必要があると思われる。すなわち、規制改革を新しい動きの基本に置き、スピーディに実施していく。さらにこれまでの省庁ごとのサイロメンタリティを変えるのに、個別の推進事業(経済成長、NHS、犯罪司法、グリーンエネルギー、機会向上など)で分けた大きな枠の委員会を設け、効率的にお金を使い、不必要な遅れをなくすことを目的とすることである。

確かにこれらの試みがどの程度うまく進むかには未知の要素がある。スターマーの首席補佐官のスー・グレイは、内閣府の第二事務次官だった人物で、ボリス・ジョンソンが首相時代に起きたパーティーゲートの調査を担当し、ジョンソンらのリーダーシップの欠如を指摘して、ジョンソンの首相辞任につながるきっかけを作った人物である。多くの政治家と官僚から恐れを持って見られていた人物だ。グレイは、行政と接触して着々と準備を進めているとされるが、どの程度できるか見ものである。