選挙の投票に身分証明が必要とした保守党政権

2022年4月、英国は、有権者が投票所で投票するには、写真付きの身分証明書を提示しなければならないこととした。これまで、有権者の手元に投票券が届くが、それがなくても投票所で住所と名前を名乗るだけでよかった。なお、北アイルランドでは、既にすべての選挙で写真付きの身分証明書の提示が必要とされている。新しい法律で、国政選挙の下院議員選挙ではそれが全国に広がることになる。また、これは、イングランドで行われる地方選挙、並びにイングランドとウェールズで行われる警察・犯罪コミッショナーの選挙で実施される。

一方、英国には身分証明書を持つ義務がないため、写真付きの身分証明書がない人は、無料で有権者証が発行されることになった。

特に問題があるようには見えないかもしれない。新しい制度は、2021年の「女王のスピーチ(保守党政権の所信表明演説)」に掲げられた公約の一つだった。しかし、労働党などの野党や人権団体はそれに反対した。写真付きの身分証明書を持つことが義務付けられると、特に社会の周辺に押しやられている人々、例えば、身体障碍者、失業者、卒業証書や資格を持たない人などは、投票が難しくなると反発した。この制度が実施されると、次期総選挙では110万票投票が減るという報告があったが、この制度の導入で、保守党が有利になると見られている。

なお、2022年には7件のなりすまし投票の疑いがあったが、犯罪につながったものはなかった。一方、無料の有権者証を発行するための組織が2023年1月に立ち上げられたが、これまでのところ、その申請は37000ほどで低調だ。ほとんど実効はないと見られ、しかも多くの費用のかかる新しい制度を、保守党が自党を選挙で有利にする目的で設けたのには、選挙委員会の独立性をも損ない、大きな疑問がある。

議員のリコール(解職)

ボリス・ジョンソン元首相が、いわゆるパーティゲートに関連して、首相在任中にウソ(もしくは本当ではないこと)を下院で発言したことについて下院の名誉委員会(Privileges Committee )が調査を進めている。この調査にはまだ数カ月はかかると見られているが、その結果、ジョンソン元首相が一定期間登院停止になる可能性が高まっている。

もし、登院停止期間が一定のレベルを超えれば、リコール選挙が行われる可能性があるので、その点について触れておきたい。

リコール選挙とは、2015年に設けられた比較的新しい制度で、下院議員のみリコールの対象となる。

一般に、下院議員が失職(ここでは失職の可能性を含む)する場合には以下の3つの場合がある。

  • 有罪刑を受け、それが12カ月以上の収監刑(刑務所)である場合には、自動的に下院議員を失職する。
  • 2009年議会倫理規範法10条で、虚偽などの経費請求をして有罪刑を受けた場合には、収監されたかどうかにかかわらず、失職する。
  • 登院停止処分を受け、登院停止日が10日以上の場合(ただし、会期日が指定されていない場合には14日以上)には、リコール請願過程を経て、失職する可能性がある。

以上のいずれかの場合、下院議長は、当該議員の選挙区の選挙管理者に通知し、補欠選挙、または、リコール請願過程が開始される。

登院停止処分が10日以上の場合、その選挙区の請願管理者(選挙管理者が請願管理者と呼ばれる)は、6週間、請願署名所を設け、当該選挙区の有権者の10%以上がそれに署名すれば、下院議長に報告し、その結果、議席は空席となる。そしてリコール選挙が行われるが、失職した前議員もその選挙の候補者となれる。

ジョンソン元首相の場合、選挙区がロンドン郊外の「アックスブリッジとサウスライスリップ」で、有権者数が7万あまりである。すなわち、有権者のうち、7千人余がリコール請願に署名すれば、補欠選挙が行われる。前回2019年の総選挙(この選挙区の投票率68.5%)では、ジョンソンが全体の53%ほどの票を獲得したものの、次点の労働党、そして自由民主党、緑の党など反保守党と思われる票が2万2千票余りあり、リコール選挙が行われる可能性は高い。

また、この選挙区の住民の過半数は、ジョンソンの推し進めた、ブレクシットを後悔しており、全国的に労働党が支持率で保守党に20%ほどの差をつけている中で、MRP分析をしたElectoral Calculousの分析では、野党労働党の候補者が過半数の票を獲得し、保守党は30%あまりにとどまると見ており、保守党の勝つ可能性はわずか12%としている。

すなわち、もしリコール選挙が行われれば、ジョンソン元首相が敗北する可能性は極めて大きく、ジョンソン元首相の政治生命の終わりとなるだろう。