3つの補欠選挙の語るもの

2023年7月20日実施された3つの補欠選挙は非常に興味深い結果となった。いずれもスナク首相率いる保守党の下院議員が辞職したために行われたもので、そのうちの一つはボリス・ジョンソン元首相の選挙区だった。

これらの3つの選挙区の結果のうち、労働党と自民党の勝った2つの選挙区から言えるのは、労働党と自民党に投票した有権者のタクティカル・ボーティングが「完璧」と言えるほどのレベルになっていたということである。いずれも圧倒的に保守党の強い選挙区で、保守党の候補者は安泰の選挙区だったが、労働党に勝つ可能性があると見られた選挙区(Selby and Ainsty選挙結果Wikipedia 参照)で、労働党が当選し、自民党候補者が供託金没収となった。一方、自民党の勝つ可能性があると見られた選挙区(Somerton and Frome選挙結果Wikipedia 参照)では、自民党が当選し、労働党候補者が供託金没収となった。明らかにこれらの政党の支持者は、保守党候補者を当選させないために、勝つ可能性のある政党の候補者に投票したようだ。一般に補欠選挙では投票率が低い。しかし、世論調査で労働党が保守党を15〜20%リードしていることにみられるように、過去に保守党に投票した人の中に保守党へ投票することへのためらいがある。来年に予想される総選挙で、タクティカル・ボーティングが保守党の強い地域で全国的に行われると保守党はさらに40議席失うとの見方がある。2019年総選挙で比較的少ない票差で議席を獲得した保守党下院議員のかなり多くが次期総選挙で議席を失うとの見方がこの2つの補欠選挙で裏付けられたことと併せて、保守党にとっては、ダブルパンチとなったと言える。(なお、以下の表のマジョリティとは「次点の候補者の得票を何票上回るかの数のこと)

また、緑の党の支持率が伸びている。これは、保守党へこれまで投票してきた有権者が、保守党に投票せず、それでも労働党や自民党に投票したくないために、緑の党に投票した可能性が高いとされる。

なお、ジョンソン元首相が辞職した選挙区は、ロンドン郊外の選挙区である。保守党が、労働党のロンドン市長が大気汚染緩和対策のために打ち出した排出ガス規制をこの選挙の争点として戦った。わずか500票足らずの差で、予想に反して保守党が勝った(Uxbridge and South Ruislip選挙結果はWikipedia参照)が、このようなシングルイシュー選挙は、多くの政策課題に関して行われる総選挙とは異なる。ジョンソンが立候補していれば勝っていたかもしれないという声もある。しかし、ジョンソンは、パーティゲートでスキャンダルを起こし、下院の名誉委員会(Privileges Committee )がジョンソンが下院でウソをついたと認定し、長期の登院停止処分を課したために下院議員を辞職したことから、ジョンソンの適格性の問題が議論され、大きく異なる選挙戦となっていた可能性が高い。ジョンソンでは勝てなかっただろう。それでも保守党が勝利したことから、スナク首相は環境問題対策を大幅に緩めるべきだとの声が党内で高まっている。しかし、そういう戦術に効果があるかどうかは疑わしい。一方、労働党は、この選挙結果を真剣に分析している。

Uxbridge and South Ruislip 選挙区

いずれにしても、保守党と労働党は、今回の補欠選挙で、来年の総選挙に向けて多くの検討材料を与えられたと言える。

軽量級のスナク首相の限界

スナク首相(1980年生)は、2015年の総選挙で保守党から下院議員に初当選。金融界で働いていた経験を買われ、2019年に副財務相、そして2020年、前任の財相が当時のジョンソン首相の扱いに腹を立てて辞任した後、財相の座を獲得。そして2022年10月に保守党党首・首相となった。父親は医師、母親は薬局を経営する裕福な家庭で育ち、学費の極めて高い有名私立校で教育を受け、オックスフォード大学で学んだ。政治の経験が乏しい人物だといえる。

スナク首相と同じように、下院議員になった後、トントン拍子で出世した人物にジョン・メージャー元保守党首相(1943年生)がいる。1979年に初当選し、1987年副財務相、そして1989年に外相をしばらく務めた後、財相に就任、1990年にマーガレット・サッチャー首相が辞職した後、サッチャーの後押しを受けて首相に就任した。しかし、スナク首相とは、その生い立ちが大きく異なる。メージャーが生まれた時、ミュージック・ホールやサーカスで演じていたことのある父親は63歳だった。その父親が病気になり、経営していた事業が失敗、家を売り、アパートに移る。そして16歳になる前に学校を出て、働き始めた。政治に関心を持ち始め、保守党青年部に入り、総選挙の手伝いなどに従事。21歳でロンドンの区議会議員選挙に出馬するも落選。1968年にロンドンの区議会議員となったが、3年後に落選した。仕事の面では、失業していた時期もあったが、ロンドン電気局、ナショナル・ウェストミンスター銀行(NatWest)の前身の銀行、さらにスタンダードチャータード銀行に勤め、後に財相になるきっかけを作った。36歳で下院議員に当選するが、生活の面でも、政治の面でもたたき上げで、粘り強い人物と言える。

スナクは、メージャーのような経験がない。2023年6月25日の朝の公共放送テレビBBC1の政治番組で前BBC政治部長のローラ・クーンズバーグにインタビューされたが、ビジネスコンサルタント風で、政治家としての風格に欠けるように思われた。

首相としての初めてのスピーチで、スナクは「すべてのレベルにおいて高潔でプロ意識を持ち、説明・結果責任を果たす」と約束しながら、特にボリス・ジョンソン元首相の絡む問題では、態度を明らかにすることを避け、保守党内の軋轢を避けようとしていることが明らかだ。もともとジョンソンと同じEU離脱派である。EUを離脱したジョンソン政権で財相に任命されたが、ジョンソンのパーティゲート(コロナ危機でロックダウン中に首相官邸などでパーティが行われていた事件)が発覚し、また、度重なるジョンソンの議員倫理に対する判断の大失敗(オーウェン・パターソン、クリス・ピンチャーにまつわる問題)で保守党の支持率が大幅に下がる中、スナクは、もう一人の閣僚とともにジョンソン内閣を劇的に辞任した。多数の保守党下院議員が政府内の役職を次々に辞任し、ジョンソンは首相辞任に追い込まれた。ジョンソン支持者らから見れば、スナクはジョンソンを追い落とした張本人ともいえる。さらに、トラス前首相が首相就任後2カ月もたたないうちに辞任した後に行われた党首選に立候補したが、党首(首相)に選ばれるためには、その党首選に出馬して多くの支持を得た、保守党右派のスエラ・ブレバマンの支持を得る必要があった。ブレバマンは、内閣規範違反でトラスに内相の地位から更迭されたばかりだったが、ブレバマンの要求を呑み、同じ内相のポストに任命した。その後も自動車のスピード違反に関する講習で内閣規範違反の疑いがあったが、内相の地位に留めた。明らかに内閣規範に反していたラーブ法相とザハウィ保守党幹事長など内閣のポストに就いていた人物は更迭したものの、スナクには、保守党の中で強力なリーダーシップを揮えるだけの経験も力もなく、その立場にはないといえる。

世論調査の支持率で、労働党との差が15%程度まで下がっていたが、医師や看護婦をはじめとする公共サービスの労働者の賃上げをめぐるストライキや物価の高騰、公定歩合の引き上げで住宅ローンの金利、家賃の大幅アップなどによる生活苦の問題などで、労働党との支持率の差が再び20%を超えるような状態になってきた。スナク首相で政治状況の好転を期待していたが、その期待に沿えない状況になってきたようだ。それでも2022年夏から2回の党首選を実施した保守党にとっては、来年にも総選挙が予想される中で他の人物に替えようとすることは極めて難しい。

スナク首相の2023年1月に発表した5つの約束は、達成が厳しい状況となっている(BBCガーディアン)。しかもこれから次々にある予定の元保守党議席の補欠選挙で議席を失う可能性が極めて高い。保守党内でも来年の秋にも予測されている総選挙を悲観する声が強まっている。それを反映して、既に40人以上の現職議員が出馬しない意向を表明している。

次期総選挙までは、まだ1年以上あると見られている。もちろん劣勢を跳ね返す可能性がないとは言えない。政治状況は時に急速に展開する。しかし、過去の保守党政権の失政を引き継いだのが、軽量級のスナク首相では、自発的に政治状況を変えることにあまり大きな期待はできないだろう。その一方、既に多くがスタマー労働党政権を想定して動き始めているようだ。