総選挙の可能性

6月23日の欧州連合(EU)国民投票でイギリスが離脱することになった後、労働党の内乱が勃発した。ベン影の外相が、コービン党首に党首として信任できないと言い、解任された後、影の内閣の閣僚が3分の2辞任し、その動きは、それ以下のポストにも広がる。この集団辞任はかなり前から計画されていたと言われるが、コービン党首への不信任案に230人の党所属下院議員のうち172名が賛成した原因の一つは、当時、保守党の次期党首・首相と目されていたボリス・ジョンソン政権下で総選挙が行われるのではないかという憶測が広まったことにある。つまり、もし総選挙があればコービン党首では労働党が惨敗するのではないかという恐れだった。

メイ首相が7月13日にも誕生することとなり、労働党が分裂状態の中で、もし下院の解散・総選挙があれば、新首相をいただき、保守党が統一されているような中では、保守党が勝つと見られている。そのため、メイが下院を解散するかどうかが政治関係者の間で大きな話題になっている。

イギリスでは、2015年に総選挙が行われ、次の総選挙は2020年に予定されている。2011年議会任期固定法で、首相には解散権がなくなった。そう信じていた人たちが多かったが、実際には、首相が望めば解散できるようだ。

2011年議会任期固定法は、2010年の総選挙で、保守党が過半数を獲得できず、第3党の自民党と連立を組んだことに始まる。自民党は、第2党の労働党よりも左の多くの政策を持ち、その政権が長続きするか危ぶまれた。そこでキャメロン首相は、その政権が容易に崩壊しないようにするためこの法律を設けたのである。

これでは、定められた時期以外の解散総選挙は、基本的に2つの場合に限られることになっている。

  1. 全下院議員議席の3分の2が合意した場合。すなわち650下院議員のうち、434議員が解散に賛成した場合。当時保守党306議席、自民党57議席であったため、2党合わせても363議席だった。
  2. 政権が単純過半数で不信任され、14日の期間内に信任される政権ができない場合。

2015年総選挙で第2党の労働党は232議席を獲得した。下院全議席の3分の1以上あり、労働党下院議員が総選挙を望まなければ、第1の条件は使えない。しかし、ここで重要なのは第2条件である。

保守党は330議席あり、過半数を超えており、今のところ必ずしも不信任の生まれる状況はない。しかし、2011年法では、「不信任」の定義がなく、イギリスのEU離脱の関係で様々なケースが生まれる可能性が指摘されている(元下院事務総長の解説)。技術上、政府が自らの不信任案を出して可決し、2週間経過すれば、解散総選挙ができるという見解もある。なお、この点については、法案審議中にも議論があった(例えば上院での議論)。このような方法をとることは、政治的に容易ではないが、不可能ではないだろう。

今回は、イギリスのEUからの離脱にまつわる新内閣の誕生である。そのため、国民の理解の得られる理由付けが可能かもしれない。

それでも、解散まで2週間、そして総選挙に5週間と、少なくとも7週間の政治的な空白を作ることは、EU離脱のショックの中にあるイギリスの現在の政治、経済的状況では考えにくく、メイ新首相がただちに総選挙を実施するということはないように思える。

イングランドの分権?

スコットランドの独立住民投票の結果、独立賛成が45%、反対が55%となり、スコットランドはUK(連合王国)に残ることとなった。ただし、918日の住民投票直前になって、キャメロン首相らが、独立反対の結果の場合にはスコットランドに権限を大幅に委譲することを約束したため、UKの他の地域(連合王国の「国」)、つまり、イングランド、ウェールズ、そして北アイルランドをどうするかが課題となった。

ウェールズでは、1997年の分権住民投票で非常にわずかな差で分権賛成が上回った経緯がある。ウェールズ独立を標榜するプライド・カムリという政党があるが、スコットランドに比べ、ウェールズに独立の機運は乏しい。ウェールズでスコットランド独立投票の後に行われた世論調査によると、独立賛成はわずか3%である。それでも、中央政府からの更なる権限移譲を求める人は49%に上っている。ただし、この権限移譲の方法には議論がある。

北アイルランドでは、法人税の権限の分権を求める声があるが、北アイルランド政府内で、財政削減下の福祉改革に対立がある。そのため、既に与えられた権限をきちんと行使できないのに、さらに権限の分権を求めるのはおかしいと北アイルランド政府ロビンソン首席大臣は主張している。これには、北アイルランドでも地域の帰属(イギリスかアイルランドか)を巡る住民投票を実施する機運が生まれることを警戒していることが背景にある。

さて、ここで最も重要なのは、イングランドの扱いである。イングランドは、下表のように人口が他の地域と比べて格段に多い。

2011年国勢調査結果

9月18日に行われたスコットランド独立住民投票の結果のわかった19日朝、キャメロン首相は、スコットランドがより多くの権限を与えられることから、その他の地域にもそれに見合うような対応が必要だと主張した。そして、下院で、イングランドの政策にイングランド以外から選出された議員が投票できるような現状(この問題を指摘した下院議員の選挙区名から「ウェスト・ロージアン問題」と呼ばれる)を改革し、イングランドの問題にはそれ以外の地域選出の議員を除く意図を明らかにした。これをスコットランドへの分権と同時に進めると発言したことから大きな騒ぎとなった。

スコットランドの分権では、主要三党首、キャメロン首相、ミリバンド労働党党首、クレッグ副首相が実施を約束した予定表によると、今年11月末までに白書を発表し、来年1月に法案を提出、そして5月に予定される総選挙の後にその法制化をする予定だ。

ところが、もしそれをイングランドの問題と同時に進めようとすれば、スコットランドの分権が予定通りに進まないことになる可能性があった。イングランドの改革案には労働党が反対するからである。労働党は、下表のようにイングランドで保守党に議席数で大きく差をつけられている。次期総選挙で労働党が政権に就いたとしても、もしイングランドの事案でほかの地域からの下院議員が除外されることとなると、政府の政策の実施が極めて難しくなる。

2010年総選挙地域別獲得議席数 (北アイルランドは地域政党のみのため省略)

これはイギリスの政治体制のひずみの問題ともいえる。特に、NHSを含む健康医療、教育、そして財政関連などイングランドだけに限定された分野をウェストミンスターの中央政府が担当しているからだ。

なお、イングランド分権政府という考えもありうるが、全人口の84%を占めるイングランド単独の分権政府を設けるのは、極めて非効率である。一方、ブレア労働党政権で、2004114日にイングランド北東部の分権政府案の住民投票を行ったことがある。これは47.7%の投票率でなんと77.9%が反対した。そのため、担当のプレスコット副首相が、予定していた、それ以外の住民投票を取りやめた。

キャメロン首相の発表に対して、スコットランドのサモンド首席大臣は、スコットランドの人たち、特に、キャメロン首相らの約束を信じて独立反対に投票した人たちが騙されたと批判した。

これらの批判を受け、保守党の党利党略と思われた、スコットランドの分権とイングランド事案の投票改革を連結する方針は変更され、それぞれ別個に対応することとなった。イングランド事案の投票改革には、かなり時間がかかると見られており、次の総選挙の大きな課題の一つとなると見られている。

なお、有権者の多くは、イングランドの事案に他の地域選出の議員が投票するのはおかしいと感じているが、このような「憲法問題」にあまり注意を払っていない。そのため、抜本的な改革につながる可能性は少ないように思える。