上院は時代遅れ Out of date Upper House

英国の議会制は、よきにつけあしにつけ、融通の利く制度であるため長続きしてきた。しかし、英国の連立政権は現在「より民主主義的な議会」のために、上院議員の選出に一般有権者による選挙を導入し、その特徴である融通性を大幅に減らし、新しい形の二院制をつくろうとしている。これは政党が「進歩的」なイメージを有権者に与えるための「見せかけの姿勢」だ。2010年の総選挙では、主要3党のすべてがこれをマニフェストに入れたが、本来、英国が取り組まねばならないのは、意義の薄れた2院制を廃止し、現在の下院だけの1院制とすることだ。

上院議員には任期がないが、このため、短期的な政党の利害に関わりなく、長期的な視野で国政に関与することができ、また、様々な分野の専門家が多く、法案などの吟味を実施する意義があると言われてきた。しかし、実際上、上院議員への任命には、爵位の授与が伴い、社会的な階級意識の存続にかなり大きな役割を果たしてきている。政党にとっては、上院は、古参の下院議員を送り、下院議員の世代交代を促す効果がある。また、閣僚などの大臣職に就くには上院か下院の議員であることが必要であることから、一般人を上院議員に任命して大臣職に任命できるので便利だ。さらに大口の政治献金者などを上院議員への任命で報いることも通常行われており、その上、ブラウン前首相も首相辞任時に行ったように、自分の秘書を上院議員に任命して長年の忠誠に報いるようなこともある。すべてが高尚な理由だけではない。

ところが、上院議員の選出に一般有権者による投票制を導入するということとなると、現在の上院と下院の権力バランスが変わる。上院議員の8割を選挙で選ぶという案が有力だが、これは、現在の制度で政党に好都合な面を残す意味がある。上院議員には、現在、給料はないが、そのほとんどが選挙で選ばれると、給料を出す必要がある。しかも上院の政治的な正当性が高まり、その発言力が増すこととなる。

一方、法案の吟味が上院で行われなければならないという理由はない。むしろ、社会的な階級意識を減らし、より開かれた議会を築き、屋上屋をかけるように上下両院の権能のバランスを再調整しようと努力するよりも1院制とした方が、コストの点でも、有権者の政治制度の理解の上でもはるかに効率的だと言える。2011年初め、下院の決定が法律になるのを遅らせるために、上院の長い歴史の中でも初めてアメリカ式の審議長引かせ戦術、フィルバスターが行われたが、このようなことは時代遅れだ。議会が2院である必要はない。主要政党にはいずれも多くの上院議員がおり、それらの議員からの圧力はかなり大きいものであろうが、上院の歴史的な役割は終わったという認識が英国に強く求められている。

英国は上院改革ができるか?House of Lords Reform: Never-ending Story?

英国の国会は二院制で、下院と上院がある。下院は一般の選挙で選ばれるが、上院はそうではなく、貴族院であり、一部の世襲貴族と大多数を占める一代貴族で構成される。この上院をより民主的な選挙で選ぶ仕組みを作ることが過去100年間検討されてきた。2010年の総選挙でも主要三党の保守党、労働党、自民党がこの問題を取りあげ、議員全員もしくはその大多数を選挙で選出することをマニフェストで掲げた。これを受けて、保守党と自民党は、連立合意でこの課題に取り組むこととし、それを担当する自民党党首で副首相のニック・クレッグが5月に下院でその原案を発表した。しかし、上院は現状維持を望んでいる上、下院でも改革案に賛成する議員が少ないことから、これが実現する可能性は当面ないだろうと見られる。

クレッグの政府案の骨子は、以下の通りだ。
1. 定数を基本的に300とし、その内、80%にあたる240を選挙で選出し、60は任命制。それに12名の英国国教会主教が加わる。
2. それぞれの議員は15年間の任期で、一期限りとする。
3. 5年ごとに80名ずつ選挙で選ばれる。
4. 選挙は、単記委譲式投票(STV)と呼ばれる比例代表制で行う。
5. 最初の選挙は、2015年に行う。

日本の国会も二院制だが、両院とも議員が選挙で選ばれ、両院の権限が一部を除き同等であるが、英国の場合、選挙で選ばれる下院が政治の中心であり、上院は補完的な役割を果たすにとどまる。上院は法案の審議を一年間引き延ばすことができるが、予算の伴う法案ではそれはできず、法案の修正も基本的にはできないことになっている。また、上院は、総選挙で下院の多数を占めた政党のマニフェストに含まれた政策には反対しないことになっている。さらに上院議員には給料はなく、出席した場合の日当や経費が支給されるにとどまる。

上院議員の選出に選挙を行うようになると、このような上院の役割が少なからず変えられることとなる。例えば、下院は、選挙で選ばれるがゆえに大きな力を発揮するが、上院も同様に選挙で選ばれるようになれば、上院にさらに大きな権限を与えざるをえず、両院の力関係が変化するだろう。また、給与を支給し、オフィスを用意し、秘書を提供する必要が出てくる。つまり、多くの追加費用がかかることとなる。また、現在800名近くいる一代と世襲議員をどうするかという問題がある。これらの問題を解決しないことには、上院改革は前に進まない。そのため、危急の問題とは言えないこの課題に本格的に取り組み、上院議員を選出する選挙が2015年に行われる見通しは、極めて小さい。