英国下院のEU撤退関連の採決でメイ政権が敗れる

12月13日の下院で、EU撤退法案の修正案が4票差で可決された。EU離脱に関して、メイ政権が敗れるのは初めてである。イギリスの新聞にはこれを殊更に騒ぎ立てる向きがあるが、実際にはそう大きな意味があるとは思われない。メイ政権は下院で過半数がなく、北アイルランドの10議席を持つ民主統一党の閣外協力で政権を維持している。そのため、もし少数の保守党の下院議員が、今回は11人だったが、反対票を投じれば、政府提出法案が否決されることとなる。

この修正案は、EU撤退法案が、EUとの最終合意の実施を政府が命令で行うことができるとしていることに歯止めをかけるもので、議会が法制の形で最終合意を承認しなければできないとしたものである。政府側は、これまで議会に最終合意を承認するか承認しないかの採決をさせるとしてきたが、もし承認しなければ、合意なしの離脱だとしてきた。また、そのような議決の時期がいつかはっきりしていなかった。

EU撤退法案には、イギリスがEUを離脱するにあたって、これまでイギリスの法制でEUの法令に依拠していた部分を、一挙にイギリスの法制とすることを含んでいる。2万にもわたると思われる項目を検討していくには膨大な時間がかかり、しかも最終合意の内容次第で変更方法が異なるかもしれない。実情にそぐわないものは、管轄大臣の職権で変更できるとしているが、本来、議会で吟味して決められるべきものを、このような方法で行うのはおかしいという議論があり、メイは譲歩した。

イギリスは、議会主権の国である。すなわち、議会の法制権をバイパスするようなやり方は、EU離脱が本来、イギリスの主権を取り戻すという考え方から出てきていることを考えると、EU離脱の場合でも、本来の目的にそぐわないこととなる。

多くは、大臣が職権を党利党略に使う可能性があると心配している。そして、議会がきちんと関与した方法を模索すべきだとする考え方が、保守党内にもある。それらの人たちは、いわゆる「EU残留派」であり、それがゆえに、イギリスのEU離脱に反対していると攻撃されている。しかし、これらの人たちが求めた改正案は、そう極端なものではない。

今回の事態に至ったのは、メイ首相の考え方にあるのは間違いないように思われる。EUとの間で第一段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係を扱う第二段階の交渉に進むこととなり、保守党内をかなりまとめることができたと判断し、その勢いで、今回の採決も乗り切れるだろうと判断したのではないか。メイ政権には、裁量の余地を残したいという気持ちからか、このような雑な計算がしばしばある。きちんとした議論を詰めるべきだった。政府側は、採決前、反乱の可能性のある議員に猛烈な働きかけをしたが、不十分だった。保守党内の強硬離脱派に配慮し、メイが簡単に野党に妥協する姿勢を見せたくないという考えもあっただろう。

但し、これからのイギリスとEUとの交渉を考えると、議会でメイの提案が頻繁に否決されるという事態は避けたいだろう。EU側との第1段階の交渉でも、メイはその方針を大きく覆した。そのようなことが、議会対策でもあるように思われる。

英EU離脱後どうなるか?

イギリスは、EUを2019年3月に離脱することとなっている。12月8日にイギリスとEU 側は基本的な3つの問題を扱う第1段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係に関する第2段階の交渉に進むことに合意した。今後の交渉の経緯如何では、イギリスの離脱の時期が変更される、または、離脱後に2年ほど設けると見られる「移行期間」が延長される、さらには現在では考えにくい「合意なし」などの可能性もあるが、イギリスがいずれEUを離脱するのは間違いない。

イギリスとEU側は、お互いができるだけ自由に貿易できる環境を作ろうとしている。しかし、お互いの原則的な条件のために、それを現状維持のような形で実施するのは極めて難しい。

イギリス側の条件は以下のようなものだ。

  • EU市民の英国における権利を制限する(特に労働力の移動の自由)
  • イギリスの主権の回復(EUルール・裁判管轄権から離れる)
  • 非EU国との自由な貿易関係の樹立(現在はEUのみが行い、個別にはできない)

EU側の条件は以下のようだ。

  • EU加盟国の利益を損なわない。
  • EUの4つの自由(もの、サービス、資本、人)を守る。
  • EUの統一を維持する。

いずれの側の条件も100%かなえるのは難しいが、そこに妥協する余地があるともいえる。すなわち、いずれの側も、イギリスがEUを離脱した後、少なくともある程度の期間、経済的な悪影響があることを想定している。

アメリカのシンクタンク、ランドコーポレーションが、イギリスのEU離脱後の経済予測を発表した。このシンクタンクはその予算の半分以上をアメリカ政府から得ており、アメリカ寄りの分析が出ることは予測できる。

このシンクタンクの結論は、以下のようである。

  • EU側と比べ、イギリスへの経済的悪影響が大きい。特に合意なしの場合。
  • アメリカのイギリスへの投資の28%はイギリスがEUメンバーであるため。
  • EUがアメリカに敵対的になる可能性がある。イギリスがEUを離脱すると、アメリカのパートナーとしてのイギリスの影響力がEU内で無くなるため。
  • アメリカ、イギリス、そしてEUの3者間の包括的自由貿易協定が、イギリスの経済にベストだが、そのような協定ができる可能性は少ない。

上記で述べたように、イギリスもEU側も、イギリスのEU離脱で、お互いに経済的にある程度マイナスとなることは覚悟している。ただし、長期的に見ると、イギリスのEU離脱が必ずしもマイナス面ばかりだとは言えないかもしれない。特にEUの経済成長力より、それ以外の国の経済成長力が大きく上回っている例が増えているからだ。

イギリスのEU離脱は、経済的なものというより、政治的なものだ。そしてそれが長期的にどのような結果を招くかは、これからの離脱交渉と世界の今後の政治、経済状況によると思われる。