コービン労働党の秋

メイ首相が7月の首相別邸の閣議でまとめたEU離脱後のプランは、保守党内の離脱派、残留派の両側から強い批判を受けているばかりか、EUの交渉代表者も否定的だ。首相官邸は強気の姿勢を保とうと必死だが、それをいつまで続けられるか疑問だ。メイ首相の命運は尽きかけているようだが、その一方、この時期に首相交代が賢明かどうか疑問を呈する向きもある。メイ首相が追い込まれると、はずみで総選挙となる可能性もあり、そうなれば、労働党の動向が大きなカギを握ることになる。

労働党は「反ユダヤ人主義」問題で、メディアとユダヤ人団体らから強くたたかれている。先だって、古参労働党下院議員のフランク・フィールドが労働党を離れたが、その大きな理由の一つはこの「反ユダヤ人主義」問題だった。フィールド自身、7月のEU離脱法案の下院の投票で他の3人の労働党議員と共にメイ政権側に賛成する投票をし、また、数々のコービン党首に反対する言動などのため、地元の労働党選挙区支部から不信任された。フィールドは、2015年の党首選でコービンの推薦人となったが、それは党首選で議論を盛り上げるためのものだった。コービンが党首となるとは夢にも思っていなかったというのが実情である。フィールドの辞任には複雑な事情があるが、多くのメディアは「反ユダヤ人主義」問題が中心の問題のように報道した。

コービンは人種差別に真っ向から継続して反対してきた人物である。武力の行使に反対し、話し合いでの平和的解決を目指し、すべての立場と話をするべきだとしてきた。イギリスのイラク戦争などにも強く反対してきた。長い目で見れば、コービンは常に正しい側にいたとの評価もある。

そして、イスラエル政府の強引なやり方が、パレスチナ人の生活を非常に惨めなものにしているとしてイスラエルのやり方をこれまで何十年も批判してきた。そのためコービンが労働党党首に選ばれてから、労働党の反ユダヤ人主義問題に注目が集まり、批判を受けたことから、今年7月、国際ホロコースト追悼同盟(International holocaust remembrance alliance)の反ユダヤ主義の定義を導入した。しかし、この定義に付け加えられていた11の例のうち7つを採用し、4つをそのまま入れていなかったことから、ユダヤ人団体などが強く反発し、コービン労働党が反ユダヤ主義だと主張するに至った。労働党には、すべての例を導入すれば、イスラエル政府への批判が妨げられるという判断があったようだ。結局「言論の自由」を強く主張することでこれらの問題に対処できるという考えが強まったようである

コービンの「反ユダヤ人主義」については、コービンの首相就任を恐れるメディア関係者が問題を煽っている面がある。コービンが首相となると、レヴィソン答申に基づいた厳しいメディア規制が導入されると見られている。墓地での花輪問題を煽ったデイリーメイルを始め保守党支持のデイリーテレグラフなど数々のメディア媒体が警戒し、コービン攻撃を継続している。ただし、このような問題が世論を大きく変えることはないと見られている

上記でも述べたフィールドの労働党離脱で、労働党の将来を危ぶむ声も上がったが、これは現状では見当違いのように思われる。コービンが労働党の党首となって以来、労働党の党員数は大きく伸び、今では50万人を超える党員数を誇る西欧一の大政党となった。保守党は長く党員数の公表を拒んできたが、今年3月の党大会でその総数を公表した。12万余と、憶測されていた数の2倍ほどあったが、その詳細については明らかになっていない。なお、この数はコービンを支持するモメンタムというグループのメンバー数に匹敵するレベルでしかない。すなわち、労働党は左のコービンの下で、今でも組織的に強いままである。「反ユダヤ主義」問題で多くの議論があるが、一般の有権者は、国際ホロコースト追悼同盟の定義についてのあまり関心を持っていない。

コービンは2度の党首選挙でその立場を強め、しかも2017年の総選挙で議席を増やし、保守党の過半数獲得を阻んだ。もし万一、巷間言われているような党所属下院議員による党首不信任投票が可決されたとしても、それには何らの拘束力がなく、2016年の2度目の党首選挙で大勝したようにコービンはそのまま淡々と党首を努めていくだろう。

大手賭け屋は、もし総選挙があれば、保守党と労働党が最大議席を占める可能性をほぼ互角と見ている。すなわち、コービンが首相となる可能性はかなり高い。その中、イギリスのメディアは、コービン労働党がブレクシットにどのような対応をするかの議論をもっとしていくべきだが、それが不足しているように思われる。メイだけではなく、コービンにもこれからのイギリスのあり方について深く考えねばならない秋といえる。

高まる「合意なし」の可能性で緊張する政治

イギリスのEU離脱で、日本の企業が欧州本社をイギリスからEU内に移転する動きを見せている。その理由の一つは、イギリスがEU離脱後、企業誘致のために法人税を大幅に引き下げると、日本政府がイギリスをタックスヘイブン(租税回避地)とみなす可能性があり、そうなれば日本での大幅な増税に結びつきかねないという危惧があるようだ。

フォックス国際貿易相も、このような問題をかつて無視していたようだが、イギリス政府はこれまでブレクシットの影響を十分考えていなかった点がある。メイ首相は、2017年初めに「合意なしは、悪い合意よりよい」と主張しながら「合意なし」の準備を怠ってきた。しかし、ここにきて来年3月の離脱前に合意なされるには「この秋」までに合意がなされなければならず、時間がなくなり、遅まきながら「合意なし」の場合への準備も進めていかざるを得なくなっている。

本来、2016年のEU国民投票の後、イギリスとEUが、お互いのできること、できないことを冷静に話し合い、そこから交渉をスタートしていれば話ははるかに簡単であったろう。しかし、メイ首相が、保守党内の欧州懐疑派を慮り、しかもEU側を見くびっていたために、イギリス側が敷居を高くしすぎた。そのため、今や交渉は一種の行き詰まりの状態に来ている。そして今や、メイ首相は、その率いる保守党内の事情のためにEU離脱交渉で柔軟に対応できない状態に追い込まれている。

もしイギリスが「合意なし」でEUを離脱すれば、もちろんイギリスもEUも両方ともかなり大きな打撃を受ける。イギリスが「合意なし」で離脱すれば、既に基本的に合意している清算金を支払わずに済むというわけにはいかない。これまでメンバー国としてEUに約束してきた支払いは済まさずにはおれないからだ。そしてイギリスが「合意なし」で離脱すれば、今後の関係に大きな溝を生むばかりか、大きな債務まで背負って離脱するということになる。

メイ首相が、イギリス側は7月に首相別邸で決めた立場を変えないと言い張り、一方では、EU側は、その立場は容認できないと主張している。メイの立場には整合性がなくなってきているメイ首相つぶしを図る動きも伝えられる中、今の政局は、わずかなはずみで大きく動く状態で、予測は困難だ。夏休みだった下院は9月4日に再開するが、9月13日には党大会シーズンで再び休会となり、下院が再開するのは10月9日である。これから秋、そして年末にかけて政局は極めて興味深い。