拡大する「賭け」の問題

6月12日に、スナク首相の補佐をしていた前職の下院議員で、今回の総選挙に保守党の候補者として立候補していた人物が、総選挙の日を巡る賭けをしていたことが明らかになった。総選挙は今秋に行われるとの大方の見方を裏切って、5月22日、スナク首相が突然、7月4日に実施すると発表したが、その前職の下院議員は、その発表の3日前に賭けをしていた。なお、インサイダー情報を知った上で賭けをするのは違法である。

それ以来、7月4日の総選挙日の賭けを巡ってこれまでに2人の保守党候補者が保守党の公認を取り消され、また2人の保守党幹部職員が総選挙中にもかかわらず休暇届を出している。さらに、上記の前職下院議員と同じ地域の保守党のウェールズ議会議員が、同じ問題でウェールズ議会での保守党の影の内閣の役職から身を引いた。BBC番組Newsnightは、15人にものぼる保守党関係者が、ギャンブル関係の規制当局「ギャンブル委員会」に調べられているという。また、同じ問題で、スナク首相の警護の警官を含め、6人の警察官も調べられている。

一方、労働党の総選挙候補者が、自分の選挙区で、保守党が勝つという賭けをして、ギャンブル委員会に調べられていることがわかり、即座に公認を取り消された。この候補者は、「愚かな失敗」だったと謝罪した。PR会社の経営者で、これまで労働党に多額の献金をしており、その金額は2005年以来200000ポンド(4000万円)近いといわれる。この賭けの掛け率は低く、その賭け通りの結果となっても、そう大きな配当ではなかったそうだ。労働党は、本人からの2023年の献金100000ポンド(2000万円)を本人に返金するという。

英国には日頃賭けをしている人が2200万人いると言われる。そのため、選挙の日をめぐる「ずるい賭け」の話のインパクトは極めて大きいもので、政治家に対する不信感を高めるものであると言えるだろう。

これらの問題から、政治家は、政治に関する賭けをすべきではないという議論が高まっている。トニー・ブレアの広報局長だったアラスター・キャンベルは、サッカー関係者は、サッカーの賭けを禁じられている、前回の米大統領選は、これまでで最大の賭けだったとし、そのような政治の賭けから政治関係者を排除すべき(BBCToday8:53頃)だと主張する。

この賭けの問題は、政治の透明性、さらに政治家や政治関係者の倫理の問題などを含めてさらに議論されると思われる。

総選挙討論の意味

7月4日の総選挙投票日までに数々の討論や党首らへのインタビューが行われている。テレビでは、公共放送BBC、それに民放のITV、Channel4など、さらにSkyNewsやYouTubeで放送される新聞紙のインタビュー番組など多種多様だ。この中には、支持政党などのバランスを考慮して選ばれた聴衆に直接質問の機会を与えるものも多い。主要政党とより小さな政党とのバランスを取る必要もあり、このような番組が多くなるのはやむを得ない面がある。しかし、同じような番組が多くなると、同じ質問が繰り返されることになる。その結果、このような番組に飽きてくるという問題もあろう。

その中で、特に気づいたのは、野党の労働党のスターマー党首への質問だ。特に、前回の2019年の総選挙で、前党首ジェレミー・コービンは、「よい首相になる」と発言したことについてで、繰り返し質問されている。

コービンは労働党の左派で、中道のスターマーとは路線が異なる。スターマーは、2015年に下院議員に初当選し、コービン党首の下で、影の内閣の準閣僚の役割をもらったが、2016年に影の内閣の中道のメンバーが左派のコービン党首に反発して辞任した際、同時に辞任。しかし、同年、コービンが再び党首に選ばれた後、Brexit相としてコービンの影の内閣に加入した。そして2019年の総選挙の際、コービンは「よい首相になる」との発言をしたのである。

なお、コービンは、平等・人権委員会に労働党の反ユダヤ人主義者的な問題を批判され、それは大げさだと主張したため、スターマーに労働党の下院議員の資格を奪われた。スターマーは無宗教だが、2人の子供は、妻の両親のユダヤ系の背景を理解できるよう努めていると言われる。なお、コービンは、今回の総選挙で労働党からの立候補が許されず、無所属で立候補している。

スターマーのコービンに関する発言を捉えて、スターマーには信念がなく、立場をくるくる変えるとの人物像を作り上げようとの動きもあるだろう。スターマーの返事は、2019年の総選挙の際には「労働党が勝つ可能性はないと思った」である。同じ質問を繰り返されても基本的にこの答えしか言わない。6月20日のBBCの番組でプレゼンターのフィオナ・ブルースがこの質問を繰り返した。スターマーが同じ返事をするのに、ブルースがほくそ笑んでいたように見えたのはあまりよい光景ではなかった。スターマーには信念がないという主張に口実を与えないよう労働党内で慎重に検討された末の答えであろうが、確かに答えとしては中途半端である。

このような意味の乏しい質問をほとんどの討論やインタビューで繰り返されているのを見ると、このような番組の意味に疑問がわく。もちろん各政党は、様々な質問の答えや自分たちの主張を準備して、差しさわりなく答え、同時に宣伝効果を狙っているが、党首らの生の姿をみるというよりも、一種の「劇場でのやり取り」に終始しているような印象を受ける。これでは、有権者の関心や理解を高めることには必ずしもつながらないように思われる。