メイ大失敗のPMQs

9月14日、7月に首相に就任したテリーザ・メイの3回目の「首相への質問(PMQs:Prime Minister’s Questions)」が行われた。筆者は、1回目2回目をコメントしたが、3回目は保守党支持のテレグラフ紙も指摘したように最悪だった。質問に答えられず、苦し紛れに、あらかじめ作られた決まり文句やフレーズに頼り、そのために振り回されているという印象があった。

野党第一党の労働党の党首コービンは、メイの進める「グラマースクール」の問題に焦点を絞り、6回の質問をした。

グラマースクールは、11歳でテストを行い、優秀だと思われる児童を選別教育する公立の中等学校である。戦後、一時期、約4分の1の生徒にこの教育を行ったが、それ以外の子供たちの行く学校で教育水準が上がらず、しかも11歳で脱落者の烙印を押されてしまうとの批判が強まり、グラマースクールのほとんどはコンプリヘンシブと呼ばれる普通の学校となる。サッチャーがヒース保守党政権の教育相(1970-1974)だった頃も大きく減り、1998年にブレア労働党政権下でグラマースクールの新規開校は禁止された。現在、イングランドには、3000ほどの中等学校があるが、残存しているのは163校である。

メイは、このグラマースクールの拡大、新設を「誰にもうまく働く国」の目玉として推進しようとしている。これに賛成する保守党下院議員は多い。保守党下院議員の選挙区には中流階級が多く、その子弟が公立のグラマースクールで教育を受けられた方が好都合だからである。しかし、それに反対する保守党下院議員も少なくない。キャメロン前首相も党首時代にそれを明言しており、それはコービンが質問中に引用した。

コービンはメイの考えを支持する専門家の名前を質問した。メイはそれに答えなかった。コービンが次の質問で取り上げたように、グラマースクールの多いケント州(34校)では、貧しい家庭の子供たち(無料昼食の受給者)で良い成績(一定の基準を超える成績)を上げるのは27%であるのに対し、(人口5倍で19校の)ロンドンでは、それが45%だという。その原因の一つは、優秀な生徒とそうでない生徒を一緒に教育したほうが、分けたよりも全体的なレベルが上がるためだと考えられている。権威のある財政問題研究所(IFS)も、グラマースクールのないほうが生徒の成績がよいとしている。ここには、イギリスの階層社会にまつわる独特の問題があるが、メイが社会階層の流動化にグラマースクールを使おうとするのには無理があるように思われる。

結局、これに関する質問は、すべて議論をすり替え、スローガンに終始し、答えに窮したメイは、本来首相が質問を受けて答えるはずであるにもかかわらず、自ら就労者数の増加に関する質問を作り出した。

さらに、メイもコービンもグラマースクールで教育を受けて現在の地位に至ったと自分の経験でグラマースクールを正当化しようとした。メイは、コービンが2番目の妻と離婚したいきさつを知らないようだ。コービンが長男を地元の普通公立学校に行かせようとしたのに対し、妻がグラマースクールに送ったことが原因である。

コービンの6つ目の質問が終わった後の回答で、メイは、長々と、今回が多分コービンの最後の「首相への質問」になるだろうと主張した。党大会シーズンで下院は9月15日から休会に入り、10月10日に再開される。現在進行中の労働党の党首選の結果は9月24日に発表されるが、コービンが多分敗れるだろうからという訳である。誰が労働党の新党首に選出されても、損をするのは国民だと付け加えたが、コービンの当選は確実視されている。奇異な主張だった。

メイの「回答のようなもの」が終わった後、議長が、議事が大幅に遅れていると指摘した。それを起こしていたのはメイだった。左寄りのガーディアン紙は、メイのパフォーマンスを「ディザスター(大失敗)」と評価したが、それは右寄りのテレグラフ紙でも同様だった。

一方、これまで1年間党首を務めてきたコービンは、左右を問わず、これまででベストの出来だったと評価された。

保守党に有利な選挙区区割り見直し

下院の議員定数を650から600とし、選挙区のサイズを均等化する選挙区区割り案で最も注目されていたイングランドとウェールズの区割り案が9月13日に発表された。北アイルランドは既に発表されており、スコットランドは10月になる。これらの案は、これから地元協議・意見採収等を行い、最終的に2018年10月1日までに決定される必要がある。

既に発表されている、イギリスの4つの地域別の議席数は以下のとおりである。

地域 現行制度 提案制度 増減
イングランド

533

501

-32

スコットランド

59

53

-6

ウェールズ

40

29

-11

北アイルランド

18

17

-1

合計

650

600

-50

イギリスには、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと4つの区割り委員会があるが、全体で、法律で決められているように、2015年12月1日現在の有権者数で、イングランドのワイト島とスコットランドの1部を除き、平均有権者数74,679人の上下5%以内の有権者数とすることとなる。つまり、この枠内に当てはまるよう選挙区を構成していったわけである。基本的に、この作業は、既存の選挙区内の区(Ward)を維持するように行われた。

既に、この改正の結果予測は、2015年総選挙の結果を使って行われている。それによると、もし2015年総選挙が、この新しい区割りで行われていたとすれば、イングランドとウェールズで保守党は10議席失い、労働党は28議席減、さらに自民党は4議席失っていただろうとされる。なお、北アイルランドは地域政党ばかりである。スコットランドでは、2015年に保守党、労働党、自民党が1議席ずつ獲得しただけであり、地域政党のスコットランド国民党(SNP)が圧倒的な強さを示したが、区割り案が発表されても大勢にはそう大きな影響はないといえる。そのため、主要全国政党の議席数を「2015年の結果」と「もし2015年総選挙がこの新区割りで行われていた場合」と比較すると、以下のような推測ができる。

  2015年結果
(全650議席)
新区割り案適用
(全600議席)
保守党 330 320 -10
労働党 232 204 -28
自民党 8 4 -4

議席総数は600となるため、保守党のマジョリティ(保守党の議席から他の政党の総議席数を引いた数)は40となり、保守党は、現在よりもはるかに安定した政権運営ができることとなる。

これまでの経過

この議席削減・新選挙区区割り方針は、2010年・2015年総選挙の保守党マニフェストでうたわれ、キャメロン前首相が推進した。これは、自民党との連立政権交渉で自民党の有利となると思われた投票方法の変更(Alternative Voteと呼ばれる制度)を提案する国民投票を受け入れる代わりに、もしそれが導入されれば不利になると思われた保守党が、その失地を回復する目的で代わりに要求されたと理解されていた。そして具体的な区割り案もできた。しかし、2011年のAV国民投票で、それが否決され、さらに自民党の求めた上院の公選化も成し遂げられなかったために、自民党がこの選挙区区割り見直しに賛成しないことにしたため、この案は棚上げとなった。

元自民党党首で副首相だったニック・クレッグの回顧録によると、キャメロンは自民党が賛成しないと知らされ、怒髪天を衝いたという。2015年総選挙で、保守党が下院の過半数を制し、この改革が保守党独自の判断で実施できることとなった。

保守党がこれを実施したかったのは、労働党は都市部で強いが、小さな選挙区が多いのに対し、保守党は、郊外や地方で強く、大きな選挙区が多いためである。すなわち、都市部の選挙区が減り、しかも郊外の保守党の強い地域と合区されると保守党の勝つ可能性が高まる上、保守党の強い選挙区が比較的に増えるからである。

今後の見通し

労働党は、これはゲリマンダリングだと猛反発している。特に、イングランド北部など労働党の強い地域で人口が減っており、議席が多数減るなど、労働党への影響が大きい。保守党は有利となるが、保守党の下院議員の中には、選挙区が大きく変わる、選挙区が無くなり、選挙区替えを迫られるなど、この変更にハッピーでない人も少なくない。議席のなくなる議員を引退する議員の議席に優先的に割り振る、また、上院議員にするなどの対策が取られると見られるが、その効果がどうなるか見極めるにはもう少し時間がかかるだろう。

また、この新区割り案は、2015年12月1日現在の有権者登録に基づいている。それ以降、今年6月の国民投票までに約200万人が有権者登録をした。そのため、労働党は、これらの新規登録有権者を含めないのは、不公平だと主張する。しかし、新しい有権者データをもとに区割りを再び見直そうとすると、2020年に予定されている次期総選挙には間に合わないと見られている。さらに労働党は、経費削減を理由とした議員定数の削減は、イギリスのEU離脱で73の欧州議会議員のポストがなくなり、また、キャメロン前首相が保守党の上院議員を数多く任命したことと一貫しないと主張する。

一方、現在行われている労働党の党首選で当選確実と見られているコービン党首の支持者たちが、選挙区の大幅組み換えのために多くの選挙区で候補者選出作業が行われる必要があることから、反コービン下院議員を次期総選挙の候補者に選出しない格好の機会を与えられたのではないかと見る向きもある。ただし、67歳のコービン党首が、次期2020年総選挙の勝利よりも、その後のことのほうをより真剣に考えているとは想像しがたい。

今後の展開が俟たれる。