労働党の党首交代手続き

労働党のエド・ミリバンド党首を交代させようという動きの噂が過去数日間、メディアをにぎわせている。タイムズ紙のマシュー・パリス(Matthew Parris:元保守党下院議員)がそのコラム(タイムズ紙118日)で示唆しているように、ミリバンドへの攻撃は底が浅く、メディアの取り上げ方も浅薄だと言える。各紙とも匿名の労働党下院議員のコメントを紹介しているが、労働党党首交代のある可能性は極めて低い。

その一つの理由は、労働党の党首交代手続きはかなり複雑なことがある。半年後に総選挙の迫った現在、そのような内紛、党首引きずり落とし、そして新党首の選出とかなり時間のかかることにうつつを抜かす余裕はないことがある。

世論調査では既にミリバンドの評価が極めて低くなっており、世論調査会社の中には、もしミリバンドを他の党首に変えた場合、労働党への支持がどうなるか、といった調査をしたところが2社ある。これらの調査では、労働党政権下で内務相を務めた元ポストマン、アラン・ジョンソンが党首となった場合には若干のプラス面があるが、それ以外の候補者ではほとんど変わりがないという結論だ。しかも党首を無理に変えたところで、有権者がその人物をよく知っている可能性は少なく、その人物が必ずしも予想通りの支持を得るとは限らない。

さて、労働党の党首交代の手続きは、もちろん現職が自ら退けば、新党首選出をいずれにしても行わざるを得ず、話は比較的簡単だ。しかしもし現在の党首を交代させようと思えばことはかなり複雑である。それは以下のような手順となる。

  1. 20%以上の労働党下院議員が党首選挙を求める必要がある。これは現在52人である。
  2. そして党大会(9月に開催された)があればそこで、もしくは臨時党大会を開き、投票する。
  3. もし過半数が賛成すれば、党首選挙が行われる。選挙運動が行われた後、3つの選挙人団、党員、現職議員、そして組合がそれぞれ投票し、3分の1ずつの得票の合計で当選者が決まる。 

非常に時間がかかり、しかも衆目の中で党首引き下ろしが行われることとなり、今まだ可能性のある労働党の勝利がさらに遠のくことになりかねない。確かにミリバンドに不満のある人が多いが、ミリバンドが自ら党首を引く可能性は全くないことから、労働党は、否応なくミリバンドを党首として次期総選挙を戦わざるをえないと言える。

なお、保守党は、現労働年金相のイアン・ダンカン=スミスが党首の座を引き下ろされたことがある。保守党の場合、党首に不満のある議員が政府のポストについていない議員の会、1922年委員会の会長に手紙を書き、信任投票を求める議員の数が党所属下院議員の15%に達すれば、下院議員による信任投票が行われる。この手紙を書いても、その名は明らかにされない。保守党と比べ、労働党では、現職の党首を辞めさせるのはかなり難しい。

労働党党首ミリバンドへの反乱?

野党労働党のエド・ミリバンド党首では半年先の総選挙が心配だとして、労働党下院議員の中に党首を変えるよう求める動きがあると報じられた

労働党は1年ほど前までは、キャメロン首相の保守党に世論調査で余裕をもったリードを続けていたが、最近、その差は縮まり、ほとんど同じ支持率となった。それでも前回の2010年の総選挙で当選者と次点との差が少ないいわゆるマージナル選挙区の世論調査では労働党が優勢で、今のところ保守党が労働党にかなりの議席を失う状況だ。なお、イギリスの下院議員選挙は、完全小選挙区制であり、650の選挙区で最高の得票をした一人だけが当選する。 

イギリスの賭け屋は、次期総選挙は、いずれの政党も過半数を占めることのないハングパーリアメント(宙づりの国会)となると見ているが、最多議席を獲得するのは労働党だろうと予想している。今回の「反乱」の噂は、労働党の牙城とも言えるスコットランドで労働党がスコットランド国民党SNPに大きく議席を失うと見られていることと、有権者のミリバンドの個人評価が否定的で極めて低いことに端を発していると思われる。特に、スコットランドでは多くの下院議員が議席を失う可能性が高まっているだけに、スコットランド選出の議員など議席が危うい人たちが、ミリバンドを交代させることで少しでも状況を改善させたいと思っていることは容易に想像できる。

しかしながら、ミリバンドが簡単に引き下がるとは到底思えない。2010年の総選挙で労働党が政権を失った後の党首選挙では、本命と目されたミリバンドの兄デービッドを僅差で破り、兄の野心を犠牲にして党首に選ばれた。もしここで引き下がるようなことがあれば、兄に対しても顔向けできないだろう。

ミリバンドに政策や理念がないわけではない。政策でも以下のようなものが挙げられる。

  • エネルギー価格20か月凍結家賃統制
  • 最低賃金を1.5ポンド(273円:£1=182)上げて、8ポンド(1456円)とする。
  • 100万軒の住宅建設
  • 移民政策の強化
  • 高価な住宅に住宅税課税
  • 公共住宅で必要以上の部屋のある人への福祉手当削減を止める。
  • 所得税の50%最高税率の復活
  • EUに留まるか否かの国民投票を行わない。経済環境の不安定要因を除く。
  • 国民健康サービスNHSへの財政支出増加
  • 2018年までに財政を均衡させる。

左寄りだが、政策としては筋が通っているように思われる。キャメロン首相よりも理念がはっきりしている。問題は、ミリバンドにカリスマがないことだ。 

ただし、カリスマがなくても優れたリーダーだった人が労働党に存在する。それはイギリスの福祉国家を築いたクレメント・アトリーである。アトリーは党首として第二次世界大戦後に行われた総選挙でチャーチル率いる保守党を破った。しかし、アトリーでは首相の任に堪えないとして、アトリーが首相に任命される前に、労働党の有力者ハーバート・モリソンがアトリーに替わって党首・首相となるよう画策した。しかし、多くの歴史・政治学者が、アトリーは第二次世界大戦後で最も優れた首相だったと評価している。

次期総選挙の結果を予測することは難しいが、もしミリバンドが首相となるようなことがあれば、期待が低いだけに、かえって首相として成功する可能性があるかもしれない。