行政の政治化?Politicisation of the Civil Service?

大臣が専門家アドバイザーを任命している。公務員を、変化に消極的で、能力や専門知識に欠けているとし、新しい血を行政に持ち込もうとしている。これを行政の政治化として捉える人が少なからずいるようだ。

例えば、何かと物議を醸しているマイケル・ゴヴ教育相率いる教育省では、昨年9月以来3人の専門家アドバイザーが任命されている。この3人は以下のような人物である。

・タイムズ紙のコラムニストのアリス・マイルズ(Alice Miles)
・LSEの経済歴史のリーダー(Reader)ティム・レオン(Tim Leunig)
・元歴史教師で、マッキンゼーのコンサルタントのトム・シナー(Tom Shinner)

これらの専門家アドバイザーは、臨時公務員として任期が2年ほど、職のランクは課長職もしくは部長職レベルのようだ。

もちろん大臣らにはすでにスペシャルアドバイザーという政治任用のスタッフがいるが、専門家アドバイザーは、それとは異なり、公務員として働くことになる。

この制度は、2012年6月に発表された公務員制度改革計画(Civil Service Reform Plan)の中で触れられたものである(p21参照)。
http://resources.civilservice.gov.uk/wp-content/uploads/2012/06/Civil-Service-Reform-Plan-acc-final.pdf

これらの人たちは、必要な専門知識を持った人材が公務員の中にいない、そして公募するのが適当ではない場合に、大臣が事務次官に依頼し、国家公務員任用委員会(Civil Service Commission)の許可を受け、ごく少数、期間を限って任命できる。公務員規範に従う必要があるため、政治的な行動は制限されることとなる。

この動きは、大臣が公務員の任命により大きな役割を果たそうとしていることに関係している。昨年12月、国家公務員任用委員会は、公務員制度改革計画の中で触れられた、大臣の事務次官人事への関わりについて説明した。

事務次官任命の手続きは以下のようである。
まず、この選任は、国家公務員任用委員会会長(First Civil Service Commissioner)もしくはその指名した人物を長とした独立委員会が担当する。
手順は、
①どのような技能が事務次官に必要か大臣に見解を問う。
②応募者の中から少人数の候補者を選び出し(ショートリストと呼ばれる)、それらの候補者に大臣が会う。そしてそのフィードバックを独立委員会に渡す。
③そして独立委員会の審査の結果、推薦する候補者を再び大臣に会わせることもできる。
④もし独立委員会が決められない場合には、最終的な候補者を大臣らに再び会わせることもできる。

そして独立委員会の推薦した候補者を任命するかどうかは最終的に首相が判断する。

以上の手続きは以下参照:
http://civilservicecommission.independent.gov.uk/wp-content/uploads/2012/12/EXPLANATORY-NOTE-PERM-SEC-COMPETITIONS-MINISTERIAL-INVOLVEMENT.pdf

いずれにしても、専門家アドバイザーは数が限られており、政治的な活動にも制限があることから、この任命をもって直ちに行政の政治化とまでは言えないように思われる。

一方、前述のゴブ教育相は、教育省の予算をゼロベースで見直し、2015年までに2010年就任時の予算を42%、そして2016年までには50%減らそうという計画だ。そのため、4000人のスタッフを1000人減らす必要があると言われる。

教育省は、アカデミーと呼ばれる中央直轄の学校を急激に増やしており、また、フリースクールもさらに増える状況だ。仕事量が増える中、予算を減らし、しかもスタッフの数を減らしていくのはかなり大変な課題である。

これに対し、中堅以下のスタッフの労働組合であるPCSは教育省の組合員のストライキに関する投票を行い、ストライキへの賛成が2対1であった。そのため、近日中にストライキが行われる可能性が高い。

キャメロン政権の中でも最も改革派の大臣と呼ばれるゴブは、方針を全く変えないと思われるがこれにどのように対応するか注目される。ゴブの専門家アドバイザーで一つ気になったのは、昨年9月に任命した二人はいずれも机で仕事をする人たちだ。コンサルタントが後から加わったにせよ、理論優先で実施後回しの感がぬぐいきれない。

政策の舞台裏(What is Behind the Labour’s New Policy?)

2月12日(水曜日)の首相のクエスチョンで、デービッド・キャメロン首相が労働党のエド・ミリバンド党首を揶揄した。

キャメロン首相は、手にカードを持ちながら、言った。
「明日、重要な経済のスピーチをするという招待状を受け取った。その中に何も新しい政策はないだろう」
ミリバンド党首は、
「来られるのなら大いに歓迎します」
キャメロン首相は答えた。
「何も政策がないのに行く意味がない」

ミリバンド党首は、これまで何も重要な経済政策を発表していないと批判されているが、このやり取りを見ていて、翌日のミリバンド党首のスピーチは政治コメンテーターたちの注目を浴びると思った。

ミリバンドの新しい政策

ミリバンドの打ち出した政策には、予想通り注目が集まり、その実際的な意味について、マスコミ各社は数々のシンクタンクの見解も紹介した。

ミリバンドの打ち出した政策の中心となるのは、以下のものだ。

「ゴードン・ブラウン前労働党政権で廃止した10%の所得税率を復活させる。その財源には高価な住宅(200万ポンド以上:約3億円)への課税で生み出す」

新政策の狙い

これには、幾つかの政治的な効果を狙っている。

①労働党に経済運営能力があるという印象を与えること。

労働党は世論調査で、キャメロン首相の保守党を10ポイント程度リードしている。しかし、経済運営能力では、ミリバンド党首・ボールズ影の財相のチームは、キャメロン首相・オズボーン財相のチームに後れを取っている。経済運営能力は、次の総選挙で有権者にかなり大きな影響力を与える可能性があり、この問題へ対応していく必要がある。

その手段として、労働党が「不況下で収入よりも物価のほうが上昇し、懐が乏しく圧迫感を受けている人々」のことを考え、努力している、というメッセージを一般有権者に送ろうとしたわけだ。

つまり、上記の首相へのクエスチョンでもミリバンド党首が強調したのは、以下のことであった。

・キャメロン政権の政策は効果がない
・キャメロン政権は経済運営の能力がない
・一般の人々は、その結果、生活水準が下がり苦しんでいる

この背景の下で、その翌日の発表につなげるという戦略である。

②高価な住宅に税をかけると言うのは、自民党の政策で、特にビジネス大臣のビンス・ケーブルが力を入れた。

この政策を打ち出すことで、10%の所得税導入に必要な財源をはっきりと示すという狙いがあるとともに、連立政権の中での保守党と自民党の間の溝を広げるという目的がある。

自民党は、連立政権内での自らの存在をアピールし、そして自らの政策をもっと有権者に理解してほしいという強い願いを持っている。そこで労働党が、この自民党の政策を動議にかけるようなことがあれば、自民党下院議員を惹きつける可能性がある。その結果、二つの党の間の関係をさらに悪化させる可能性に目をつけている。

また、この政策は次期総選挙のマニフェストで自民党が主張する可能性が高いことから、次期総選挙後、もし労働党が過半数を得られなかった場合に自民党との連立の可能性も含みに入れたものである。

③ミリバンド労働党がブラウン労働党とは違うということを印象付ける狙いがある。ブラウンは、有権者に人気のない首相であった。

もともと所得税に10%の税率を導入したのは、ゴードン・ブラウン前労働党首相がブレア政権の財相時代のことであり、1999年から実施された。それまで最低税率は23%であり、より多くの低所得者層が仕事につくためのインセンティブを設けようとしたものである。2007年にブラウンが首相として、その10%の税率を廃止し、最低税率を23%から20%にすると発表した時には、低所得者に不利になると不評で、そのためブラウンは大きなダメージを受けた。

ミリバンドはブラウン首相の下で閣僚を務め、ブラウンと近く、しかも2010年のマニフェストの責任者であった。その上、影の財相のエド・ボールズは、1997年にブレア政権が誕生する前からブラウンの側近で、ブラウンが財相となった後、下院議員ではなかったが、「財務副大臣」とまで呼ばれたほど大きな影響力を発揮した人物である。そのため、ボールズは今でもブラウンの影を背負った人物といえる。ブラウンの行ったことを否定し、これらのイメージを拭い去る必要があった。

この政策の問題点

ただし、このミリバンドの新政策には多くの批判がある。課税最低限の額を上回る最初の千ポンドだけに適用されるという案であるために、手続きが煩雑になるだけで、実際の手取り増加額は、1週当たり67ペンス(約100円)程度であると見られている。

実は、2007年のブラウンの発表は、当時IFS(The Institute for Fiscal Studies)の責任者であったロバート・チョウト(現在は、英国予算責任局議長)は正しい判断だと評価した。それに逆行するものである。

しかも高価値の物件をどのように評価するかという別の問題がある。該当する物件は約7万件程度あると見られているが、具体的な適用はそう簡単ではない。

労働党は、次期総選挙のマニフェストにこの政策を入れるかどうかについては、明言を避けている。一種の花火のようなもので、その反応を見ながら次の手を考えていくための材料であるといえる。この政策をめぐる今後の展開は興味深いものになりそうだ。