2014年9月18日、スコットランドで、独立するかどうかの住民投票が行われた。独立賛成45%、反対55%で、反対多数の結果だった。しかし、この住民投票の運動で、支持基盤を拡大した、独立賛成のスコットランド国民党(SNP: Scotland National Party)は、2015年5月の総選挙でスコットランドを席巻し、下院の全650議席のうち、スコットランドに割り当てられた59議席中56議席を獲得。その勢いを背景に、独立住民投票を再び、なるべく早く行うべきだという意見が、党所属下院議員、SNP支持者らに強い。
住民投票1周年を迎え、いくつかの世論調査が発表されているが、独立賛成が47%から49%、反対が51%から53%である。もしさらなる住民投票があったとしても、独立賛成が上回るとは限らない。果たして2回目の住民投票が行われるだろうか?
2014年独立住民投票の経緯
2014年の住民投票は、スコットランド分権政府を担当するSNPの強い主張で実施されることとなった。SNPはもとともスコットランドのイギリス(UK)からの独立を謳ってきていたが、実は、この独立住民投票がこのように早く行えるとは考えていなかった。
スコットランドの分権議会は、ブレア労働党政権下、住民投票を経て、1999年に設けられた(1979年にも分権の住民投票が行われ、分権賛成が多数を占めたものの、投票率が低く、定められた基準をクリアーできなかった)。
当時、スコットランドでは労働党が圧倒的な強さを誇っていたが、ブレア政権は、弱小勢力であったSNPを警戒して、いずれの政党もスコットランド議会で過半数を占めることが極めて難しい投票制度を設けた。これは、小選挙区比例代表併用制と呼ばれる。日本の衆議院の小選挙区比例代表並立制では、小選挙区と比例代表で、議席が、それぞれ別々に計算されるが、スコットランドでは、比例代表の得票率で小選挙区の結果を含めて議席数が決まる。つまり、8つに分かれた地区内の小選挙区でほとんどの議席を獲得しても、比例の得票次第で、それ以上の議席を比例で獲得できなくなる仕組みである。
SNPは、2007年の議会選で最多議席を占め、政権に就いたが、その際の議席は全129議席のうち47議席で、過半数からはかなり遠く離れていた。1999年、2003年と、労働党と自由民主党の連立政権が続いてきたが、2007年には、労働党は46議席と振るわなかった。政党同士の連立交渉がまとまらず、結局、SNPが少数政権として、スコットランド分権政府を運営するという形となったのである。
多くは、この少数政権は長続きしないと見たが、SNP党首のサモンド首席大臣は、政権を巧みに運営し、政策ごとに労働党、保守党、自民党と連携して法案を通し、4年間の任期を全うした。この政権で、サモンドは、スコットランド独立住民投票案を出したが、他の主要政党は賛成せず、SNPも無理に通そうとはしなかった。
2011年のスコットランド議会選のマニフェストでも、SNPは独立住民投票の実施をうたっていた。しかし、選挙前、SNPを含めて、だれもSNPが議会の過半数を占めるとは考えていなかった。過半数を獲得し、SNPは住民投票を実施せざるをえなくなった。そしてロンドンのキャメロン政権との交渉が始まる。
この頃の世論調査では、独立賛成派は少なく、とても勝ち目はないと思われた。独立賛成の可能性はないと判断したキャメロン首相は、独立住民投票に応じることとなる。
ところが、住民投票の日が近づき、独立支持が急伸し、それに慌てた保守党、労働党、自由民主党が、独立反対の結果の場合には、スコットランドへのさらに大幅な権限移譲をすると約束した。また、住民投票後、独立することになった場合に備えて、大手企業が準備を進めており、スコットランドから多くのビジネスが離れるのではないか、などという報道がなされた。
結局、住民投票で、特に55歳以上の人たちが独立に反対したが、これは、スコットランド独立後の財政状況、特に、年金を心配したのではないかと言われる。イギリスでは、オズボーン財相の下、年金はトリプルロックと、言われ、インフレ率、平均賃金上昇率、もしくは2.5%の3つの基準のうち、最も高い数字に従って、毎年、上昇することとなっている。すなわち、年金は毎年、少なくとも2.5%はアップしていくのである。
しかし、スコットランドの人口は、イギリス全体の8%で、イギリスほど財政力が強くない。エコノミスト誌が、スコットランドを「スキントランド(お金のない国)と表現したことがあるが、サモンド首席大臣(当時)の頼みの綱ともいえる北海油田からの収入に疑問があり、スコットランドの継続的な財政力に不安があった。この北海油田からの収入は、最近の石油価格の崩壊で、さらに見通しが暗くなっている。独立すれば、スコットランドは財政的に悪くなると見ているスコットランド人が多い。
スコットランドの魅力
かつてスコットランドに5年余り住んでいたことがある。スコットランドには魅力がある。過去3年間、毎年1週間ほど、スコットランドにウォーキングに行っているが、その都度、スコットランドの魅力を実感する。スコットランドの、特に北部のハイランドには、アメリカ人やイングランド人の旅行者が多く、住んでいるイングランド人も多い。
スコットランドの自然は素晴らしい。天候は次々に変わり、天気予報はそう信頼できないが、それでも時に空一杯に広がった青空の下、靄のかかった、少し湿った遊歩道を歩く爽快感には素晴らしいものがある。この自然だけでもスコットランド人の誇りを高める効果があるのではないかと思われる。
日本人にはスコットランドはイギリスの首都ロンドンから遠く北に離れた田舎のような印象があるかもしれない。しかし、スコットランドには、かつて北からバイキングが攻めてきた歴史があり、しかも東のフランスと組んでイングランドと戦ったこともある。
18世紀初めに、スコットランド議会とイングランド議会が統合され、スコットランド議会は「停止」されたが、この統合前には、いずれの側も統合を嫌った。それぞれ違う「国」であり、文化的にも異なるので、うまくいかないと思ったのである。もちろんイングランドとスコットランドの間の戦闘も多かった。1318年のバノックバーンの戦いは、2014年の住民投票の際にもスコットランドの愛国心を高めるのに使われた。
このような愛国心は特に若い世代に浸透しており、独立住民投票でもその傾向は、はっきりと出ている。しかし、先述したように、スコットランドには、独自の魅力があるものの、財政的に不安がある。
2014年の独立住民投票から1年を迎えた、9月18日、BBCラジオのニュース番組で、ある専門家が、老いた世代から若い世代に入れ替わっていくと、独立機運は益々強くなると解説したが、この分析には、スコットランドがイギリス内で有利な財源配分を受けており、年金など人々の生活の基本となる条件を十分に検討していない分析だと感じられた。
2度目の住民投票の可能性?
住民投票が近い将来、再び行われるかどうかは、多くの要因に影響されるだろう。世界経済が、中国、欧州などの減速で揺れる中、スコットランドの将来はかなり不透明だと言える。「寄らば大樹の陰」という発想がスコットランドの多くの住民にあっても何ら不思議ではない。スコットランド住民が、次の独立住民投票では、より冷静な目で将来の可能性を見るように思える。
スコットランドのはっきりとした将来計画がない場合、スコットランド独立投票の実施は、SNP政権を弱める可能性がある。もし、2014年の賛成45%対反対55%の差が、さらに広がるような結果となれば、住民投票を実施する政治判断そのものが問われることとなり、SNP政権はこれまで築いてきた信用を大きく失う可能性がある。
SNPの現党首、スタージョン首席大臣は次期住民投票をどうするか慎重になっているが、いずれにしても2016年5月にはスコットランド議会選挙がある。世論調査では、これまでSNPの優位が伝えられている。一方、労働党のコービン党首の選出で、スコットランドの労働党が回復する可能性も否定できない。また、キャメロン首相が2017年末までに実施すると約束している、EUに残るかどうかの国民投票もある。もし、イギリスがEU脱退に賛成すれば、EU残留を望むスコットランドが独立住民投票に臨む可能性が強い。いずれにしても、政治は常に変化している。すべてのパラメーターが変化する中、独立住民投票をどうするかの判断は、スタージョン首席大臣の真価が問われる問題である。