野党第一党の労働党のコービン党首が、非常に生き生きとしている。来月68歳になるが、6月8日に向けての総選挙キャンペーンを楽しんでいるように見える。
メイ首相が突然解散総選挙を宣言した時、コービンはすぐに賛成した。これには労働党下院議員からもかなり大きな批判があった。総選挙が行われれば、労働党は大きく議席を失うと思われたからだ。
世論調査で労働党は保守党に20%程度の大きな差をつけられ、支持率が歴史的に低い。1983年総選挙で惨敗した時よりも悪いと言われる。しかも有権者のメイ首相への評価は非常に高いが、コービンへの評価は、非常に低い。多くの国民が、コービンには首相になる資質がないと思っている。これではとても総選挙が戦えないと思ったからだ。
それでも解散総選挙に賛成したコービンの判断は、正しいように思われる。2011年議会任期固定法では、下院の総議席の3分の2が賛成する、もしくは政権が不信任され、後継政権が生まれなければ、解散総選挙となる。下院総議席の3分の1以上持つ労働党が反対すれば、3分の2が賛成することはなかった。しかし、その場合、メイは労働党が総選挙を恐れている、メイ政権にEU離脱交渉を成功させないように画策していると攻撃して、メイ政権そのものの不信任案を提出して可決させ、無理やりに解散総選挙に持ち込む可能性があった。そうなれば労働党には「臆病者」のレッテルが貼られ、さらに厳しい総選挙になったかもしれない。
労働党下院議員の中には、労働党が惨敗すれば、コービンが自ら退く可能性があるという見方もあった。労働党内の異端で、急進左派のコービンが2015年党首選で全く予想外に党首に選ばれ、しかも2016年のEU国民投票後に、労働党の4分の3近い下院議員たちがコービン下ろしに走ったが、行われた党首選挙で再びコービンブームが起き、前回よりも多くの支持を集め圧勝した。党首選ではコービンを倒すことができないことがはっきりした。
コービンは原則の人として知られる。多くはコービンをいい人だと言うが、労働党のような大きな政党を率いるリーダーシップはないとする人がほとんどだ。コービンの最初の妻は、コービンをいい人だと言うが、党首にはふさわしくないとする。2番目の妻との離婚は、妻が息子をグラマースクール(能力を選別して入学させる公立学校)に入学させたいのに、それにコービンが強く反対したことが原因だった。
労働党の支持者である、ケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング教授は、個々の政策では、コービンの考え方には正しいものが多いが、リーダーではないとして、コービンの党首辞任を求めた。コービン党首の広報戦略局長だった人物もコービンの能力を批判している。
メイ首相は、今回の総選挙をリーダーシップの戦いだとして、コービンのリーダーシップ能力を徹底的に批判している。
ところが、4月24日の朝のTodayというラジオ番組で、BBCのベテラン政治記者が、奇妙なことが起きているとリポートした。有権者が、コービンには首相になる可能性がないとして、地元の労働党下院議員に投票することに抵抗がないというのである。通常、イギリスの総選挙は、次の首相を選ぶ選挙であり、党首が首相にふさわしいかどうかを考えて投票する。そのため、総選挙では、党首の評価は非常に重要だが、どうも今回はそれが必ずしも当てはまらないようだ。まだ選挙戦は序盤であり、今後の展開は異なってくる可能性がある。
ただし、労働党は、これまでの常識を破り、いわゆる中道の有権者を惹きつける戦略ではなく、本来の「地のコービン」を打ち出す戦略に出ている。作り物ではないコービン像、すなわち自分を打ち出すことが許される状況が、コービンにエネルギーを与えているようだ。その演説には力がこもっている。一方、4月23日のBBCのテレビ番組で、コービンは弱い者が虐げられる今の政治状況に怒っており、うんざりしていると静かに話した。