メイ首相は、イギリス離脱後のEUとの 貿易関係について、イギリスはEU単一市場も関税同盟も離脱するとしてきたが、交渉の時間が乏しくなってきた現在、どのような対応をするかで綱渡りを強いられている。
これまでに提示した、EUとの貿易関係をできるだけスムーズにすすめるためのMax Fac案と関税パートナーシップ案は、いずれもEU側が消極的だ。その上メイ首相の選択する後者には保守党内の強硬離脱派が強く反対している。
メイ首相は関税パートナーシップ案を5月2日に開かれた内閣小委員会に提示したが、そこでは同意が得られなかった。そしてさらに検討を進めるよう指示したと言われる。そのため、関税パートナーシップ案は北アイルランドの国境問題の解決に役立つが消えたと見られた。しかし、5月6日のBBC番組に出演したビジネス相がこの案はまだ捨て去られていないと発言したことから、EU強硬離脱派の反発が強まっている。
EU強硬離脱派は、関税パートナーシップ案ではイギリスがEUに支払うべき関税を集める役割を担う上、イギリスがEUの規制に従う必要があるという点を指摘する。すなわち、EU離脱の一つの目的は、イギリスがEUの規制の枠から外れ、独自の規制を設ける、すなわち「独立」することだが、それがかなえられないとするのである。
政権基盤のぜい弱なメイ首相は、昨年6月の総選挙で保守党が下院の過半数を割り、10議席を持つ北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持している。保守党とDUPを除く議席数を実質上13上回るが、もし7議員が反対側に回ると下院の判断は覆されることとなる。そのため、強硬離脱派の脅迫に弱いと見られている。
これに対し、メイ首相周辺は、もし強硬離脱派がメイ首相の案に賛成しなければ、議会がさらにソフトな離脱をさせることになると逆に脅しをかけ始めている。これは、議会の上院がメイ政権提出のEU離脱法案を修正し、下院がメイ政権の最終的なEUとの合意案に同意しなければメイ政権を交渉に戻らせることを可能にして法案を下院に送り戻したことを指している。すなわち、メイ首相らの案がもし下院で認められなければ自分たちの判断で交渉できなくなる可能性があるため、保守党内の強硬離脱に反対する勢力も受け入れられる折衷案を自分たちの判断で決めた方が良いとの立場である。
イギリスの議会には選挙で選ばれていない上院と選挙で選ばれる下院がある。基本的に法案は両者が同意して法律となるため、上院と下院は協同して働く必要がある。それでも保守党の勢力の弱い上院は、下院の意思に方針に反し、既に10点修正している。もちろん、最終的には下院の意思が優先されるが、それには時間がかかる。イギリスのEU離脱は来年3月末であり、イギリス離脱後の「移行期間」や将来のイギリスとEUとの関係を含んだ離脱合意は今年秋までになされる必要があるため、時間は既になくなってきている。
もし、メイ政権が倒れるようなことになると、総選挙に向かう可能性がある。5月3日のイングランド地方選挙の結果をもとに世論調査専門家カーティス教授とBBCが算出したものによると、もし有権者がこの地方選挙と同じように投票すれば、労働党が最大議席を獲得することとなるという。一方、その地方選挙で明らかになったようにUKIPなどの離脱支持票の多くが保守党に向かったが、メイ政権のEU離脱合意の内容によっては、それらの票をあてにできないかもしれない。そのため、保守党内の強硬離脱派、もしくはそれに反対する勢力は、その行動によって保守党を政権から離れさせることになる可能性がある。
様々な政治上の読みが交錯している。時間の無くなってきたメイ首相の綱渡りの政権運営は続く。