9月7日の下院「首相への質問」は、メイにとって、2回目だった。7月に首相に就任し、その後、議会が夏休みで休会だったためである。最初の「首相への質問」でメイはメディアから称賛を受けたが、今回は様相が異なっていた。
「首相への質問」は1週間に1度、水曜日の正午から半時間ほど行われる。野党第一党の労働党の党首には6つの質問、そしてそれ以外の野党の党首、さらに与野党の議員らに質問が許される。
労働党のコービン党首は、大方の予想に反し、住宅問題に焦点を絞った。現下の、EU離脱をめぐる問題やグラマースクール(11歳で選別し、能力の高い児童のみを入学させる公立学校)の拡張問題には触れなかった。なお、EU離脱の問題については、「首相への質問」の後に議論がなされた。
コービンは、キャメロン前政権で推進した、公共住宅を住民が割引で購入できる制度(Right to Buy)と、それで減った公共住宅の数を埋め合わせるための対策のギャップについて質問した。なお、このRight to Buyは1980年に始まり、これまでに200万軒近くが売却されている。
キャメロンはさらに売却を促進し、1軒売られれば、1軒その代わりの物件を建設する(もしくは購入する)と約束したが、実際には5軒に対し、1軒しか用意されていないと質した。この質問は、キャメロン政権で副首相を務めた自民党のクレッグ前党首が、キャメロン(前首相)/オズボーン(前財相)が、公共住宅の建設は労働党支持者を作るだけだと主張したという発言に関連していると思われる。コービンが指摘したのは、下表の左欄の売却件数と、右欄の建設開始もしくは購入の数字と大きな差があるということである。
売却数 | 建設開始/購入 | |
2012/13 | 5,944 | 473 |
2013/14 | 11,261 | 1,189 |
2014/15 | 12,304 | 2,809 |
2015/16 | 12,246 | 2,055 |
合計 | 41,755 | 6,526 |
(出典下院図書館の報告書)
コービンの質問に対して、メイは、約束通り1軒に対し1軒作られていると答えた。しかし、この答えは、政策上のトリックに基づいているように思われる。キャメロン政権の政策では、公共住宅1軒が売られてから3年以内にそれを埋め合わせるということになっている。つまり、売却に対し、それに見合う数をそれから3年以内に用意すればいいということである。
確かにその計算では最初の1年は、それに見合っており、メイの答えは正しい。しかし、売られた公共住宅の代替を作るための対策は大幅に遅れており、今後、これが達成困難となるのは確実だ。この後始末は、約束通り売却1軒に対し1軒作られていると答えたメイがする必要があろう。
さらにメイは、労働党の党首選や、コービンのヴァージン鉄道との問題について、コービンを揶揄した。このような揶揄は、キャメロンが常に行っていたもので、メイはそれを踏襲している。メイの揶揄に対しては、BBCラジオ4の番組World at Oneで、あらかじめ台本の作られている揶揄の是非に関する質問が出た。このような揶揄は下院での議論や質問には関係ないものである。メディアの「首相への質問」の評価は変化してきているように感じる。下院議員やジャーナリストたちへのエンターテインメントを提供するものから、コービンの主張するように、より真剣な議論を求める方向に向かいつつあるのではないか。
一方、EU離脱をめぐる質問は、他の下院議員が出した。メイがこの問題にはいちいちコメントしないと強気の主張をしたものの、実際にはメイが語れるほどのものがないことは明らかである。
最初の「首相への質問」で、メイは質問に真っ向から答えず、やり過ごすことができた。しかし、その戦術の限界が明らかになったように思われる。また、メイの揶揄の中で引用した人物が人種差別的なコメントをしていたことがわかり、メイの迂闊さが明らかになった。メイは、今後「首相への質問」への取り組みを少なからず変えるのではないか。