スターマー労働党政権を支える、政治家以外のキーとなる人は2人に集約されるだろう。1人は、スターマー首相の首席補佐官(Chief of Staff)のスー・グレイ。もう1人は、7月の総選挙でも選挙戦略を担当し、スターマー首相の政治戦略担当のモーガン・マクスィーニーである。
政権が発足してからまだ1か月半である。しかし、この2人の関係に問題が発生していると、「インサイダー」の情報をいくつかのメディアが取り上げている。保守党支持のデイリーメールやデイリーテレグラフ、また、タイムズ、さらに経済紙のフィナンシャルタイムズなどである。さらにそれらをまとめた、ガーディアンの記事もある。
これらにどの程度の信憑性があるのだろうか?
グレイは、元国家公務員である。高卒からのしあがり、内閣府の第二事務次官を務めた人物である。かつて「国を動かす女性」とも呼ばれたことがある。ボリス・ジョンソン元首相のパーティゲートの調査を行い、リーダーシップの欠如を指摘し、ジョンソン首相の辞任に至る引き金を引いた人物でもある。内閣府で、政治家や国家公務員の倫理や規律に関する部門の責任者も務め、政治家にも恐れられていた。北アイルランド政府の財政の国家公務員のトップとして北アイルランドに赴任した後、北アイルランド政府のトップ公務員のポストが空席になった際にそのポストに就きたい意向を示したが、政治家がグレイの鼻っ柱の強さを恐れ、他の人を選んだために、ロンドンに帰ってきて内閣府に戻った人物である。第一事務次官のポストに就きたかったが、結局、第二事務次官止まりだった。なお、スターマー労働党は、世論調査で保守党に大きな差をつけており、次期政権は間違いないという状況の中、スターマーに首席補佐官として働くことを頼まれ、国家公務員を辞任し、スターマーの下で2023年9月から働き始めた。
一方、マクスウィニーは、たたき上げの労働党マンである。ロンドンの労働党のオーガナイザーとして働き、労働党左派のコービン時代には、イングランドとウェールズの地方自治体の団体の労働党グループをまとめるポストに移った。労働党中道をまとめるグループの責任者になった。スターマーが2015年に下院議員に当選した後、スターマーを将来の労働党党首候補として推し、2019年末から2020年初めの労働党党首選でスターマーの事務局長を務めた人物である。
グレイは、スターマーの政府運営で既に格別の能力を発揮しており、7月末から始まったイングランドなどの暴動騒ぎでも、政府内をまとめ、連携させ、早期の終結に導いている。グレイの中央政府内での経験は、かなり広いものがあり、政府の運営ばかりではなく、それを超えた知識がある。
一方、マクスウィニーは、スターマーの最も信頼する人と言われ、次期総選挙に向けて働き始めている。
すなわち、グレイとマクスウィニーは、車の両輪のようなもので、スターマーは2人とも必要だ。特に政権が始まったばかりで、グレイの助けは重要だ。
グレイは60代半ばで、マクスウィニーは40代半ばである。しかし、グレイとマクスウィニーは、共通するものがある。グレイの息子は身体障碍者だが、7月の総選挙でロンドンの下院議員に選ばれた。マクスウィニーの妻は、スコットランドで同じく下院議員に選ばれた。2019年の総選挙で、200議席程度に落ち込んだ労働党は、630人ほどの候補者を立てるために多くの新しい人材を必要としたのである。なお、グレイの息子もマクスウィニーの妻も初当選にもかかわらず、2人とも大臣職の一番下のポスト(Parliamentary Private Secretary)に任じられた。
グレイには、これまでの労働党のやり方にそぐわない点もあるかもしれない。それでも明らかに自分の仕事はちゃんとやり遂げる人のようだ。細かすぎるという批判もあるようである。息子のこともあるだろうが、何としてもスターマー政権を軌道に乗せたいという思いがあるだろう。一方、マクスウィニーは、労働党全体の選挙戦略だけではなく、妻の選挙も考えなくてはならない。それを考えると慎重に行動する必要があるだろう。
結局、グレイもマクスウィニーも究極的には、スターマーの信任を得て、それゆえに労働党の重要な仕事をしているのである。
グレイとマクスウィニーの間に不協和音があるという「インサイダー」の話は、何らかの理由で不満を持つ人によるものだろう。圧倒的な力を持つグレイをやっかんだもので、それにスターマー労働党政権に傷をつけたい保守党寄りのメディアが乗った動きのように思われる。