8月11日のこと。労働党のコービン党首が、労働党党首選の候補者討論に出席するため、ロンドンから列車でイングランド北部のニューカッスルの隣のゲイツヘッドに向かった。このヴァージン鉄道の車内を、席を探して歩き回ったが妻と一緒に座れなかったコービンは他の乗客と一緒に床に座った。そして、それを関係者がビデオに撮った。その中で、コービンは列車が非常に混んでいるとし、乗客のために鉄道の国有化を唱えた。そのビデオは、ガーディアン紙オンラインに掲載された。
この話に対し、ヴァージン鉄道を創設した億万長者のリチャード・ブランソンは、空席があったのに、コービンが座らず、床に座ったのは、そのビデオを撮るためのスタントだったと示唆し、コービンが車内を歩いた際のCCTVの映像をインターネットで公開した。これには、データ保護法違反の疑いがあり、情報コミッショナーの調査が始まった。
ただし、ヴァージンの映像だけでは、すべての事実関係が明らかになったとは言えない。ガーディアンが、最初のビデオの映像には含まれていなかった映像を追加で出したが、この列車はかなり混んでいたようだ。指定席に空席があったのは明らかだが、自由席がどうであったのかはっきりしない。車掌が、2等切符を持ったコービンに1等席に座るよう話をしたが、コービンは他の乗客も床に座っている状態で、そのようなアップグレードは受けられないと断ったため、車掌が2等席に座っていた他の乗客に1等席に移ってもらい、そこにコービンが座ったと言われる。それは、列車が出発してから42分後のことだった。
ヴァージン鉄道の言い分は、事実に反して、コービンがこの列車をスタントに使ったというものだが、テレグラフ紙、デイリーメール紙、タイムズ紙らは、この出来事をコービンが「嘘つき」だと決めつけるのに使った。正直なはずのコービンがメディア操作をしようとした、「新しい種類の政治」を唱える人物は「嘘つき」だと言うのである。
この報道ぶりを見て、2010年総選挙時の、自民党クレッグ党首への個人攻撃を思い出した。保守党、労働党、そして自民党の3党首テレビ討論の後、突如、クレッグブームが起き、自民党の支持率が大幅にアップした。そのクレッグブームを抑えようと、次の3党首テレビ討論前夜、テレグラフ紙らが協同してクレッグの政治献金疑惑を打ち上げた。その疑惑は数日で消えるが、テレビ討論後の世論調査で、クレッグブームは沈静化した。
コービンへの反対勢力は、労働党内の下院議員の4分の3以上に及び、労働党は内乱の状態に陥っている。しかし、コービンへの一般党員やサポーターの支持は非常に強く、党首選でもコービンが勝つのは間違いないと見られている。コービンへの一般有権者の評価は低いが、コービンの信念と誠実さに惹きつけられたコービン支持者の広がりは誰もが驚くものがある。アメリカで予想外にトランプが共和党の大統領候補となったように、既成のエスタブリッシュメントに飽き足らない有権者は新しいものを求める傾向がある。万一、一般有権者のコービンへの支持に火がつかないよう、コービンをけなし、信用を失わせるように仕向けているのではないかという感じがする。有権者に最も評価の高いビジネスマン、リチャード・ブランソンのコービン攻撃を誇大に報道することで、その目的を達成しようとしているようだ。また、ブランソンにもコービン攻撃へのメリットがあるという見方もある。