イギリスの持ち家率が大きく下がっている。人口が増加し、世帯数が増加する中、住宅供給が遅れているために住宅価格が高騰し、購入が難しくなっていることが背景にある。持ち家率の増減は経済と政策の影響が大きいが、ここではっきりしているのは、政府の住宅供給策が十分ではないことである。
欧州連合(EU)の統計局Eurostatによると、2005年から2013年までの持ち家率は以下のようだ。
年 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 |
持家率 | 70 | 71.4 | 73.3 | 72.5 | 69.9 | 70 | 67.9 | 66.7 | 64.6 |
2007年に73.3%であったが、2013年には64.6%まで大きく下がった。「借家の国」といわれるフランスは2013年には64.3%だったが、現在までに持ち家率でイギリスを追い抜いたと見られる。なお、EU平均は70%、ドイツは52.6%。日本は平成22年度の国勢調査によると61.9%である。
家を持ちたがるイギリス人
イギリス人は誰でも家を持ちたがる。これには、日本のアパートやマンションのようなフラットも含まれるが、長期的に見れば住宅は価値が上昇すると考えられている。通常、まず、最初の足がかり的な住居を購入し、その価値の上昇をもとに、次の住居を購入し、家族が大きくなればさらに大きな住居へ移っていくという具合にステップアップしていくこととなる。
住宅の売買には諸費用や税がかかるが、単純に説明すると以下のようなこととなる。例えば、元手の資金が2万ポンドあり、8万ポンド借りて、10万ポンドでフラットを買うとする。数年たてば、そのフラットの価値が上がり、例えば12万ポンドとなり、元手の資金2万ポンドと併せて4万ポンドの自己資金ができる。さらに12万ポンドを借りて16万ポンドの家を買うとする。数年たってその家の価値がさらに上がり、20万ポンドとなれば、自己資金は8万ポンドとなる。そしてさらにお金を借りて次の家を買うという具合になる。
日本と異なり、イギリスでは住宅は築後年数がたっても必ずしも価値が下がらない。むしろ、ヴィクトリア時代の家、エドワード時代の家、1930年代の家など人々は歴史的な家を特徴があると好む傾向がある。歴史的に見ると、住宅価格に若干の上下変動があったが、上がる傾向は継続している。近年では2008年の金融危機以降、住宅の価値が一時下がったが、2014年には住宅価格が大きく上昇した。
ただし、上記の連鎖を利用するためには、最初の住居を入手する必要があり、この買い手、いわゆるファーストタイムバイヤーはイギリスの住宅政策では重要である。ところが、現在の住宅価格は上がりすぎ、このファーストタイムバイヤーたちにはかなり敷居が高くなっている。
住宅建設の遅れ
持ち家率の減少の背景には、イギリスの厳しい住宅建設許可制度、特にグリーン地帯と呼ばれる地域の住宅建設が難しいことがある。政府は住宅建設を促進するために、住宅建設許可制度の緩和をし、さらに開発業者や住宅購入者などへの低利ローン制度などを設けた。また、ロンドンなど大都市近郊の住宅不足を解消するために、ガーデンシティのような新タウンの建設を推進している。しかし、そのような対策には地元住民の反対が少なくない。キャメロン首相の保守党内でも総論賛成、各論反対で、地元選出の議員が反対する傾向がある。Nimby(ニンビー:Not in my back yard:私の裏庭(近所)はダメ)である。
さらに、住宅価格が大幅に上昇しているのに、賃金の上昇率はインフレ率より低く、住宅を購入することが難しくなっており、住居を求める人たちは賃貸住宅へ向かうこととなる。
一方、お金のある人は、Buy-to-letと呼ばれる投資用賃貸物件へ投資する人が多い。これらの賃貸物件への投資は税制面などで優遇されており、しかも住宅供給の不足から家賃が上昇している。そのため、賃貸物件は増え、持ち家率はさらに下がることとなる。
これまでの傾向
イギリスの統計局が10年ごとに行われる国勢調査の結果をもとにしたイングランドとウェールズの持ち家率の分析では、2001年に持ち家率は69%だったが、2011年には64%に減少した。77%の世帯が借家だった1918年以来、初めて借家率が増加した。1953年から持ち家率が急速に上昇し、1971年には持ち家率と借家率が同じになり、それ以降も上昇していたが、それが下がったのである。
その原因を統計局は以下のように分析する。世帯数が2001年には2170万世帯であったのが、2011年には2340万世帯に増加し、住宅価格は2001年から2011年の間に約2.5倍となった。インフレ率が賃金上昇率を上回り、しかも2008年の金融危機で住宅ローン貸し出しの制約が厳しくなりさらに住宅購入が困難になった。
なお、持家率の上昇には、住宅政策が大きな役割を果たした。1919年に地方自治体に公営住宅の供給を義務付け、その結果1981年には公営住宅の割合が31%まで上昇した。サッチャー政権下で1980年に公営住宅のテナントが、住んでいる住居を購入できるように政策変更し、その後、地方自治体の公共住宅への義務を大幅緩和したため、2011年には公営住宅の割合が18%まで減少した。なお、日本では公営借家の割合は4.2%である。
住宅供給対策
キャメロン政権での住宅建設促進政策にもかかわらず、現在年に20万軒必要な新住宅の建設がその半分に留まっており、とても住宅需要に追いつく状態ではない。
野党労働党は、次期総選挙に勝てば、年間20万軒の住宅を建設し、5年の任期中に100万軒の住宅を建設すると公約に掲げている。その政策には、住宅建設に適した土地を強制的に吐き出させるものが含まれており、反ビジネス的だと批判されている。一方、保守党は、ファーストタイムバイヤー重視の政策を打ち出している。
保守党も労働党もその支持層への配慮などから、なかなか思い切った政策が打ち出せない傾向がある。いずれにしてもイギリスで住宅建設が急務であるのは間違いなく、それを進めていくには、政治の強力なリーダーシップが求められている。