スナク政権の厳しい前途

リズ・トラス保守党政権は、英国史上最短の50日で終わった。財政的な裏付けのない大幅な減税を打ち出して金融市場の信頼を失ったことが、その大きな原因である。しかも減税は、金持ち優遇と見られ、世論の保守党支持率を大きく下げることとなった。保守党が、野党第一党の労働党に、支持率で30ポイント余りの差をつけられる世論調査が次々に発表され、次期総選挙で労働党が地滑り的な大勝利を収めるとの見方が大きくなった。その中で、トラス首相が辞任せざるをえなくなった。

その後任に選ばれたのは、前財相のリシ・スナクである。スナクは、夏の保守党党首選でトラスと競った。保守党下院議員の選んだ二人の候補者の1人となったが、最後の保守党党員の投票でトラスに敗れた。スナクは、トラスの政策の危うさを度々指摘していたが、その指摘は当たっていたと言える。10月25日に首相に就任した。

スナク首相は、トラス前首相が、クワーテン財相を更迭して後任に任命したジェレミー・ハントを継続して財相として起用し、金融市場を安堵させたが、トラス政権のもたらした余韻はまだ続いている。スナクは、財相として、コロナ下の休業補償、企業支援を推進した人物として有権者からプラスの評価はある。スナク首相就任後、労働党との支持率の差はおおむね20%台となり、若干上向いた。世論調査では、好意的な見方があるものの、人物としてはまだそれほど知られているわけではなく、まだ評価しかねているというのが現状だ。

スナク政権の課題は多い。トラス政権の大失敗で、スナクが首相に就任したということはあるにしても、トラス政権の後始末から始めなければならない。スナクが対応しなければならない課題は、経済と国民の生活費だけではなく、NHS、移民、北アイルランド、それにスコットランドの独立問題など、山積している。

ハント財相は、11月17日に秋の財政声明で、これからの財政計画を発表するが、そこでは、財政の穴埋めに増税と財政削減が発表されると見られている。2010年からの財政緊縮政策で、公務員などの給与はそれ以来実質ほとんど上がっていないと言われる。現在の10%あまりのインフレの中、生活費が大きく上がっているが、賃金上昇はその半分程度である。鉄道や郵便などで既に間歇的なストライキが始まっているが、看護婦、教員をはじめ、所得の比較的少ない労働者を中心に公的な部門を中心としたストライキが予想され、日常生活に大きな影響を与えると予測されている。

ハント財相の財政計画で財政削減が発表されると見られているが、財政は、長年の緊縮財政のため、削減の余地が極めて少なくなっている上、高インフレでコストが大きく増加している。NHSなど、バックログが大きく増加し、救急医療が十分機能しない状態となっている中、財源を供給せずに効率を上げて問題を解決することは極めて困難だ。

英国の選挙の権威、ジョン・カーティス教授は、次期総選挙で保守党が勝つことは、極めて困難だと発言した。保守党への信頼が崩壊したからだという。英国の多くのブックメーカーは労働党が選挙に勝つオッズ(掛け率)を1:2とし、本命だとしている。スナク首相は、慎重に政策を進めようとしているが、国際的なエネルギー需給やウクライナの戦争などコントロールの困難な課題は多く、その前途は極めて厳しい。

既に終わりの見えたトラス首相

リズ・トラスが首相に就任したのは、9月6日である。ところが、就任してまだ一ヶ月もたっていないのに、既に終わりが見えてきた。

9月23日にクワーテン財相が鳴り物入りで発表した「成長戦略」で、450億ポンドの減税を国が借金(国債)して賄うこととした。また、高額所得者に対する45%税率を廃止するなど高額所得者優遇が目立ったが、この「成長戦略」には財政見通しがついておらず、英国は金融市場の信頼を失った。その結果、英国の通貨ポンドが米ドルに対して急落、英国の国債の金利が大きく上がった。英国政府のこの動きを、異例なことだが、IMFが強く批判した。さらにマージンコールに直面した年金ファンドが支払不能になって、つぶれる直前に追い込まれた。中央銀行であるイングランド銀行は、それらの年金ファンドを救済するため急きょ650億ポンドを用意し、とりあえず事態を鎮静化した。また、10%程度となっているインフレを抑えるために、イングランド銀行の政策金利が大きく上昇することが予想され、住宅ローン(モーゲージ)の金利が大きく上昇することが確実となったため、金融機関が、モーゲージ商品の多くを取り下げる動きにでた。さらに既にモーゲージを利用して住宅を購入している人たちは、その支払利子が大きく上昇する見込みとなった。

この金融危機の中で、クワーテン財相は沈黙し、トラス首相は姿も見せず、9月29日にBBCの地方局らのインタヴューで、「いったいどこにいたのですか?」という質問が出たくらいだった。

世論調査の大手YouGovがタイムズ紙の依頼で行った9月28日-29日の世論調査(総選挙が明日あれば、どの政党に投票しますか?)では、保守党21ポイント、労働党54ポイントの結果で、労働党が33ポイントリードした。1990年代後半以来、そのようなリードを記録した政党はないという。ただし、この世論調査は「外れ値」(他の世論調査の結果から大きく外れたもの)ではないようだ。直近(9月30日時点)の世論調査では、保守党と労働党だけを比較すると、下記(Wikipedia参照)のように労働党がおおむね20から30ポイント保守党をリードしている。

世論調査実施日世論調査会社保守党労働党労働党リード
29-30 SepOmnisis23%55%32%
28–29 SepPeoplePolling20%50%30%
29 SepSurvation28%49%21%
28–29 SepTechne27%47%20%
28–29 SepYouGov21%54%33%
28–29 SepRedfield & Wilton29%46%17%
27–29 SepDeltapoll29%48%19%
23–27 SepFindOutNow27%45%18%
23–26 SepOmnisis32%44%12%
22–26 SepKantar Public35%39%4%
25 SepRedfield & Wilton31%44%13%
23–25 SepYouGov28%45%17%

これらの結果は、労働党の党大会が成功裏に終わったことに関係している。保守党は、10月1日から5日まで党大会を開催するが、このような世論調査の結果では、盛り上げるのは極めて困難だ。次期総選挙は遅くとも2025年初めまでに行う必要があり、トラスの時間は限られている。9月30日には少し危機が落ち着いてきた様子があるが、「モノを壊したあとで使用説明書を読むようなものだ」とトラス政権の対応を批判する声がある。一時的であったとしても有権者からこれだけの批判を浴びた政権が立ち直り、次期総選挙を勝つのは至難の業と言えるだろう。