クレッグ副首相の失敗 – Clegg’s Blunder on the Nationalised Bank

ニック・クレッグ副首相は、連立政権を構成する自民党の党首だが、自民党の低い支持率を回復するために政権内での存在意義を示そうと躍起だ。しかし、その意欲は時に裏目に出る。

NHS(国民健康サービス)の改革法案への見直しで、世論の声を反映して自民党が見直しに積極的に貢献したような印象を与え、一定の成功を収めたかのように見えた。しかし、クレッグが突如打ち出した案、金融危機で政府が部分的に国有化した二つの銀行The Royal Bank of Scotland(82%国有)とLloyds (41%国有)の政府所有株式を国民(4600万の有権者)に無償で与える案は、不発であったところか逆にクレッグを攻撃する材料を与えることとなった。

クレッグは、キャメロン首相もこの案には非常に乗り気だと説明し、私も最初、クレッグが国民に評価されると思った。国民は銀行、そして銀行家たちへの報酬に強い批判を持っているからだ。しかし、この案の分析が進むにつれて、この案には多くの問題点があることが明らかになった。例えば、政府が株式を取得するに要した費用を回収する必要があり、現在の株式の価格では、そのレベルに到達しておらず、将来、株価が上がり、株式を販売してもその費用を除いた残りが国民の手に残るだけであること。また、専門家によると、国民に株式を与えるにしても、その作業や管理がかなり複雑で、その費用に2億5千万ポンド(330億円)もかかるとみられること。さらには、これらの銀行の株式を政府が保有して、将来販売して出た利益を減税や国の債務削減などに使った方がはるかに効率的だと考えられることなどだ。つまり、クレッグ副首相は、これらを十分検討しないまま、この案を打ち出してしまったのである。首相官邸は、一案に過ぎないと説明し、クレッグのメンツを立てながらもこの案が実現する可能性はないと示唆した。

6月24日の、英国で販売部数の最も多い大衆紙のサンは、その風刺画で、クレッグが株式証券を街頭で振り捲いているのを見た人が、気のふれた人がいると警察に電話しているものを載せ、社説で、クレッグに「黙れ」と言った。結局、クレッグの信用をさらに失う結果となった。日本の菅首相と同様、いったん信用を失うと、それを回復するのはかなり難しく、しかもよかれと思っての言動がマイナスになることが多いことを示した形だ。

英国は上院改革ができるか?House of Lords Reform: Never-ending Story?

英国の国会は二院制で、下院と上院がある。下院は一般の選挙で選ばれるが、上院はそうではなく、貴族院であり、一部の世襲貴族と大多数を占める一代貴族で構成される。この上院をより民主的な選挙で選ぶ仕組みを作ることが過去100年間検討されてきた。2010年の総選挙でも主要三党の保守党、労働党、自民党がこの問題を取りあげ、議員全員もしくはその大多数を選挙で選出することをマニフェストで掲げた。これを受けて、保守党と自民党は、連立合意でこの課題に取り組むこととし、それを担当する自民党党首で副首相のニック・クレッグが5月に下院でその原案を発表した。しかし、上院は現状維持を望んでいる上、下院でも改革案に賛成する議員が少ないことから、これが実現する可能性は当面ないだろうと見られる。

クレッグの政府案の骨子は、以下の通りだ。
1. 定数を基本的に300とし、その内、80%にあたる240を選挙で選出し、60は任命制。それに12名の英国国教会主教が加わる。
2. それぞれの議員は15年間の任期で、一期限りとする。
3. 5年ごとに80名ずつ選挙で選ばれる。
4. 選挙は、単記委譲式投票(STV)と呼ばれる比例代表制で行う。
5. 最初の選挙は、2015年に行う。

日本の国会も二院制だが、両院とも議員が選挙で選ばれ、両院の権限が一部を除き同等であるが、英国の場合、選挙で選ばれる下院が政治の中心であり、上院は補完的な役割を果たすにとどまる。上院は法案の審議を一年間引き延ばすことができるが、予算の伴う法案ではそれはできず、法案の修正も基本的にはできないことになっている。また、上院は、総選挙で下院の多数を占めた政党のマニフェストに含まれた政策には反対しないことになっている。さらに上院議員には給料はなく、出席した場合の日当や経費が支給されるにとどまる。

上院議員の選出に選挙を行うようになると、このような上院の役割が少なからず変えられることとなる。例えば、下院は、選挙で選ばれるがゆえに大きな力を発揮するが、上院も同様に選挙で選ばれるようになれば、上院にさらに大きな権限を与えざるをえず、両院の力関係が変化するだろう。また、給与を支給し、オフィスを用意し、秘書を提供する必要が出てくる。つまり、多くの追加費用がかかることとなる。また、現在800名近くいる一代と世襲議員をどうするかという問題がある。これらの問題を解決しないことには、上院改革は前に進まない。そのため、危急の問題とは言えないこの課題に本格的に取り組み、上院議員を選出する選挙が2015年に行われる見通しは、極めて小さい。