選挙区区割り委員会の公聴会(Boundary Commission’s public hearing)

英国では、下院の選挙区定数を650から600に減らし、しかも選挙区の有権者の数を均等にする法が成立した。そしてこれに基づく選挙区区割り案が、イングランドなどの選挙区割り委員会から発表された。その公聴会が各地で開かれている。その公聴会の様子を見に行った。

この公聴会は、ロンドン南西部のワンズワース区の区議会議場で行われた。この区に関わる4つの選挙区、それぞれ新選挙区名でパットニー、バタシー&ヴォクソール、クラッパムコモン、ストレッタム&テューティングの区割りに関するものである。

選挙区区割り委員会で行っている区割りは基本的に、区議会議員も含め、地方自治体の議会議員を選ぶ現在の区域(Ward)に基づいている。地方議会議員は、その地方自治体全体の選挙区から選ばれるのではなく、その中の小さな区域に分けられた選挙区から選ばれる。例えば、ワンズワース区では、それぞれの選挙区から区議会議員を3人ずつ選んでいる。このような地方議会議員の選挙区域を基にして、下院議員の選挙区を有権者の数が均等になるようにモザイクのように作っていく形となるである。これは、コンピュータで行われるが、例外的な場合を除いて、飛び地を作らず、隣接する地方議会議員の選挙区割に基づくことになるために、この下院の新しい選挙区区割りはかなり制約されている。

さて、ワンズワース区議会の議場は半月型で議員の議席が中央の議長席をくるりと囲むようになっている。公聴会では、その議長席にバリスター(法廷弁護士)が座り、その横に区割り委員会の職員が座っている。発言者は、議長席と議員席の間に用意されたマイクまで行き、そこで発言する。発言の記録を取る職員がその近くに座っている。

このバリスターが司会進行役も務め、発言者にコメントを促し、会場にいる人たちに関連の質問やコメントがないかも聞く。区割りの公聴会ではバリスターが出席するのが恒例だが、この女性バリスターは、非常に巧みに話を進めていく。英国では、バリスターが裁判官をパートタイムで勤めることが多いが、そういう経験が豊富な人のようだ。

この日の公聴会は、午前11時から始まり、午後8時まで、そして翌日の第二日目は、午前9時から始まり、午後5時終了予定である。2日間で終了する。会場に入るには、氏名、住所、そして政党との関係を書く必要がある。発言する予約をしているかどうか口頭で聞かれた。中に入ると十数人程度の人がいるだけだった。

一般に、公聴区割りの公聴会では、大きく分けて、政党関係者とそれ以外の一般の人が出席する。私の出席した公聴会でも一般の人が発言したが、一つの選挙区が横にかなり長いので、選挙区としては不都合だという自分の見解を述べた。政党関係者は、それぞれの選挙区が自党に有利になるかどうかが最大の関心事であり、自党が有利になるような選挙区区割りを求める。

この日の公聴会では30人足らずの人が発言し、発言者が途切れたところで、午後7時15分ごろに終了した。これも民主的なプロセスではあるが、単なる手続き上のものだけではなく、関係者によると、区割り委員会は、その区割り案に固執することなく、本当によい意見は取り入れて修正するそうだ。

政治家が信用を失う時(When a politician loses his/her authority: Theresa May)

テレサ・メイ内相の立場が危うくなっており、辞任もあり得る状況だ。入国条件緩和の問題で内務省元幹部と対立する事態がかなり深刻になってきており、キャメロン首相にもその火花が飛び散る可能性もある。この問題を通じて、英国の大臣がその権威を失う一つの例を見てみよう。

これは入国管理の問題に端を発した問題だ。この問題の背景を簡単に見てみたい。これまで長期間、英国への入国条件がかなり緩やかであった上、1990年代に出国管理を廃止した結果、入国した人が今も国内にいるかわからない状態にある。また、近年、移民、つまり英国に外国から来て住む人の数が非常に多くなっており、一年に2~30万人、入りが出より上回っている。これが他の欧州先進国同様、社会的に大きな問題となっており、英国でも、外国からの移民に反対する極右政党へ支持が集まる背景となっている。2010年の総選挙でも、移民問題が大きな争点の一つとなり、保守党はこの移民増を一年に10万人以下に抑えることを公約の一つとした。一方、自民党は、選挙期間中に主要三政党の党首討論で、党首ニック・クレッグが大人気を博し、自民党の支持率が大幅に上昇したが、長期不法滞在者に在留権を与える公約が大きな批判を浴び、選挙で予想外に少ない議席しか獲得できなかった原因の一つとなった。さらに労働党も当時首相のゴードン・ブラウンが移民問題に神経質となっており、ある労働党支持者の移民政策に関する質問に腹を立てたことがわかり、その質問者の名前からダフィーゲートと呼ばれるほどの大きな騒動となった。

今でも移民問題は有権者の最も大きな関心事の一つである。総選挙の結果、第一党の保守党が過半数を制することができず、自民党との連立政権となったが、キャメロン首相は担当の内相に党の幹事長などを務めたベテランのテレサ・メイと長年影の移民担当相を務めてきたダミエン・グリーンを配し、保守党の政策を推し進める姿勢を見せた。ところが、入国する学生の受け入れの監視を厳しくしたり、労働ビザをの発給を厳しくしたりするなど手を打っているが、現在までのところ効果は上がっていない。EUの加盟国としてEUからの入国は制限できない上、世界経済の低迷から英国から外国へ移る人の数が大きく減っていることもある。政府は2015年までに公約を達成すると主張するが、それが実現できるという見方をする人はほとんどいない。そのため、政府はこの問題に非常に神経質になっている。

さて、今回の問題には二つの側面がある。まず、内相が入国審査で一律のチェックを行うのではなく、重点チェックをするために一部のチェックを緩和することを許可したことだ。もう一つは、内務省の幹部が、内相の許可を得ることなく勝手に入国審査のチェックを緩和した疑いだ。この2番目の問題で、その幹部は停職処分を受け、移民監査監が事態の調査に入ることになった。ところが、下院の内務委員会で、内相が移民審査監の調査結果の報告を待つことなく、この幹部が勝手にルールを緩和したと明言したことから、この幹部が職務継続不能だと辞職し、不当に取り扱われたと裁判に訴え出ると声明を発表したため、非常に大きな騒ぎとなった。

まずは、第一の点だ。実際の効果はともかく、内相がルールの緩和を許可したことから内相が移民問題で手ぬるいという印象を与えたことは否定できず、世論対策上マイナスであることだ。さらに第二の点で、手堅いはずの内相が、何らかの理由で調査の結果を待たず、内務省幹部の責任を直接問うというミスを犯したために、裁判では、この幹部が「不当に扱われた」という事実が認定され、勝つのはほとんど間違いない状態だ。

私の眼には、内相が、比較的小さな問題、ルールの緩和を許可したという事実があるために、世論対策上の点から、幹部への強い批判でそのマイナスをカバーしようとした結果、それが大きな逆効果を生むことになったように見える。もちろんこの問題は、未だに進行中であり、今後の展開は必ずしも予測できない。しかし、小さな問題を隠そうとして取った手段で問題がはるかに大きくなり、政治的に非常に大きなダメージを受けるというケースがかなりある。最近の例では、連立政権で閣僚職の財務副大臣となったデービッド・ロウが同性愛者であることを隠すために議員経費として住居費を受け取っていたことがわかり、経費のルールに反するとして閣僚職を辞任した上、その行動を調査された事件がある。

今回の内相の事件で思い出すのが、1990年代の同じく保守党政権で内相だったマイケル・ハワードだ。刑務所から囚人が脱走した事件で、自分の職権を越え、外局である刑務所サービスのトップにその刑務所の所長を辞めさせるよう指示した疑いがあった。あるテレビ番組でその点を質問され、17回同じ質問を受けたにも拘わらず、答えなかった。結局、この問題でハワードは政治的に非常に大きく傷ついた。

小さなはずの問題が、何らかの対応の失敗で非常に大きな問題となることが多々ある。大臣の職にある者は特にルールに則り、適切に対応するように努めることが大切だと言える。